第56話 前線基地

 私は敵の地球前線基地である宇宙船の中を、クルシュの案内で歩いていた。

  

「次の角。右から誰かが歩いてくるわ」 

私が気配を察知して知らせた。


「流石ですね。姉御のことを聞かれたら、俺が現地協力者だと紹介します。それで納得してくれるはずです」

「でも、なるべくリスクは減らしたほうがいいわね」


 どこかに隠れる場所は……。


「そこにある扉は? 中には誰もいないようだけど」

続けて私が聞いた。


「ああ……では、そこに入りましょうか」


 私達は急いでその部屋に入って、やり過ごした。

 

 行ったわね。

 

 急いでいたので何の部屋かは確かめないで入ったが、私は改めてその部屋を見回してみる。

 何か魔導具っぽいものが沢山並べて置いてあった。

  

「この部屋は?」 

「いわゆる武器庫です」


 ふーん? 鬼人たちはどんな武器を使っているのかしら。

 

 私は武器をざっと眺めてみる。


「これはどう使うの?」

私は変な形をした武器を手に取った。


 手で握るグリップのようなものがあるが、地球のピストルの様な形ではない。

 例えるなら、馬の蹄鉄の内側にグリップが付いているような形をしている。


「これは、こうやって構えて、ここを押すと魔法弾が発射されます」

「魔法弾? 地球みたいに、弾丸を発射するような武器はないの?」

「弾丸は、石を投げることを発展させた武器ですよね? そんな原始的な武器はありませんよ」


 自慢気に聞こえるわね。


「なんか、帝国のことを自慢してない?」

「あ、いえ。長年帝国の元で働いてきたので、ちょっと染み付いてしまったのかも」 

「それじゃあ、この武器の利点は?」

「魔弾は距離が離れてもスピードや威力が落ちません。つまり射程距離が長いということです。それに、鍛錬すれば弾道のコントロールも出来ます」

「ふーん?」


 私は他の棚もざっと眺めてみる。

 

 魔法剣みたいなのは無いのね?


 他にも少し大きな武器が有るようだが、それよりも私は奥にある銀色で一メートルぐらいの大きさの卵型の物が気になった。


「あれは何?」

私が聞いた。


「あれは、地球で言う爆弾ですね。地球人が持っている核兵器の数百倍の威力があります」

「数百倍? 下手をすると星の破壊もできそうね」

「その通りです」

「あなたたちは、地球を植民地にしたいのでしょう? なぜそんな爆弾を持ってきているの?」

「もちろん万が一の時のためですよ。もし侵略に失敗したら、これで地球を破壊する命令が出される可能性もあります」


 ウソでしょ?

 

「ひどいじゃない!」

「俺に言われても」

「そ、そうよね」


 すると、その爆弾の方から何か音がしたような気がした。


「今の音は何? まさか、すぐに爆発なんてしないわよね?」

私はそう言って、その卵型の爆弾に歩みよる。


「音なんてしましたか? これを爆発させるには、まずゲートキーを起動するが必要がありますし」

「ゲートキー?」


「横に置いてある、これです」

クルシュがそう言って、三センチほどの球形の物体を指した。


「これはどう使うの?」

「まず、この大きさならどこにでも持ち運べます。地球なら野球のボールの中に隠すことも出来ますね。そして起動させるときは、これに魔力を流して何時間後に爆発させるか念じて置いておきます。すると指定した時間になると、このゲートキーが有る場所にゲートが開き、この爆弾の本体が自動的にその場所に転送されて爆発します」

「あー、そういう仕組みなのね。こんな大きな爆弾を持ち運ばなくていいわけだ」


 それで結局、さっきの音はなんだったのかしら。


「では、そろそろダンジョンのコントーロール室に向かいますか?」

「そうね」


 あっ。このゲートキー、使われないように持って行っちゃおっと。


 私がそのゲートキーに手を伸ばそうとすると、クルシュが先にそれを手に取り、ポケットにしまった。 


「どうしたの?」

「これは、とても危険なものですから、私が持っています」 


 まあいいけど。



 私たちは再び廊下に出て、先に進む。


「ねえ? ところで、これは宇宙船なのよね?」

私が聞いた。


「はい」

「SF映画みたいに、ワープってできるの?」

「できません」

「そうなの? あのゲートの大きいので宇宙船ごと来たのかと思ったわ」

「まずゲートを開くには、一度その場所に行ってゲート装置を設置する必要がありますし、この宇宙船が通れるほどの大きなゲートは、膨大な魔力が必要になりますから現実的ではありません」

「それなら、この宇宙船はどうやってここまで来たの?」

「普通に飛んできました」

「え?」

「もちろん、相応の年月がかかります」

「銀河の中心からここまでって、すごく遠いわよね?」

「もともと帝国は銀河の中心にあるわけではないです。帝国の中心はここから数千光年の場所ですね。そこから徐々に周辺に支配地域を広げていき、そうやって数千年かけて、今ではこの地球から数光年の所に銀河のこのあたりを支配するための前線基地があります。そこからこの宇宙船は飛んできたわけです」

