第4話 闇から人影(1)

 光から闇、そしてその闇に慣れて、徐々に視覚が開けてくる。河上は目を凝らして、その方向を見た。があがあと息遣いのような音が聞こえる。

 なんだこの物体は。

 そして、さっきの光はなんだったんだ。

 隕石でも落ちてきたのか。その隕石に付着していた謎の生命体がうめいているのか。


「ゔぐぐっ、ぐぅぐっっ」


 人?


 うっすらと見えるのは、うずくまった人の形をしている。がさがさと音を立てる。どうやら立ち上がろうとしているようだ。


 さっきの守衛が懐中電灯を壊された逆恨みで、懐中電灯よりもっと光の強い装置を持ってきて、それがショートして爆発でもしてしまったのか。彼は混乱していて、あり得ない発想ばかりしか出てこない。

 

 壁にもたれて項垂うなだれている物体が、片足を動かしている。杖のような長いモノを左手に持っている。それを床につき、投げ出された片側の足を曲げ、体を起こそうとしている。足元が滑るのか、手元の力の具合が悪いのか、なかなか上手く立たない。


「どこだ、ここは、み、みんなは、さっきのはなんなのだ、、みんな、どこだ」


 人影は、なにやらぶつぶつと独り言を呟いている。声からして男だ、やはりさっきの守衛なのだ。持ってきた装置がショートして、感電したせいで頭がおかしくなっているのだろう。一時的な記憶喪失かもしれない。

 その装置のショートのせいか、事務所の電気も帯電している。強い電力でブレーカーが落ちてしまったのか。


 相手が守衛だと決めつけると、怖いものはない。気持ちが落ち着くと、寒いことに気づいた。暖房も止まっているのだ。

 河上はため息を吐いて、守衛の方に向かって言った。


「さっきから、なんなんですか、あな......」


「誰かおるのか!!!」


 河上の言葉にかぶさり、人影は途轍とてつもない大声をあげた。驚いた河上から、ぎゃっ、という悲鳴と肩が飛び上がった。その声に呼応して、男も、ぬわっ、と悲鳴をあげる。


「ぬわっ、何奴じゃ!」


 荒い息遣い。ふん、ふん、という鼻息と、しゅっ、しゅっ、と布が擦れる音。視覚の戻らない男が、あらぬ方向へ声をあげる。


「卑怯者、どこへ隠れておる!」 


 これはヤバい奴だ。

 河上は慌てて警備室に連絡しようとするが、電話機がどこにあるか見えない。警備室に連絡したところで、さっきの守衛が出るかもしれない、という考えは冷静ではない彼の頭には浮かばない。


 河上の頭上から、ヂリヂリ、ウィーンッと音が聞こえた。電気が復旧して、天井の蛍光灯がパラパラと点きはじめる。


「な、なんと!」


 人影は大声を出した。点滅する蛍光灯のせいで、人影がコマ送りのように動いて見える。次から次に点灯で大きく大勢が変わっていることで、人影が混乱していることが見て取れる。

 白い着流しのようなものの上に、水色の羽織をかけている。顎には密集した髭を蓄えている。


「誰、誰、誰?!なに、なに、なに!!」


 守衛ではない。今度はまた河上がパニックを起こす番だ。


「異国の者か!」


 髭の男は、左手に持っている杖のような棒に右手を添えると、すばやくもう1本抜き出した。杖だと思っていた棒は、刀のさや。人影が右手に構えるのは、刀だった。刀身90センチほどの日本刀。蛍光灯の点滅に合わせて、刃先が鈍く光る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る