第29話 回想 〜〜 悠馬 〜〜

 中村と悠馬ゆうまが出会ったのは、半年くらい前。

 動画のコメント欄には情報が集まる。熱心なフォロワーが情報を知らせてくれるのだ。

 その日、武蔵野の森公園に変質者が現れるという情報が入った。動画に収めようと公園を彷徨いていた日だった。一日中、張っていてもスカをくらうことの方が多い。当然、ガセネタも入ってくる。

 情報のあった変質者とは、公園で遊んでいる小さな子供たちを大声をあげてただ追いかけるという、しょーもない頭のイカレた変質者のことだった。そんな奴どこにでもいるだろうが、ネタを厳選する身分ではない。バイトのシフト以外は、基本暇なのだ。時間が潰せるだけありがたいと思わなければやってられない。

 ガセだろうが何だろうが、撮れればラッキーくらいの気持ちで、自撮り棒にスマホを付けてぶらついていた。むかしも今も、変わらないのは無邪気に遊ぶ子供たちの姿だ。スマホやらゲームのお陰で、外は出なくても充分遊べる環境の中、やっぱり子供たちは外へ出て駆け回りたいのだ。目の前にいる子供たちも、なにか遊べる道具なんかなくてもキャーキャー言って走り回っている。鬼ごっこでもしているのだろうか。1人の子供がもう1人の子供をタッチすると、他の子供たちがぱっと散る。タッチした方も、された方もゲラゲラ笑っている。中村もつられて笑ってしまった。

 ベンチに座って、自撮り棒を持って子供たちを眺めている中村自身も、変質者となんら変わらないのではないか。

 自分は一体なにをしているんだろう。最近広告料もそこそこの金額しか入らないし、やっぱりまともな仕事に就こうかな。中村は急に冷静になり、将来の不安を覚えた。

 周りに勘違いされる前に退散しようかと腰を上げた時、小さな女の子の悲鳴が聞こえた。先程まで騒いでいた声と明らかに違う。


 パッと声がした方に顔を上げた。

 小学校1年生くらいの女の子が転んで泣いていた。その数メートル離れたところに、汚いグレーの作業着を着た赤ら顔の男が両手を挙げて大声を出している。酔っ払っているのか、何を叫んでいるかわからない。その男はズボンを足首まで下げていた。下半身を露出しているのだ。

 中村は慌ててスマホのカメラを回した。


 他の子供たちは散り散りに逃げたが、転んだ女の子は倒れたまま泣いている。膝から血が出ているのが見えた。助けなければ、と思ったが作業着の男はズボンを足首まで下げているため、小さな歩幅しか移動できない。離れている距離からして、もう少しカメラを回せそうだ。

 久々の事件という事件だ。たいしたPVは稼げないだろうが、このところたいした動画を載せられていなかったので、多少はPVが伸びるだろう。股間は後で編集しなければならない。


 自撮り棒で自分の顔越しに変質者もフレームインできるようスマホを調節した。


「こんにちは、世直し嶺二です!今、武蔵野の森公園に来ています。見てください!子供たちが長閑のどかに遊べるはずの公園で、怪しい人物が不法行為を行っています!これを許していいのでしょうか!警察は何を......」


 そこまで言いかけた時、女の子が一際大きく泣き叫んだ。

 振り返ると、作業着の男は足首にズボンが絡まっている状態なのに、左右の足を尋常じゃない速さで交互に動かし、女の子に近づいていく。ベルトのバックルの金具同士が当たり、カチャカチャと金属音が鳴る。小刻みな動きに合わせ、作業着の男のイイモツも小刻みに揺れている。


 さすがに止めないと、と中村は急いでカメラを回したまま走った。慌てていたので、カメラの重みで向きが反転し、自撮り棒の上でそっぽを向いてしまった。向きを直しながら女の子の方に向かうが、間に合いそうにない。

 女の子の悲鳴が大きくなる。もう少しで変質者が女の子に覆い被りそうな瞬間、小さな男の子が変質者の正面から体当たりした。バランスを崩した変質者は、後ろ向きに一回転し、尻を空に向けた状態で動けなくなった。


「日本を洗濯するぜよ!」


 女の子と同じくらいの歳の小さな男の子が、凛とした声で言い放った。それが、悠馬だった。

 その光景を呆然と眺めていると、悠馬が走って中村に近づいてきた。小さい方を怒らせて、眉間に皺を寄せていた。


「何やってんの、おっちゃん!悪い人、捕まえてよ!」


「え?」


 こういう場合、どう対処したらいいのかわからない。映画やドラマじゃ、ねじ伏せて警察が来るまで羽交締めにしておくべきなのか。とは言っても、下半身を露出した小汚い男と体を密着させるのは避けたい。

 変質者はひっくり返っているだけで、暴れている様子はない。体勢を立て直す前に動けないよう拘束しておいた方がいいのか。


 そうか、先に警察を呼ばなきゃ。


 スマホで110番をタップし、男の子を呼んだ。


「おい、そこのガキ。このスマホで警察呼べ!そのくらいできるだろ」


「バカにすんなよ。それにオレはじゃない!」


「俺も、じゃないけどな」


 変質者に近づくと、酒臭かった。肛門丸出しでもがいているが、酔っているせいで体を起こせず呻いているだけだ。

 今のうちに、と変質者が付けていたベルトを抜き取り、足を縛った。手首は、自撮り棒に付いていたストラップで縛り上げた。ズボンを上げてやるべきか迷ったが、やや潔癖なところがある中村は、汚い服をあまり触りたくないのでそのままにした。

 警官は10分ほどで駆けつけてきた。


「悪い奴相手だからって、こういうことやっちゃダメですよ」


 下半身露出したままの変質者を見て、警官が注意した。

 はじめ意味がわからず首を傾げた。警官は、子供を襲ったとして、中村がズボンをずらしたと思ったのだ。過剰防衛になってしまうそうだ。中村は慌ててスマホの動画を見せた。


「なんで、こんなもん撮ってるの」


 今度は中村に疑いの目が向けられてしまった。


「いや、あのー、YouTuberなので」


「YouTuber?まあ、いいけど。逮捕の瞬間はあげないでよ。あと、小さいお子さんを勝手に動画にあげるのも違反だから気をつけてね」


「それは編集でカットしたり、モザイク入れたりしますので......」


 警官はいぶかしげな視線を向け、


「あなたもいい歳なんだから、ちゃんと働きなさい」


 なぜか犯罪者を捕まえて、自分が怒られてしまった。


「おっちゃん。まあ、気にすんなって」


 ガキに慰められて、余計に惨めな気持ちになった。


「お前のせいだぞ」


「でも、おっちゃんは良いことしたんだよ。オレもハルちゃん助けた。オレたち、正義の味方じゃき」


 両腕を腰に当て小さい胸を張り、偉そうな顔を中村に向ける。


「なんだ、その『ぜよ』とか『じゃき』とか。土佐弁か?」


 中村は、思い出のない生まれ故郷の高知が頭に浮かんだ。


のマネじゃき!」


「なんだ、そりゃ」


「オレの名前が、に似てるからって、近所のお兄ちゃんに教えてもらった」


 中村は、そこで悠馬の名前を知った。




 その動画をあげたところ、今までにないPV数を稼げた。

 やめようと思っていたYouTuberも、この動画のせいでやめるきっかけを失ってしまった。






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