「えーっと、仮に光の半分のスピードが出せるとして、その二倍の十何年かを掛けて?」

「そういうことです。最初の乗員は、最低限の人数で冬眠状態で飛んでくるわけです。しかし一度来てしまえば、あとはこの宇宙船のゲート装置を使って宇宙のどこにあるゲート装置からでも来ることが出来るわけです」


 それで地球を侵略しに来るまで何千年もかかったってことか。

 

 でも、ご先祖様たちは、月に乗ってどうやってここまで来たんだろう。

 月のゲートのシステムも、一度行ったことがある場所じゃないと開けないし。

 月ごとテレポートするみたいな、別の方法があるのかな?

 そういえばテレポートって、ユニーク魔法で誰でも出来るわけじゃないから、そういう事なのかしらね。

  

「ゲート装置が設置されていればいいということは、例えばさっきのスイスのベルンのゲート装置に、帝国の中心からゲートを開くことが出来るということ?」

「あれは近距離用で、しかもこの宇宙船のゲート装置の子機なので直接は開けません。帝国の中心から来るには、この宇宙船の先程の部屋にあったような遠距離用のゲート装置が必要です」  

  

 ということは、この宇宙船かさっきのゲート装置を破壊してしまえば、少なくとも十数年は侵攻を足止めできるわけか。


「帝国と言うぐらいだから、皇帝がいるの? 皇帝が細かく指図してくるの?」

「いますが、その数光年離れた前線基地には大総督がいて、大総督が皇帝の代理としてこの宙域を任されています」


 大総督?

 強いのかしら。それとも、官僚的な感じかしら。


「あっ、その先が先程言った工作員たちが多数いる部屋です。その中を通りますが、俺が説明してきますからここで待っていてください」


 クルシュはそう言うと部屋の入口に私を残して、中にいた数人の鬼人に声を掛けた。


「○✕※△、□◇○※……」


 全く違う言語なので、何を言っているかわからない。

 たまにクルシュがこちらを見て何かを説明したり、他の鬼人たちがこちらをチラッと見る。

 

 ん? 

 違和感がする。なんだろう。

 

 すると、話が終わったのかクルシュが戻ってきた。

「現地協力者で納得してもらえました。そして地球は植民地化以外に生き残る方法は無いことを教えるために、ダンジョンコントロール装置を見せることも伝えましたので、問題なくここを通ることが出来ます」 

  

「彼らはクルシュの部下?」

「いえ。そういうわけではありません。いわば、同僚です」

「ふーん?」

「何か?」

「別に」 

「では、行きましょう」


 私たちが通ると、部屋にいた数人が私の方をジッと見てくる。

 

「見られているわ」

「それは、姉御が美人だからです」

「え? そうかしらー」



 そうやって私たちはダンジョンのコントロール室にやってきた。

 部屋の中央にある三次元立体映像の地球儀の上には、多数のマークが表示されている。

 

「あの黄色いマークが、現在地表に現れている低級ダンジョンです」  

「赤いのは?」 

「あれが数時間後に地表に現れる中・上級ダンジョンです」

「あんなに?」


 黄色いマークは二百箇所ぐらいで、さらに赤いマークは三百箇所ぐらいある。

 

 あれから一斉に強い魔物が出てきたら、地球は壊滅だわ。

 

「それで、コントロールするスイッチはどれ?」

「これです」


 その地球儀の手前のコントロールパネルの様な所に、いくつかパイロットランプの様なものが並んでいる。

 

「これはどう使うの?」


 クルシュが指し示す。

「これに魔力を流せば、一斉にダンジョンが氾濫して魔物が出てきます。こちらに流せば通常モードに戻り、こちらに魔力を流せばダンジョンが資源回収モードになります。今はタイマーで、地球の時間になおすと約三時間後に中・上級ダンジョンが氾濫する設定になってますね」


「資源回収モード? それって、倒した魔物が消えないで、素材を回収出来るようになるってこと?」

「その通りです。資源回収モードにするとダンジョンの氾濫も起きません。もし素材を回収せずに死んだ魔物をダンジョンに放置しておけば、二、三日で吸収されて魔力に戻り、その魔力は再利用されます」

「でもどうして資源回収モードなんて有るの?」

「ダンジョンが、牧場や鉱山になると思ってください。その星を植民地にした後は、侵略時にその星が荒廃してしまっていても、ダンジョンから食材やさまざまな材料や鉱物などが採れるようにすれば植民地の人間はやっていくことが出来ます。しかも宝箱が出てきたり。そこで鍛錬する帝国に忠誠を誓った戦士たちは、宝箱を目当てに楽しく訓練ができるというものです」

「宝箱も出るの?」

「ダンジョン攻略してみたくなりましたか?」


 してみたい!

