第22話 辻褄

 ペットボトルの水とお茶、Dickiesのベージュと黒のパンツ、黒のパーカーと黒のクルーネックのスウェット、adidasのと白と黒の2枚セットのTシャツを2セット、無メーカーの4枚入りのボクサーパンツ、酔い止めドロップ、それに有料ビニール袋、合計14.325円を買った。


 明美が買い物をすませて店から出ると、ちょうどススムの車がドン・キホーテの駐車場に入ってくるところだった。ススムは明美の姿を見て、プッ、とクラクションを鳴らした。クラクションの音を聞いて、ヒヤッ、と永倉新八ながくらしんぱちが声をあげた。


「もういい加減、慣れろよ」


 原田左之助はらださのすけは、笑いながら永倉の背中を叩いた。


「慣れるとはなんじゃ。この世はいったい、どうなっとるんじゃ」


 永倉はムスっとした顔のまま、辺りを見回している。

 ススムは車を停め、小走りで明美に近寄り、手に持っている買い物袋を持ってやった。原田が2人に気づいた。


「おおー、何やらたくさん買ってきたのう」


「はい、永倉さん、この水飲んで」


「なんじゃ、それは。これが水なのか?」


 ペットボトルをみたことがない永倉にとって、飲めと言われてもどうしていいかわからない。


「原田さんは、お茶でいい?」


 原田はお茶のペットボトルを受け取った。


「ほおー、これにお茶が入っとるんか。そう言われれば茶の色をしておる。これは、どうやって開けるんじゃ」


 飲み込みが早いのか、能天気なのか、原田は明美に蓋の開け方を聞き、グビグビっと飲んだ。慌てて買い物をしたせいで、自分とススムの分の飲み物を買い忘れた。


「かあー、美味い。茶が冷たいなんて珍しいのぅ。それでさっきと逆に回せば、この蓋が閉まるのだな。ほう、便利じゃのう。早くお前も慣れろ」


「なにを感心しておる。左之、なにを慣れろというんじゃ。ワシはこの状況がわからん。ここは、どこだ?」


 原田はヘラヘラしながら答えた。


「ここは異国だろ。どうやって来たかはわからんが、どう考えたって異国じゃ」


「異国?」


 原田はあまり深く考えないタイプなのだ。


「異国って、原田さんたちはどこから来たんですか?」


 なんとなく愚問だとは感じていたが、明美はあまりにも能天気な原田に聞いてみた。外国から来た新選組マニアのコスプレイヤーだと考えるのも無理がある気がした。言葉尻が少し変だが、彼らは流暢な日本語を喋っている。


「どこって、それは日の元、日本じゃ」


 なぜか胸を張って言う原田。


「ここは、エゲレスか?」


 明美とススムは顔を見合わせた。


「ここも日本ですけど」


 遠慮がちにススムが答えた。


「はは、はは、なにを言っとる。ここが日本じゃと。そんなわけは......はは、はは......」


 訳がわからず無理やり笑っていたが、原田の顔も青ざめていった。


「どういうことじゃ?」


 明美はとりあえず2人を着替えさせようと、ススムの車まで連れていった。後部座席のスライドドアを開き、買ってきたものを広げた。


「とりあえず、この服に着替えて」


 そう言って2人にパンツを渡し、明美は彼らに背を向けた。


「ほれ、これは異国の服じゃろ。変な形じゃ。どうやって着るんじゃ。これはどこに手を通す?」


「それは手じゃなくて、下に履くの!」


 イラついて振り返ると2人はふんどし一丁で、困ったようにパンツをぶら下げていた。

 キャッ、と声を上げて明美はまた背を向けた。


「それは足を通すの!」


「これは袴かぁ。でもこれで良いのか」


 もう1度振り向くと、まずは足元が視界に入った。草履だった。靴を買ってくるのを忘れた。

 そしてだんだんと視線を上に上げると、2人はパンツを腰まで上げているものの、褌のせいでチャックが閉まらず、チャック全開で股間の膨らみが突き出た状態で待っていた。


「もう!!ススムくん、ちょっと履き方教えてやって。それで入んないなら、下着も買ってきてあるから。ワタシ、靴買ってくるから!あー、あとビニール袋に入ってるから永倉さんに酔い止め飲ませておいて」


 明美は顔を赤らめて視線を逸らし、小走りでまたドン・キホーテに入っていった。


「なにを、生娘じゃあるまいし。なあ、ススム殿」


 ススムは苦笑いした。

 その名に永倉が反応した。


「お主、ススムという名か」


「はい」


せいは、山崎と申すか?」


「いえ。タジマといいます」


「そうか。うちの隊員にもススムという奴がおった」


 永倉が言うのは、島田魁しまだかいらと共に諸士調役兼監察しょししらべやくかんさつの任にあたっていた新選組隊士 山崎丞やまざきすすむのことだ。


 ススムはボクサーパンツのラミネートを探し、彼らに1枚ずつ渡した。また騒ぐのはわかっていたので、褌の代わりだと説明し、履き方までジェスチャーで教えた。

 彼らは隊服の裾で前を隠しながら、慣れない手つきでボクサーパンツを履いた。


「なんじゃあ、随分窮屈な褌じゃのう。これじゃあ陰嚢ふぐりが可哀想じゃ」


 永倉は居心地悪そうに腰を左右に動かした。


「あのさぁ、さっきここが日本って言っとったけど、あれはどういう意味?」


 原田は薄ら笑いを顔に貼り付けながら、恐る恐るススムに聞いた。

 ススムは黙々と彼らの着替えを手伝った。ススムには初めから気になっていたことがあったが、まずは明美が戻って来る前に彼らを着替えさせなければならない。


「なんとなくわかるのよ、ここが日本だって。明美殿の名前も、変わっとる名前じゃが、異国の名前ではない気がしてある。ここが日本というなら、この風景や、この飲み物とか、見たことないものばかりじゃ。どういうことじゃ」


 能天気な原田も、訳がわからず恐ろしくなってきていた。

 ススムは、ふぅー、と一息吐いた。永倉にはクルーネック、原田にはパーカーを着せ終わった。


「あのー、どうやって聞いていいかわからないんですけど......」


 ススムは言いにくそうに話し始めた。


「お2人は、本当に新選組の人なんですか?」


「お主、ワシらを知ってくれてるのか」


 永倉と原田は嬉しそうに答えた。

 ススムは、永倉新八や原田左之助をモデルにしたキャラクターが出てくる好きなアニメがあったので2人の名前は知っていた。それで新選組に興味を持ち、いくつかの新選組のアニメを見たりコミックを読んだりして、新選組に関するある程度の知識はあった。だから彼らが本当に新選組隊士だとすると、姓は山崎か、と聞かれたことは理解できた。

 ただ問題は『幕末に活躍した彼らがこの時代に生きているわけがない』ということ。そんな馬鹿げたことがあるわけないが、この話に辻褄を合わせるとすると、答えは1つしかない。


「あの、今160年後なんですよ」


 永倉と原田は口を開けたまま、しばらく動かなくなった。




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