第24話 月が笑う

 ワタシは、から逃げ出すのだ。


 明美は自分に言い聞かせるように、胸の中で呟いた。

 とりあえず袋からスニーカーを出して、2人の前に置いた。


「はい、これ履いて」


「これが履物か?なんかモコっとしておる」


 スニーカーをいろんな方向から眺めている神経質な永倉新八ながくらしんぱちを横目に、原田左之助はらださのすけは躊躇することなくスニーカーに足を入れた、


「うぁぁぁぁ。なんか柔らかくて、あったかいのぅ」


 原田は裸足のまま履くと、恍惚の表情を浮かべた。気が短い原田だが、能天気なところは少し助かる。


「明美殿」


 永倉がまっすぐ明美の目を見つめた。


「ススム殿が言ってることは、本当か?明美殿の見解は?」


 なんと答えるのが正解かわからない。明美は小刻みに何度も頷いて流した。その曖昧な返事に、永倉は不満そうな顔を向けた。

 ちゃんと納得させるために一から説明したいが、既にススムが簡潔に説明している。それ以上の説明は必要なのか。


 ススムがポケットからスマホを取り出すと、


「めちゃくちゃ着信きてました」


「誰?」


「チーフからです。LINEも来てます。『唯香と一緒か?』『唯香も電話に出ない』『警察が唯香を探している』『一緒にいるなら連絡しろ』......だそうです」


 明美も自分のスマホを見るとチーフから十数件着信が入っていた。チーフは彼女の住所を知っているし、もしかしたら警察は彼女の家に向かってるかもしれない。


「家じゃダメね。どこかビジネスホテルとかにしましょう」


「びじねすほてる?」


 永倉と原田は声を揃えて聞き返した。それに答えるのも面倒なので、それは無視してスマホでホテルの空き情報を調べた。

 明美はスマホで調べながら、ちらっと2人の着替え終えた格好を見た。原田はスラっとした体型なのでパーカーも綿パンも様になっていた。無造作な長髪が、全身黒のコーディネートに合っていた。

 一方、背の小さい永倉は上下黒のコーディネートが部屋着を着ているオッサンに見えて、明美は吹き出しそうになった。


 ホテルを現在地から少し離れた場所で検索した。シングルルームならすぐに見つかる。やっと4人で泊まれる部屋を見つけ、ススムに示した。


「じゃあ、乗って」


 明美は、彼らを後部座席に促し、自分は助手席に周った。


「また、これに乗らなければならんのか」


 永倉は、先程調子が悪くなったことを思い出し、ゲップをした。


「あ、ススムくん。永倉さんに酔い止めは?」


「まだです。永倉さん、これ舐めててください」


 ススムが運転席から体を反転させ、酔い止めドロップを1つ差し出した。


「なんじゃ、これは?!毒でも盛るつもりか!」


「これは薬ですから大丈夫です!」


 明美は後部座席に上半身を乗り出し、酔い止めドロップを永倉の口に入れようとした。首を降って争う永倉の体を、横にいた原田が押さえつけて助太刀した。鼻を摘んで無理やり口を開けさせた。


「やめんか!」


「飲まなくていいです!口の中で舐めてれば、さっきみたいに気持ち悪くならなくなるの!いいから、口開けて!」


「嫌じゃぁー!」


 そう叫んだ永倉の口が大きく開いたので、その隙に口に入れた。原田はすかさず永倉の口を掌で覆い、口から出さないようにした。永倉が暴れる。


「ススムくん。いいから車出して!」


「僕の車で、吐かないでくださいよぉ」


 ススムはエンジンをかけ、都道305号を豊島区方面へ走らせた。


 永倉がおとなしくなった。


「新八、どうした?」


「これは......美味い」


 明美が買ってきた酔い止めドロップは、グレープ味だった。永倉は、その味を堪能するように口の中で転がしていた。


「美味いだと!明美殿、俺にもくれ」


 明美は原田にもドロップを渡すと、これまた躊躇することなく口に放り込む。


「美味いか?これ。なんか、酸っぱいのぅ」


 からからと笑う原田は、またもや外の風景に夢中。街のネオンが彼の顔を撫でる。


「なんか、160年後の空には、星がないのぅ」


 真っ黒な空には、半月が浮かんでいる。

 走る車を追って、月が彼らを笑っている。



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然すれば 徒花 オノダ 竜太朗 @ryuryu0718

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