第19話 新八と左之助(1)

 3人は、なるべく音を立てないよう非常階段を降りた。


 それにしてもこの人たち、何をしに店に来たのだろう。

 天井から落ちてきた?そんなのありえない。まさか本当に新選組の人ってこと?


 明美は逃げながら、時折彼らを振り返り見た。

 地元にいた頃、友人の1人が実在した侍のアニメが好きな子がいた。歴女れきじょというやつだ。実在した侍たちが時代や歴史上史実に関係なく国取り合戦をするというアニメで、やたらにすすめられた。そのアニメに永倉新八ながくらしんぱち原田左之助はらださのすけが出ていた。

 女性が対象のアニメだからキャラクターは美化されていた。アニメの永倉は金髪で顎には綺麗にカットされた髭を蓄えている。原田は赤色の長髪で髪の毛を立てていた。そして2人とも高身長でスラリと長い足をしていた。

 一方明美が見る現実に現れた2人は、それほど身長が高くない。2人とも丁髷ちょんまげではないが、永倉は無造作な黒髪、原田は長髪だが黒髪で立ててはいない。それでも永倉が顎髭や原田の長髪を見ると、類似している点もある。やはりただのコスプレイヤーなのだろうか。

 彼らが本物でもコスプレイヤーだとしても、どちらにせよ明美は彼らと逃げることが楽しくなっている。


 永倉は決してイケメンではない。でも不細工でもない。

 どちらかと言うと原田の方が美形だ。面長の顔にキリッとした二重の目。背は少し原田の方が高く、体型はスマート。

 一方、永倉は顔のパーツはこれといってなんの特徴もない。体型は中肉中背。太ってはいないが背が小さいせいで、ずんぐりとした印象。目付きも特別鋭いわけではない。ただ真っ直ぐな眉毛と整えられた顎髭には、どこか清潔感が伺える。その真っ直ぐな視線に、無意識下で射抜かれてしまったのかもしれない。永倉の手を引く明美は、手と手が繋がっていることで胸が高鳴るのを感じていた。それは極度の緊張のせいでの吊り橋効果なのかもしれないが、永倉に惹かれ始めていることを感じた。


「これは、何でできているのじゃ」


 永倉は階段の手摺を触り尋ねる。そういうアホみたいなところも可愛いとさえ思い始めていた。


 階段を1階まで降りたところで、非常扉を開けた。非常扉はオートロックで外側からは開けられないが、内側からは押すだけで簡単に開けることができる。

 外付きの非常階段なので、密閉された空間ではなかったが、非常扉から外に出ると少し開放的な気分になる。


 その開放感も束の間、外で待っていたのは武田だった。


「やっぱり、こっちか」


 明美は咄嗟に永倉の後ろに身を隠した。永倉は自分の体を盾にするよう、ぐいっと1歩前に出た。


「ゆ、唯香ちゃん。だ、誰?この人」


「武田さんには関係ないよ」


 明美の発するという名前を聞いて、永倉の顳顬こめかみの血管がピクッと動いた。


「ゆ、唯香ちゃん。今度はこの人に脅されてるの。ぼ、僕がた、たた、助けてあげるよ」


 永倉はふぅっと溜息を吐いた。


「ったく、よく喋るブタじゃのう」


 ブタと言われて、武田がキレる。


「き、貴様!」


 永倉の古風な喋り方が伝染うつってしまったらしい。


「さっきからなんじゃ。公家のジジイといい、ブタといい、この娘さんをという娘と勘違いしてるらしい」


「な、なにを!唯香ちゃんは、唯香ちゃんだ!!」


 まだ3月の寒空の中、汗だか唾だかわからない液体を飛ばして武田がムキになった。


「覚悟はよろしいか」


 永倉が鯉口を切って、武田を睨んだ。

 それを原田が突っ込む。


「おい、新八。丸腰相手にゃ斬らねえんじゃなかったか」


 永倉はハッとした。


「すまん。この御仁ごじんが武田というから、観柳斎かんりゅうさいを思い出してしまったれ


 武田観柳斎たけだかんりゅうさいとは、池田屋騒動にも参加した新選組五番隊組長の武田観柳斎のこと。近藤勇こんどういさみ土方歳三ひじかたとしぞうのような上のものにはへつらい、同等もしくはそれ以下だと認識する者には陰湿に絡み、見下した態度をとる嫌味な奴だ。後に入隊し討幕を企てる伊東甲子太郎いとうかしたろうの頭の回転の良さと、媚び諂ってきた近藤を天秤にかけ、両側から拒絶された可哀想な奴だ。山南敬介やまなみけいすけの脱走も、武田の陰謀だったという説もある。

 実直な永倉は、この武田観柳斎のことが許せず目の敵にしていた。


「俺も観柳斎は好きじゃねぇ」


「剣はそれほどでもないくせに、口は達者だからのぅ」


「達者というか、アイツ、口臭えんだよ」


 自分に関係のない話で盛り上がっている2人に、武田は警戒しつつも対抗しようと歯向かっていく。


「な、なんだ!貴様ら!これ以上唯香ちゃんを困らせるな!」


 永倉の背中にしがみついている明美。困らせているのは自分だと、武田は状況把握ができていない。自分に都合の悪いことは見えていないのだ。


 原田がチラリと道の脇を見ると、ゴミ捨て場が視界に入った。丁度良い長さの棒が転がっている。原田はそちらへ平然と歩いていった。武田の目には明美しか映っていないから、原田の動きなんか視界に入っていない。

 原田はその棒を拾い上げた。鉄でできている。どこかの店舗で使っていた装飾品なのか、鉄の棒にジャラジャラと飾りが付いている。その飾りを力任せに引き千切った。フラットな棒の出来上がり。


「唯香ちゃんを、は、は、離せ!」


 永倉は呆れてものも言えない。


 原田はその棒を適当に振り回した。槍の稽古前にやる準備運動だ。隊服が引っかかるので、上半身裸になった。

 騒ぎに気づいた野次馬が集まり始めた。男女問わず、ほろ酔いの民衆。さえない中年男と新選組の隊服を着た2人。風俗店が密集する繁華街で、1人の女。なにか事件が起きそうな香りを嗅ぎつけて集まってきたのだ。


 武田は、ぶつぶつ言いながら、背負っていたリュックサックから何かを出した。包丁だ。

 野次馬から悲鳴があがった。


「み、み、みんな、ぼ、僕たちのこと邪魔す、す、す、するから、誰にも邪魔さ、されないところに行こう」




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