第8話 島田という男

守衛の男2人が、折重なるようにして廊下に倒れている。

巨漢の男は、興奮しているようだ。肩を怒らせ、双方に伸びる丸太のような腕には血管が浮き出ている。

仁王像のような顔を真っ赤にし、鼻息が荒い。眼光は炎を噴射するかのように見開き、今にも守衛の男たちに噛みつかんばかりに歯を剥き出しにしている。ギリギリと歯軋りが聞こえる。

仁王像は両腕を広げ、岩のような大きな掌で空を掴んでいる。蹲っている守衛2人を見下ろしている。2人を警戒しているようだ。少しでも不穏な動きがあれば、その大きな掌で握り潰すつもりだ。


「島田!」


井上が男の名を叫んだ。その声に島田と呼ばれた巨漢は、我に帰った。


「源さぁーん」


巨漢はその風貌に似つかわしくない甘えた声を上げた。途端に巨漢の見呉みてくれが先程までとは一回り小さくしぼんだ。そして、でっかい体を小さくして、小股で河上に突進してきた。危険を感じた河上は身構えたが、巨漢は河上を無視して、彼の後方にいる井上に駆け寄った。


「源さん、ここ、どこなんですか」


「わからん!で、そこの2人は何者だ?」


「わからないです。目が覚めたら、そこの小さい部屋で、あの2人がいきなり殴りかかってきたんですよぉ」


さっきまでの仁王像の顔はどこへいったのか、クラスメイトの悪さを教師に密告ちくる子供のように、井上の後ろに隠れた。しかしその図体では、華奢な体型の井上の背中では体全体がはみでている。


『あと5分で到着します!現状、被害報告お願いします!』


守衛室から割れた音声が響いた。うわっ、と井上が体を縮めた。


「そうなんですよ。先刻から、この箱が喋るんです」


縮んだ井上の背に、島田と呼ばれた男は自分自身の体も縮ませて隠れようとする。だが、はみでている。彼らが指す箱とは、無線機のことだ。


「ここはなんなのですか!箱から声がして、あの壁の丸いものから赤い光が出ています」


「上階には、天井に白い光がついておった。それにさっきから鳴り続けている、このやかましい音は!」


赤い光というのは警報ランプ、喧しい音というのは警報のことだ。


「地面もなにかつるつるしておる。これは、石か?ここは城なのか、家屋なのか。置いてあるもの、みな見たことが無いものだぞ」


「まさか、これは異国人が建てたものなのでしょうか?」


「そんな馬鹿な話があるか!ワシらは屯所とんしょにいたのだぞ」


井上と島田は、天井や壁をぐるぐると見回した。事務机やその上に置いてある機器や文房具などを、恐る恐る触っては手を離している。


それはそうだ。

ここいらに置いてあるもの全てが見たこともないものなのだ。


それもそのはず井上とは、本人が名乗る新選組六番隊組長、井上源三郎いのうえげんざぶろうその人である。

そして島田は、山崎丞やまざきすすむらと諜報活動としていた諸士調役兼監察しょししらべやくけんかんさつ、のちに新選組隊士 永倉新八ながくらしんぱち率いる二番組の伍長、新選組の全ての戦いに参戦したという猛者、新選組随一の怪力 島田魁しまだかいなのである。

なんの悪戯いたずらか、彼らは江戸から現代にタイムスリップしてしまったのである。それに気づいていない河上の目には、新選組のコスプレをした頭のおかしくなった危険人物としか映っていない。


「あれ、山南先生は?」


どころじゃない。総司そうじや、他の連中はどうした?」


「そう言えば、山南先生が切腹の前に苦しみ始めましたよね。そしたら部屋の中が暑くなってきて......、それでワタシたちも体が焼けるように熱くなってきました」


「毒を盛られたんじゃ」


「源さん、あの時なにか口にしました。ワタシはなにも飲み食いしてないですよ」

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