第11話 試衛館跡(2)

 河上はポケットからスマホを出して、元号の『元治』の西暦を調べた。2人はスマホがポケットから出てくるのを見て、後退りした。


「な、な、なんじゃ。さっきから袴から出してくる、その四角いもんは!」


「だから、スマホです」


 河上は、ぞんざいな態度で答えた。依然として危ない人たちだという警戒心はあったが、斬るぞ斬るぞと脅す割には、自分に危害を加えるつもりはないことを感じていた。


「元治2年で言うと、西暦1865年です」


「はぁ」


「今は西暦2025年です」


 2人は顔を見合わせた。


「何を言っておるのだ。とはなんだ。そのとやらで数えたら、160年も先の話じゃないか」


「たがらぁ、それがあなたたちからすれば今は160年先の未来なんです」


 河上の言葉の節々にイラつきが現れはじめた。

 井上は眉間に皺を寄せ、だんだんと顔が赤くなってきた。ぐらぐらと体が揺れ、震えが指先まで達すると、たわけ!と叫んで立ち上がった。


「薩摩人斬りが、わしをあざむくつもりかー!」


 鞘から抜いた日本刀の刃先を、河上の喉に向けた。

 彼は、ひっ、と喉がひっくり返ったような声をあげた。井上たちをバカにして、少し調子に乗りすぎた。


「源さん」


 震える井上の手の甲に、島田はそっと手を乗せ、刀を引くよう促した。


「源さんらしくないですよ。それにこいつは河上彦斎かわかみげんさいではないです。あの人斬りなら、既にこちらが斬られてますよ」


 わかっておる!井上は投げ捨てるように答えた。


「それよりも、だ。ここが160年も先の世だと申したな。そんなくだらん与太を吹き込んで、わしらをどうするつもりじゃ!意味がわからん!!」


 現代に生きる河上にとっては、タイムスリップ自体現実にあることとしては信じ難いが、映画やアニメで取り上げられる題材としては理解できる。それが目の前で起こっていることを飲み込めないだけだ。

 だが、江戸時代から来た2人には、全く理解できない。その当時、未来や過去に時空を越えることを考える人はいただろうか。彼らにとっては狐や狸に化かされたと言われた方が道理がつく。


「お主、頭がおかしいのか?」


 それはこっちのセリフだ、という言葉を河上は飲み込んだ。

 河上はスマホで『井上源三郎』と『島田魁』について検索してみた。歴史に興味がない彼でも新選組くらいは知っているが、そこにいたメンバーまで知っているわけではない。知っているのは、せいぜいこの標柱に書かれている近藤勇こんどういさみ土方歳三ひじかたとしぞう沖田総司おきたそうじの主要メンバーくらいだ。幕末の実在人物がキャラクターとして登場してくる映画やアニメを見たことがあるが、名前まで記憶にない。


 島田魁については、怪力の持ち主、身長が約180センチはある巨漢。ネットに載っている情報と、彼が目にしている島田と照らし合わせると、その通りの姿だ。肖像画の写真を見ると、かなり似ている。本人と認識して間違いなさそうだ。

 井上源三郎にいたっては、温和で無口、おとなしい、という記述や、頑固者などいろんな解釈があり、どんな人物なのかピントが合わない。彼の目の前にいる井上は、激昂的ですぐに刀を振り回す、そしてよく喋る人間だ。

 ネットには1829年生まれと書かれている。今が元治2年か3年だと言い張る2人は、1865年か1866年頃から来たことになる。河上は逆算して井上の年齢を導き出した。


 35か36?


「あんた、同い歳ですか?」


 河上が目にする井上の姿は、40〜50代の初老に見えていた。


「何を言っとる。お前みたいなわっぱと、同じ歳のわけなかろう」


 江戸時代の人から見れば、現代人は小綺麗にしているため、幼く見えるのかもしれない。


「いや、僕も35です」


「そんなわけ、なかろう」


 彼がネットで調べたところによると、島田は井上の1つ上にあたる。しかし2人の様子を見ていると、島田の方が井上に対し、敬った言葉を使っている。島田の方が後から入隊したのだから、井上の方が上役に当たるのは現代でも同じだ。それを言ったら、局長である近藤勇や、副長の土方歳三も彼らより4つ5つ若い。

 彼の頭にヒラマのことが浮かんだ。社会に出れば多少の年齢差など関係がない。実力がものをいうのだ。それがわかっていて、受け入れられないのも人情だろう。


 街灯もないビルの裏道。同じ歳の河上より、幾分シワが多い顔。月明かりに照らされしわが影って、実際よりも深く見え、更に老けて見えた。その影のせいで般若のように見える井上に、恐る恐る尋ねた。


「あのー、つかぬことをお伺いしますが......」


 河上が問いかけると同時に、誰からともなく腹の虫がグーッと鳴った。


「それよりも、じゃ。お主はさっき腹が減ったと申したな。まずは、飯をよこせ」


 井上は自分の腹も鳴ったくせに、偉そうに河上に命じた。






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