第9話 ガラスの雨
「お前も、来い!」
廊下でへたり込んでいた河上は、井上に首根っこを引っ張られ、無理やり立たされた。
「
島田の問いに、
「
逃げながら叫ぶ。
河上は警備員が来て、助かった、と思ったのも束の間、まだこのトラブルを回避できていない。
なんてツイてない日だ。それに俺は河上彦斎じゃない。
頭に浮かんだ言葉も、口に出す気力がない。頭のおかしい奴らに、どんな説明しても無駄だ。腕を引っ張られるままに彼らの行く方向へついていった。
エントランスは行き止まりだ。どうせ彼らはそこで捕まる。無駄な抵抗をせずに従った方がいいと判断したのだ。
ガラス張りのエントランスが見えた。エントランスは吹き抜けになっており、2階の高さまでガラス張りだ。
ガラス張りの建物なんか見たことがない2人には、そこが外に開けていると見えていた。施錠されている時間帯だから、自動ドアも閉まっている。
「あちらから外に出られるぞ」
案の定、井上は走りながらガラス張りのエントランスを指した。走る速度を緩める気はない。
この島田という男、守衛の人間を放り投げるほどの怪力の持ち主だがら、閉まっている自動ドアをこじ開けるのかもしれない。でも、相当な怪力でもっても開けるのには時間がかかり、すぐに警備員に追いつかれてしまう。
それでも自動ドアの方向に向かうと思っていたが、彼らの軌道が若干斜めに逸れた。通路に面しているロビーの方に向かっている。ロビーの椅子で一息つこうというのではない。ロビーは一面ガラス張り。自動ドアはそこにはない。
河上は、井上たちはガラス張りだということに気づいていないんじゃないか、と不安が過った。
「無理ですよ。そこ全部、ガラス張りです!」
「がらす?」
井上は顔を顰めた。なんのことだかわからないらしい。近づくと暗がりの中で警報ランプが点滅し、光が反射し、そこに何かあることが彼らの目にもわかった。
「なんじゃ、この
「源さん、びいどろじゃないですか?」
「びいどろ?」
後ろからは、警備員。ここで足を止めたら追いつかれてしまう。
「島田、行け」
井上が顎で示すと、島田は速度を上げてガラスに向かって突き進んでいった。井上も島田に続いて走る速度を上げた。腕を掴まれている河上は、ついていくしかない。
「ちょっと待って!無理ですって。強化ガラスですよ!」
あんなものに激突するのは嫌だ。河上は井上の手を振り払おうと
島田は左手で右肘を掴み、右肩を少し斜めに突き出した。右肩から強化ガラスに突っ込む気だ。ぬぅっ、と気合いを入れて、更に速度を上げ、強化ガラスに突っ込んだ。
ミチッ。
鈍い音がして、ガラス板は白く濁り、蜘蛛の巣のような円形に
「島田、
井上は走るのをやめない。日本刀を鞘から引き抜き、両手で絞り、腹の中央に
白く曇ったガラス板に
ガラスが一瞬にしてパッと弾け、粉々に散った。
エントランスの中二階の高さまで伸びた亀裂のせいで、割れたガラスは広範囲に広がった。
フレーク状に散ったガラスが、赤い警報ランプが照らされ薄い桃色に見えた。白く濁った破片と薄桃色に光る破片。頭上高くから、はらはらと舞う。
河上の目には、スローに見えていた。予期せぬ災難に見舞われ疲れていた彼は、桜の花弁のように舞うガラスの破片に
「何をぼうっとしておる。行くぞ」
放心している河上には、井上の声は届いていない。井上は舌打ちし、担げ、と島田に叫んだ。
突然、河上の視界が何かで覆われた。直後、ふわりと体が宙に浮いた。島田が河上の頭に隊服を被せたのだ。島田は河上にタックルするように胴にぶつかり、彼の体を持ち上げた。体をくの字に、頭が島田の背中の方に垂れている状態。
ババババババババババッ。
連続で島田の隊服に打ち付けられるガラスの破片。視界が遮られ、そんな状態を把握できていない河上はパニックを起こし、島田の肩の上で暴れた。
「大人しくしてろ!」
島田は怒鳴って、
「不法侵入者3名。都道433号を東に逃走!」
後方から無線機に叫ぶ警備員の声が聞こえた。
オフィスビルから飛び出した3人は、警備員の声の通り東に向かって逃走。夜中の2時半である。
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