第28話 ただのフリーター
少年が言っていた『お侍さん』と『刀』と『器物破損』が、中村の頭の中でうまく繋がらない。言葉にして並べれば、侍が刀で物を壊したということなのだが、イメージが沸かない。
刀を持ってたからお侍さんなのか。侍の格好をした奴が刀を持っていたのか。そんな奴がなぜ近藤道場の標柱を壊したのか。
とにかく現場に行って、そいつを見てみるしかない。
「
中村は外国人のアルバイトに告げた。返事はしないが、陳列の作業を止め、レジカウンターに入っていった。どうやら意味は通じているようだ。
中村は急いでスマホと自撮り棒を持って、外へ出た。
外では、足踏みをしながら悠馬が待っていた。
「おっちゃん、早くしないと逃げられちゃうよ」
「そんなん、こっちだって仕事中なんだから」
「事件は、許しちゃいけないんだろ」
「さっきの万引きも事件っちゃあ事件だけどな」
悠馬は駆け足で、近藤道場の方へ向かっている。その後ろを中村もついていく。
中村は小さい頃から文章を書くのが得意だった。国語の成績は、テスト勉強せずとも毎回良い点数で、5段階評価の『5』だった。中学に上がり、古文や漢文では点数を落としていたが、悪い時でも『4』以上、10段階評価になっても『8』以上だった。大学も文系に進み、日本史にも興味を持った。
それがなぜジャーナリストを目指したかといえば、特に理由はない。大学も3年になると、周りはチラホラと内定を決め始める。それに焦った同学部生たちは、手当たり次第就活し、大学で学んだことが全く通用しないような業界に入るものまで出始めた。それでも中村はのんびりと構えていた。得意な文章力を活かせる仕事なんていくらでもあると思っていた。大手の出版社には悉く落とされた。
そんな中で、中村の頭にはふわっとジャーナリストが浮かんだ。ジャーナリストであれば、フリーでも活躍できる。文章力がものをいう世界だ。
『ジャーナリストで飯食える人なんて、ほんの一握りだぜ』そう内定の決まっていない同学部生に言われた。そいつは音楽をやっている奴だった。そんな奴に言われる筋合いはない、と思った。
卒業間近になって、中村は某編集社でアルバイトを始めた。予定の飛んだページを埋める仕事だったが、編集長には『君の文章は、うまいだけで力がない』と言われた。
仕方なく他の同学部生と同様、全く興味がない職種に就いた。そこで上司と折り合いが悪く、パワハラを受けた。後で訴えてやろうと動画を撮っていたが、誰を訴えたところで全体が昭和気質の会社だったので、訴えることなく1年経たないうちに退社した。
しばらくニートだった挙句、やり始めたのがYouTubeだった。
自身の忍耐不足と努力不足を棚に上げ、就職できないのは元いた会社のせいにしていた。腹いせのつもりで、スマホに残っていたパワハラの動画をYouTubeにあげた。当時、某大企業でのパワハラが原因での自殺に関して労災認定の裁判を皮切りに、多くの企業でハラスメントが問題になっていた。そのせいか中村の動画はPVを伸ばし、働いていた頃の半月給分くらいが手元に入った。
たった1つの動画が金になるのなら、定職を持つ必要なんかなんいんじゃないか。その後、煽り運転や痴漢現場に運良く遭遇するして動画をアップした。編集はアプリで簡単にできるので、テロップなんか入れておもしろおかしく編集した。PVは伸び続け、会社員だったころの月給は簡単に超えられた。中村は巷で起こるよくある事件をとりあげて、『世直しREIJI』のチャンネル名で活動し始めた。
でも世の中はそんなに甘くはなかった。PVを稼げたのも最初のうちだけで、次第にPV数は落ちていった。彼のチャンネルは、数ある同じような動画の中に埋もれていった。当然入ってくる広告料が減る。
取り上げるネタも減ってくるので、ネタの規模が小さくなる。繁華街での酔っ払い同士の喧嘩、歩きタバコ。そんなつまらない動画ではPVは伸ばせない。でも、根気強いフォロワーのおかげで、僅かな広告料は入ってくる。それだけでは食っていけないので、コンビニでアルバイトしているわけだ。中村は、そこらじゅうにいるYouTuberを名乗るただのフリーターだ。
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