第21話 新八と左之助(3)
「どうだ!明美殿」
原田は野次馬に背を向け、得意顔を見せた。
「ありがとう。でも、ワタシたち逃げなきゃ」
明美はそう言って永倉の腕を掴んで走り出した。なんだよ、と拗ねる原田。
3人は人混みを掻き分け、歌舞伎町のアーチを潜って外に出た。大通りに出て、タクシーを拾った。
「なんじゃあ、この箱は?」
自動で開いたタクシーのドアに、2人はいちいち反応した。
「乗って!」
明美は、永倉の背中を無理やり押して乗せた。嫌じゃぁー、と永倉は暴れる。次に明美が乗り込むと、原田もシートやドアを恐る恐る触りながら乗り込んだ。バタンッと勝手に閉まるドアに2人の悲鳴。面白ぇ、と喜ぶ原田に対し、永倉は目を瞑って念仏を唱えていた。
タクシーが走り出すと、更にはしゃぐ原田。
「なんじゃ、この乗り物は」
バックミラー越しに明美とタクシーの運転手の目が合う。運転手は不機嫌に、どちらまで?と単調な声で聞いてきた。明美は自分の住所を告げた。
運転手がカーナビの設定をしていると、あれはなんじゃ、あれはなんじゃ、と子供みたいにはしゃいでいる原田が
「あれはカーナビ」
「かあなび?」
「地図よ」
「この乗り物はなんじゃ」
「タクシー......んー、馬車みたいなものよ」
いちいち聞き返されるのが面倒なので、わかりやすく説明してやる。カーナビの設定が終わると、タクシーは静かに走り出した。
タクシーが走り出すと、原田は腰がふわっと浮き上がる感覚がして、尻をモゾモゾと動かした。
「なにやら、くすぐったいのぅ。うおっ!走っとる。馬より早いではないか!なんじゃ、船みたいじゃのう。おー、すごいのう、すごいのう、なあ、新八!」
「ちょっと原田さん、静かにしてくれます!」
耳元であまりにもうるさいので、明美の語気が強くなってしまった。
「なんじゃあ、さっき助けてやったのに」
そう言って口を尖らせたが、好奇心旺盛な原田は、外の景色の方が気になって仕方がない。
「なんじゃ、あのでかい羊羹見たいな建物は?」「なんじゃ、ぱちぱち色が変わる棒は?」「なんじゃアイツ、走る板みたいなもんに乗っとるぞ」「あー、あれもたくしいか?」「おー、たくしいがいっぱい走っとる」
それは普通の乗用車だ、と明美は面倒臭そうに返事をした。それよりも永倉の様子が気になった。俯いて唸っている。気分が悪いのか。声をかけても、気にするでない、というばかりだ。
ここから家まで、車でも30分以上はかかる。病院に連れて行った方がいいか、家に着いたら横にさせればいいのか......、とそこまで考えていると、家の鍵がないことに気づいた。店用のドレスのまま飛び出してしまったから、鍵の入っているバッグは店のロッカーに置いてきてしまっている。タクシー代はスマホで払えるにしても、鍵を取りに行かなければならない。しかし、店にはまだ警察官がいるはずだ。
明美はスマホを取り出し、ススムにLINEした。
『ごめんね。まだ警察いる?』
『唯香さん。大丈夫ですか?警察はまだいます』
『ロッカーにバッグ忘れて来ちゃったんだけど』
『どうしましょう。持っていきましょうか?今どこですか?』
ススムは話しが早い。余分な説明をしなくても、最善の優先事項を考えてくれる。立て続けにLINEがきた。
『なにも唯香さんまで逃げることなかったじゃないですか』
『ごめん。なんか咄嗟に逃げちゃった』
『あとビルの外で武田さんが倒れてたみたいで救急車も来てます。あれもその人たちがやったんですか』
『うん。あの人が包丁でわたしを刺そうとしたから』
『マジですか!』
そこまでやり取りしていると、ダメだ!と永倉が大声をあげた。
「なに?どうしたの!?」
「吐きそうじゃ」
バックミラー越しに運転手が嫌な顔をした。
「すみません。ここでいいです。停めてください」
そう言うと、タクシーはドン・キホーテ新宿明治通り店の前で停まった。
明美がスマホで代金を払っている間に、永倉はドンキの前の街路樹に向かってマーライオンのように吐いていた。
「ちよっと、大丈夫?」
「吐いたら楽になった。あの乗り物は他に足が着いてないようで、気分が悪い」
真っ青な顔をして袖で口を拭う永倉を見て、原田は大爆笑していた。
「新八は、船とかも酔っちまうもんなぁ」
「酔うとらん!!」
茶化す原田に、ムキになる永倉。胸ぐらを掴んで殴りかかろうとするが、真顔になって、また街路樹の前で屈んで吐いた。
明美はスマホを見た。急に既読されないことを心配したのか、ススムから『どうしました?』『どこにいますか?』『大丈夫ですか?』と連続でLINEが届いていた。
『ごめん。今1人調子が悪くなったからタクシー降りた。ちょっと遠いけど、ドンキの明治通り店なんだけど、来れる?』
心配してずっとスマホを見ていたのか、すぐに既読が付き、返事が帰ってくる。
『もう今日は閉店になりました。今日たまたま車で来てるので唯香さんのバッグ持ってすぐに向かいます』
調子の悪そうな永倉に、水かなにかを飲ませたい。ススムが来るまで少し時間がかかる。少し待ってて、と2人に告げ、ドン・キホーテに入った。飲み物を買うついでに、彼らに適当な服を選んだ。あの格好のままでは目立ちすぎる。自分のマンションの近所の人に見られては体裁も悪い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます