第3話 闇から光、そして闇
しんと静まり返ったオフィスに、カタカタとキーボードの乾いた音が響く。河上のデスクの周りだけ、ぼんやりと明るい。
オフィスの電気は、残業をなくすため20時を過ぎると強制的に消える仕組みになっている。しかし、当直の
窓の外も当然暗い。23時を回ったところだ。顔を上げると、室内の光が窓に反射して、鏡のように河上の姿が映る。
華奢な肩を
明日の部課長会議で使う資料作り。これを部長は、さも自分で作ったかのように発表するのだろう。仕事の下積み経験も必要なのはわかる。上司たちもこうやって仕事を覚えていったのであろう。だが、
高卒のアイツが上司だと!思い出すだけで、胃がキリキリと痛む。空腹と苛立ちのせいで、胃が気持ち悪くなってくる。考えれば考えるほど惨めになるので、視線をパソコンに映す。三流大卒だが、この会社に入社できただけでも有難く思わなければやってられない。
パソコンに
「大変だねぇ。こんな時間まで」
守衛だった。懐中電灯をこちらに向け、河上に声をかけてきた。こんな言葉でさえ、心に沁みた。
「いや、自分が仕事が遅いから......」
労いの言葉を有難く受け止めた彼だが、いつまでも顔に光を向ける守衛に腹を立てた。掌で目を
昼夜逆転した生活でメンタル的にも疲労が溜まりやすい。仕事内容も大きな起伏もなく、そのうえ安月給でやりがいなど感じない。守衛の胸の名札には『キヨカワ』と印字されていた。
キヨカワは自分の警備服の臭いを嗅いだ。何週間洗っていない。
キヨカワにとって、自分と同じくらいの歳なのに綺麗にプレスされたスーツを着ている河上は、おもしろくない存在である。顔に懐中電灯を当てるのを嫌がる河上を見て、憂さを晴らしていた。そんなことをしてもなにもならないのはわかっているのに、笑いが込み上げてくる。
「いい加減にしてください!」
河上は懐中電灯を持つキヨカワの手を振り払った。光はあらぬ方向を向き、懐中電灯は回転して地面に落ちた。ガシャッと鈍い音がして、懐中電灯の先が外れて光が消えた。
「あーあ」
河上はその態度にムカついたが、壊れてしまった懐中電灯を見ると申し訳ない気持ちになった。
「弁償してもらわないと」
キヨカワは捨て台詞を吐いて、その場を去った。
自分が悪いわけではないのに、なぜ自分が弁償しなければのらないのだ。そんな不条理をいくら考えたところで解決に至らない。とにかく仕事を終わらせて、この場からいなくなりたい。河上は、途切れてしまった集中力を寄り戻すため、無理やりデスクに座りパソコンに向かった。
しばらくキーボードを打っていると、途切れた集中力が少し戻ってきた。やる気なんてなくてもできる作業だ。明日が過ぎれば忘れられる資料。自分の手柄にならない、ただの作業。考えても仕方がないことが頭を掠める。幸いそれに妨げられることなく、指は勝手に動いてくれていた。
だが、やっと平常運転まで戻ってきた集中力を妨げる光が襲ってくる。
また、守衛のアイツか。
河上は舌打ちした。画面が光り、文字を打つことができない。
もう無視しようと決めてからほんの一瞬で視界が真っ白になった。画面どころか、自分の手さえ見えない。
どこに視線を向けても、白、白、白。眼球が焼けるほどの刺激。目を
怖くなった彼は、硬く目を瞑った。瞑っても白い視界が変わらないことはわかっていても、目を開けていると気が狂いそうになる。いったい何が起こっているのか。
やがて眩しい光が薄くなっていった。
今度は漆黒の闇。また、自身の瞼が開いているのか閉じているのか、感覚が失われる。
瞼を強く上げ見開いても、何も見えない。
光は壁に吸い込まれるようにして、小さくなって、最後の小さい点になって消えた。
最後の点が消えた壁の方から、何か聞こえる。
恐怖心と好奇心が
「グ、グラルルルゥ、グフッ」
得体の知れない何か、獣のような呻き声がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます