第27話 コンビニ店員と少年

「227番」


 コンビニのレジで、耳と唇にいくつものピアスを付けた女の客が、小さな声でぶっきら棒にタバコを注文した。

 うまく聞き取れなかったコンビニ店員の中村嶺二なかむられいじは、127番の『わかば』を出した。

 女は舌打ちした。



 あからさまに非難をぶつけるような言い方だった。

 女の髪にはいくつものカラフルなヘアピンを留められ、黒赤を基調としたパンク風の装い。ネイルは黒く塗られていた。赤いミニスカートから出ている足は、拒食症かと思われるほどに細く、その細さでよく耐えられるなと思うほどのゴツゴツした黒のブーツを履いていた。

 メイクは目の周りが黒く、頬は赤い。口紅の色もネイルと同様、真っ黒。所謂メンヘラ系。その顔は中村の目には未成年の少女に映っていた。

 中村は『わかば』を元の位置に戻し、227番の『ピアニッシモ プレシアメンソール』を出した。


 ハンディでバーコードを読ませると、ピッと音が鳴る。客側に向いたタッチパネルには年齢確認ボタンが映し出された。少女は慣れた手つきで、タッチパネルを触った。


「お支払いをタッチしてください」


 タッチパネルには現金、カード、アプリなど支払い方法選択の画面。中村が尋ねているのに返事もなく、スマホのQRコードを差し出してくる。



 ゆっくり大きい声で中村はさっきと同じセリフを言った。別にレジ側でも操作ができるのだが、先程の仕返しにと彼女にパネルを操作するまで待った。

 少女はまた舌打ちし、叩くようにパネルを押した。そして睨むような目でスマホのQRコードをかざした。


 ハンディで読ませる前に、君さあ、と中村は少女に言った。


「君さあ、未成年だよね」


 態と店内に響くような声量で尋ねた。少女の耳が赤くなった。


「はあ?年齢確認、押したじゃん!」


「なんか身分証とか持ってる?」


「今、持ってねーよ」


 幼い顔に似合わない乱暴な言葉。育ちが悪いか、精神的幼さ故の反抗期か。おそらく彼女は高校生、もしくは中学生くらいだ。


「身分証を提示していただかないと、お売りできないんですよ。こっちが罪を問われちゃうんで」


 中村は敢えて丁寧な言葉遣いにして、冷ややかな態度をとった。


「うるせえな。ジジイ」


 彼女はまた蚊の鳴くような小さな声で言ったが、中村の耳にははっきりとと聞き取れた。


「まだ20代だからなんだけどなぁ」


 中村の顳顬こめかみがヒクヒクし、やや引き攣った笑顔を作るのが精一杯だった。自分のストレス発散のために少し意地悪を言ったつもりが面倒なことになってきた、と後悔してももう遅い。


 その間にレジに列ができてしまい、少女の後ろで順番待ちしている主婦が怪訝な目を向けていた。もう面倒臭いので、今回は特別だよ、と大人の対応をして売ってしまおうか悩んでいると、店の自動ドアが開いた。


「おっちゃん。事件だよ!」


 そう言ったのは坂本悠馬さかもとゆうまという近所に住むガキだ。


「だから、おっちゃんじゃなくてな。俺は......」


 と言いかけたところ、少女が俊敏な動きでパッとタバコを引っ手繰ると、精算もせずそのまま開いている自動ドアから走って出ていってしまった。


「ちょ、待て。あ、マジかよ!」


 追いかけようとしたが、順番待ちの主婦がドカッとカウンターに買い物籠を置いた。目が、早くしろ、と言っている。外国人のアルバイトの名前を呼ぶが、黙々とパンを陳列していて返事がない。


 主婦の精算を済ませて外を見に行ったが、当然もうそこには少女の姿はない。


 うわぁー、またオーナーに叱られる。


 もう日が沈みかけている。姿は見えないが、カラスの鳴き声が聞こえた。カラスにまでバカにされている気分だ。


「なあ、YouTuberのおっちゃん。事件だって」


 中村のポロシャツの裾を悠馬ゆうまが引っ張る。


「あのなあ。おっちゃん仕事中なんだよ。それにな、俺はおっちゃんじゃなくて、まだ29歳なんだよ」


「じゃあ、じゃん」


 8歳の子供に目くじら立てても仕方がない。それに悠馬は、社会からあぶれた中村にとって唯一の話し相手なのだ。

 中村は生まれは高知県だった。両親は、母の故郷高知県で出会った。転勤で高知に来ていた父と、母は結婚して、中村が生まれた。中村が生まれてすぐに父は本社勤務になり、東京都調布市の父の実家に住むことになる。高知には幼い頃にしか住んでおらず全く記憶がない。だが、大河ドラマの影響で知った坂本龍馬が土佐藩だということで、中村は幕末に興味を持った。どうしても幕府側より、維新志士の方を贔屓ひいきしてしまう。

 ひょんなことで出会った少年が、高知のヒーロー坂本龍馬さかもとりょうまに似た名前だった。悠馬はなぜかしら中村に懐き、彼も高知のヒーローは大切にしなければならない、と思っていた。


「悠馬。なんだ、事件って?」


 中村は無名の素人YouTuber。悠馬は中村がYouTubeに動画を載せていることと、その再生数が伸びないことを知っているので、自分の周りで何か起きれば動画のネタにならないかと、やたらに情報を持ってくる。

 その情報のほとんどが、学校でクラスメートの持ち物が無くなったとか、誰かと誰かぎ喧嘩して〇〇くんが泣いたとか、動画にあげるほどのことでもない類の話だ。おっちゃん呼ばわりしたことはスルーして、なるべく優しい声で聞いてやった。


だよ!」


 8歳くらいになると、どこかで聞いた難しそうな言葉を使いたがる。器物破損な、と優しくたしなめた。多分クラスメートが学校の備品を壊したのだろう、と中村はそのくらいに考えていた。


「そこの道場みたいなところあるでしょ。そこにある棒みたいなのを壊したんだよ」


 この近くの道場といえば、近藤道場がある。

 悠馬は近藤道場のことをいってるのだろうか。


 近藤道場といえば、幕府側の勢力、新選組の近藤勇の血縁者が建てた道場と言われている。近藤勇と坂本龍馬は対立の関係にあったが、ドラマや小説では友人関係であったと設定されることも多い。事実、そのような史実は残されていないが、中村の中では新選組の近藤勇だけは憎めない存在ではある。


「近所のおばちゃんがお巡りさん呼んだから、事件だよ!」


「誰が壊したんだ?」


「お侍さん」


 子供の言うことは要領を得ない。なぜそこに侍が出てくるのか。


「お侍って、その人がお侍の格好をしてるのか?」


「違う。でっかい刀持ってる」


 おっと、それは時間かもしれない。


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