第20話 新八と左之助(2)

 武田が両手で握り、手前に構えた。野次馬から女の悲鳴が聞こえた。やっちまえ!一部の酔っ払いが揶揄からかいの野次を入れた。


「ほう、お主、武器を持ったな」


 永倉ははすに構え、右手を柄に添えた。


「いいぞ、お侍ちゃん!やっちまえ!」


 また酔っ払いの野次。


 ジジッ。アスファルトを草鞋が擦る音。永倉は慎重な男だ。たとえ相手が腰抜けに見えても、柄物えものが小さくても油断はしない。素性のわからない小者は、どういう手に出るか想像ができない。


 息を整える。


 ブゥーンッ、と空を切る音。

 永倉の頬の横から、1本の棒が突き出てきた。永倉は横目で見る。


「新八。そいつは、俺がやる」


 原田は鉄の棒を頭上でブンブン振り回した。今度は、左右に8の字を描くように回す。そして棒と地面を平行に向け、棒の根本を脇に挟んだ。棒の先は武田の方に向けている。

 野次馬から歓声が起こった。どうも、どうも。緊張感のない原田は、いちいち周りの歓声に反応した。


「おい、ブタ!この新選組十番隊組長原田左之助様が成敗してくれるわぁー!」


 野次馬の拍手。調子に乗る原田。永倉は額を押さえて溜息を吐いた。


「な、なんなんださっきからアンタたちはぁ!他人の恋路を邪魔しないでくれぇぇぇぇー」


 武田は叫びながら、明美目掛けて突進していった。

 それを原田が、すぅーっと鉄の棒を前に突き出した。棒の長さは2メートル強。しなやかな動きで前に進む。蛇のようだ。

 棒の先が軽く武田の額に当たった。後ろにつんのめって蹌踉よろけた武田をおちょくるように、棒の先をクルンと武田の顔の前で方向転換させた。

 棒の先を武田の右脇に引っ掛けた。棒の根本を腰に据え、ふんっと持ち上げた。棒の先は武田の右脇に食い込み、鉄の棒がしなり、武田の体は宙に浮いた。


 原田はしばらく宙に浮かせた武田を左右に揺らして弄んだ。そして月まで突き上げるかのように高く持ち上げ、泡を食った武田を尻目に、でいや、と気合いの声を上げた。原田は体を反転させ、そのままゴミ置き場の上に武田を叩きつけた。武田はゴミの山にめり込んだ。


 また酔っ払いたちの呑気な歓声と拍手が鳴る。手を挙げてそれに応える原田。


「原田左之助じゃ!覚えておけ!」


 原田はカッコつけて、拳を高く挙げるポーズをとった。その時、腹の傷を見せつけることも忘れていない。

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