 でも、今はそんなことより。


「それで、ダンジョンを消すのは?」

「消すことは出来ないようですね」

「え? だめなの!?」

「ここのスイッチの説明書きを読む限りは」

「うーん。がっかりだわ」

「期待させてしまったようで、すいません」


「さっきの、まだ地表に現れていない中・上級ダンジョンもダメなの?」

「はい。すでにダンジョン自体は出来てしまっているので。もちろん資源回収モードにはできます」

「すでに出来てしまって、入口が隠れているだけなのか……」


「もしどうしてもダンジョンを消したいなら、ダンジョンの最下層まで潜ってダンジョン・コアを破壊すれば、ただの洞窟になります」

「最下層かー。それを全てのダンジョンで行うのは大変そうだわ」

「ダンジョン・コアには、何層はどういう構造にしてどういう魔物を発生させるか、というような一種のプログラムが書き込まれていますので、魔力とコアが有る限り魔物が湧き出し続けます」

「それじゃあ、魔力が尽きるにはどれくらいかかるの?」

「地球の場合元々魔力が薄いので、周りから魔力が補給されることは考えなくていいでしょう。ですから、通常モードにして時々外に出てくる魔物を倒していくなら約千年。資源回収タイプにして積極的に素材を外に持ち出せば、その分魔力を消費しますのでおよそ百年後には無くなるでしょう」

「それでも百年!?」

「氾濫モードにし続ければもっと早くダンジョンは無くなりますが、悲惨な結果になります」


 魔力が尽きるまでどんどん魔物が出てくるのね?

 氾濫モードはもってのほかね。

 資源回収モードにすれば魔物はダンジョンの外には出てこないけど、素材を外に持ち出さなければ魔力が減らないから永遠にダンジョンは残るということか。

 でも、勝手に魔物が出てこないだけ、資源回収モードの方がましよね。

 

「じゃあ、低級も中・上級も資源回収タイプにするわ」 


 私はそう言って、資源回収タイプに変更する方に魔力を流した。

 

「これで、いいの?」

「はい。各国のダンジョンで急に魔物が出てこなくなって戸惑っていることでしょう」

「それなら、まあ」


 これからダンジョンが残ってしまうけど、魔物が外に溢れ出さないならなんとかなりそうね。

 でも、設定が変わったのに気づかれたら、また戻されてしまうかもしれないわ。

 

「それで、この状態を変更できないようにロックすることは?」

私が続けて聞いた。


「ああ。これに魔力を流せばいいみたいですね」


 私はそこにも魔力を流す。

 

「これでいいのね? 念の為に聞くけど、このロックを解除することは?」

「おそらく、司令官なら出来ると思います」 

「それあじゃあダメじゃない。それなら、私が今このコントロール装置を壊したら、ロックしたままになる?」

「それは、おすすめできません」

「どうして?」

「ダンジョンが暴走するかもしれません」


 うーん。何か、いい手を考えないと。


「それなら、司令官のところに案内してくれない?」

「どうするんですか?」

「司令官をどうにかすれば、もう誰にもロックを解けないでしょ?」 

「ま、まあ」

「さあ」 

「本当に行きますか?」

「案内して」


 私達は司令官がいると思われる部屋に向かうことになった。


「でもあなた、ダンジョンの仕組みに詳しいのね?」

私が聞いた。


「それは……植民地化された故郷の星にもありましたので」


 ところが、クルシュに案内されて先程の途中にあった部屋を通り抜けようとすると、そこには先程の倍以上の鬼人たちがいた。

 その鬼人たちが武器を構えて、私達の周りを取り囲む。


 これってどういうこと?


 私は、クルシュを見た。

 

「何か誤解が有るようです。ちょっと話してきます」

クルシュはそう言って私から離れる。


 そしてその鬼人たちの所へ行くと、クルシュは私の方に向き直った。

「地球人最強の戦士を、やっと捕まえることができた」


 クルシュの態度が変わった。

 

 もしかして、ダンジョンのコントロール装置を餌に、私を誘い出したのね?

 私が地球人最強というのは、ちょっと買いかぶり過ぎだと思うけど……。

  

「私を騙して油断させたのね?」  

「人数を集めないうちに襲うと、負ける可能性が有ったからな。ダンジョンのコントロール装置を触らせて時間稼ぎをしたというわけさ」

「どおりで、ちぐはぐしていたし、おかしいと思ったわ」

「今頃わかっても遅い」 

「お前は、本当に下っ端なの?」 

「これは自己紹介が遅れたな。私はこの地球前線基地の司令官だ」 


 そうか。さっきの違和感はこれなんだわ。

 この鬼人たちの態度が、クルシュの部下の様に見えたから。

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