KONDOU SIDE

第25話 長曽袮虎徹

 2025年3月20日午後5時。


 近藤勇こんどういさみ斎藤一さいとうはじめは、井戸の前で佇んでいた。井戸は竹でできた蓋で閉じられている。

 井戸の横には社が建っており、手前には小さな鳥居が建てられている。その鳥居の両脇に大きな旗が立てかけてあった。


『新選組 局長 近藤勇 生誕の地 上石原』


 旗は白地で、旗の上下は黒いダンダラ模様。赤い文字で『誠』その下に『近藤勇』と黒い文字で書かれていた。


 近藤と斉藤は顔を見合わせる。斉藤は片方の眉だけ上げて、井戸の立て看板を読んで首を傾げた。


 2人はしばらく辺りをウロウロとしてきた。

 近くの公園から小さい子供たちの声が聞こえた。小学校低学年くらいの男女の児童。ワーワーキャーキャー騒いでいたが、5時のチャイムが鳴ると、互いに別れの言葉を叫び、散っていく。

 2人の男の子と1人の女の子が、帰りを急いでいるのか、走って近藤たちの横を通り過ぎた。通り過ぎ様に、こんばんはー、と大きな声で挨拶をしてきた。こんばんは、と2人も戸惑いながらそれに応じた。


 近藤が斉藤に戸惑いの視線を送る。斉藤は、ふっ、とクールに笑って返す。「おサムライさんだねー」「そうだねー」と子供たちの声が遠くに離れていく。


 近藤は頭をボリボリと掻き始め、んー、と唸った。その様子を斉藤は笑って見ている。


はじめ。なにが可笑しい」


 10も歳下の若造に舐められたのかと、近藤は不服だった。


「すみません。近藤先生」


 斉藤は、口では謝っているものの反省の色はなく、クスクスと笑い続けていた。


「どうなっとるんじゃ」


「どうなってるんですかねぇ」


 斉藤は質問を質問で返した。

 ジャリッ、と草鞋が地面をする音。またジャリッ、ジャリッ。同じところを行ったり来たりしている。

 井戸の周りは綺麗に植樹され、井戸の立て看板の向かって左側には、緑に囲まれた大きなパネルが設置されている。


 そこには『新選組局長 近藤勇』と題が打たれていた。近藤の生誕、近藤家の養子になったこと、浪士組に参加し

 京で新選組を結成したことなど、近藤の略歴が書かれていた。右下には近藤の写真までが印刷されていた。


「これは、わたしか?」


「近藤先生ですね」


「わたしは写真など撮った覚えはない」


 それもそのはず。新選組の書籍でよく掲載されている着物姿で胡座あぐらをかいている近藤勇の写真は、1868年に撮られたものだと言われている。彼らは山南敬介やまなみけいすけ粛清の日、1865年2月23日はその写真が撮られた3年後なのだ。


「ここが近藤先生の生まれた家なんじゃないですか」


 斉藤は戸惑っている近藤が可笑しくてならない。近藤勇の生家だと書かれているが、斉藤もなにか変だということは感じている。辺りは閑静な住宅街。そこには井戸以外、近藤が住んでいた面影はない。


「この井戸は見たことがあるんだが、こんな家に住んでいた覚えはない」


「井戸なんか、みんなおんなじじゃないですか?」


「そう言われると自信がない。こんな蓋がなかった気がする」


「後から誰かが付けたんじゃないですか。京に出て、もう何年も経ってるんでしょ」


「んー......、わたしがいた頃は、この辺はみんな平屋だったが、なんか変わった四角い家ばかりだのぅ。やっぱり違うんじゃないか」


「でも近藤先生の生家って書いてありますよ」


 近藤はそのパネルを腕を組んで睨んだ。


「書いてあるからって、わたしの家とは限らん。普通、家の前にいちいち誰某だれそれの生家なんて書いてある家、見たことあるか?」


「ないですねぇ」


 ふーん、と不服そうに鼻から息を吐いた。近藤は顔を顰めてパネルの左半分の下の段をコツコツと指先で叩いた。


「問題は、ここじゃ」


 そこには『近藤勇 板橋で死す』と書かれていた。


 ははは、斉藤もその文言が真っ先に目に入っていたが、近藤が言い出すまで気づかないフリをしていた。


はじめ、なぜ今、笑った」


「笑ってませんよ」


「いいや、笑った」


 近藤はでかい口を真一文字にして、眉を顰める。


「誰がこんな悪戯をするんじゃ」


「悪戯って?」


「わたしはこうして生きておる。こんな馬鹿げたことを、いったいなにが目的なんじゃ」


 ははは、斉藤はまた無意識に笑ってしまい、慌てて口を押さえた。近藤は眉間に皺を寄せて斉藤を睨んだ。斉藤は、すみません、と笑いを堪えながら謝罪した。

 んー、と近藤は納得がいかない様子で、頭をボリボリと掻いていると、ポンッと小さな手が近藤の腰に触れた。それは女の子の手だった。先程横切っていった3人組のうちの1人だ。

 少女の服装は黄色と青のツートンの中綿のダウンにチェックのパンツ。足には白のスニーカー。赤いランドセルを背負っていた。


「おじちゃんは、あそこの道場の人?」


 女の子はそう言って、車道の向こうを指している。車道の向こう側の歩道にはブロック塀が建てられていた。またブロック塀の向こうの敷地にも木々が生い茂り、見えにくいがその向こうに道場があると言う。

 2人は目を凝らしてみると、木々の間から木造の建物らしきものが見えた。

 近藤は、そうだね、と少女に曖昧な返事を返した。少女は嬉しそうに、お侍さんだぁ、と声を上げて去っていった。近藤は少女の後ろ姿を見つめて、


「なんだ、あのわっぱの格好は」


「さあ?」


 斉藤も見たことのない服装だから、近藤が満足いく答えを出せない。


「行ってみましょうか?」


 そう言うと、斉藤は左右の確認もせず車道に出た。プッ、と車道を走る乗用車にクラクションを鳴らされた。


「なんだ、あの滑る塊は」


 首を傾げる斉藤は、近藤の腰に差されている近藤の愛刀を見た。長曽袮虎徹ながそねこてつだ。


「先生、それで斬っちゃってくださいよ」


 近藤は眉間に皺を寄せ、あからさまに不愉快な顔をした。


「わたしの虎徹は、無駄なものは斬らん」


「怖いんじゃないですか?」


「何を言っとる!わたしに怖いものなどない!!」


 そう強がる近藤を笑うとまた拗ねるので、斉藤は笑っているのがバレないよう近藤に背を向け、スタスタと1人で道路を渡っていった。














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