第55話 潜入
私たちが現地に到着したのは、ベルンにダンジョンが出来てから約三時間後だった。
スイスは夜中で、ヘリの窓から見るとネオ・ルネッサンス様式の建物が投光機によって明るく照らされ、その周りをスイス軍の兵士たちが包囲しているのが見える。
その建物はスイスの連邦院で、国会議事堂や省庁などが入っている国の中枢だ。
おそらくその建物の地下室にダンジョンが出現したのだろう。
私たちを乗せたヘリは、その連邦院の前に有る広場に降りた。
ヘリと連邦院の間には兵士が沢山いるが、反対側には物資が置いてあるだけで兵士はほとんどいないようだ。
少し離れた道路の付近に、民間人が間違って入ってこないように見張りがいるぐらいだろう。
やはり、常備軍が四千人しかいないスイスでは、ダンジョンも四千人の包囲で足りるような場所にできているのね?
緻密に計算されているみたいだわ。
着陸してヘリの後部のハッチが開くと第一小隊の皆が降り始め、周りを確認したグレイグが合図をする。
「今だ」
その合図で、私はクルシュとともに第一小隊の皆の陰に隠れて反対側に降りた。
すぐにヘリの陰に回り込み、時間が惜しいのでクルシュの案内で小走りでベルンの町の中に向かった。
クルシュはスイス軍の兵士の格好で角は帽子で隠しているし、私は野戦服に芽依と交換した軍曹の階級章を付けている。
見張りは部外者が立ち入るのを防いでいるだけだし、私達が何かの特別な任務で急いでいるのだろうと勝手に思ってくれるはずだ。
別行動している者がいることを、ここの司令官にさえ気づかれなければいい。
クルシュが先導し角をいくつか曲がり、トラムのレールがある大通り出る。そこから少し進むと大きな橋の手前に小さな公園のようなものがあり、その中にあるモニュメントの前にやってきた。
「これです、これに魔力を流せば基地へのゲートが開きます」
「昼間なら人が多そうなのに、こんな場所に?」
「この周りだけ認識阻害の領域になっているらしく、ここにゲートや人が現れたり消えても、気にならないようです」
「そういうことね」
さて。以前に大佐から、もっと信頼してくれって言われていたわね。
行く前に、一応それとなく連絡しておくか。
私は大佐に電話をする。
(太田大尉どうした?)
「大佐、少々よろしいでしょうか」
(大丈夫だ)
「もしも、の話をしますが」
(ん?)
「大佐が他の任務の最中に、偶然敵国のスパイを捕まえて吐かせたら、敵国の秘密基地の場所が分かったとします。そしてその基地を急襲すれば、戦争を終了できるとしたら、大佐ならどうされますか?」
(そうだな。もしそれが私にしか出来ないことなら、あとで処分を受ける覚悟で基地の攻撃に向かうかもしれない……異星人のスパイを捕獲したのか?)
大佐は今の会話で事情を察したようだ。
「……はい」
(基地の場所は?)
「太平洋の四千メートルの海中だそうで、潜水艦で攻撃するのは無理だと思われます。それで今は、その基地に飛べるゲート装置に来ています」
(スイス軍の司令官は、貴官が現場を離れることに納得したか?」
「芽依に代役を頼みました」
電話の向こうから、ため息をつく音が聞こえた。
(なるほど。それで援軍は必要か?)
「少人数の方が気づかれないと思われますので、大丈夫です」
(そうか……無理はするなよ)
「ありがとうございます」
電話を切り、私は魔法剣を手に持つ。
さて。乗り込みますか。
「では、行くわよ」
クルシュがモニュメントに魔力を流したようだが、何も起きない。
「あ。俺は魔力のコントロールがあまり得意ではないので、時々失敗することもあります」
「あら? 魔力のコントロールに得意・不得意があるの?」
「はい。魔法を使う時は、外部にある魔力を体に取り込んでそれを加工して放出するわけですが、純血の帝国人はそれが得意で、俺みたいなクオーターはあまり得意ではないので」
それって、私達が言っている魔法能力者と魔法適性者の違いと同じこと?
今まで魔法能力者を100%、魔法適正者は0%みたいに考えていたけど、そんな単純な話ではないということね?
たとえば私や芽依は魔力を扱う能力が80%かもしれないし、雄一たち魔法適性者と言われている人たちは5%ぐらいなのかもしれない。
ただ5%では魔法が発動しないから0だと思っていただけってことね?
そして、このクルシュは25%とか、そんな感じなのかな。
「私でも大丈夫なら、私が流すわ」
「お願いします」
私がモニュメントに魔力を流すとゲートが目の前に現れたので、私とクルシュはその中に進んだ。
△▽△▽△▽△▽△▽
(ここからは、ベルンの状況を、第三者視点です)
第一小隊がヘリを降りると、現地の司令官が会いに来た。
「ようこそ、いらっしゃった。ここの責任者のヒルトマンです」
「国連軍特殊部隊、大尉の太田です」
明美に化けた芽依が応えて、双方が敬礼をする。
「噂はかねがね聞いていますよ。お会いできて光栄です」
ここからは、グレイグが対応する。
「大尉はあまり英語が得意ではないので、私が代わりに。それで、状況は?」
「ゴブリンや狼が度々出てきますが、ギリギリ包囲網を維持できています。しかし、もっと強い魔物が出てきたら、突破されてしまうかもしれません」
「なるほど」
そう話している間にも銃声が聞こえてくる。
そちらを見ると、建物から出てきた十匹程度のゴブリンが撃たれて消えたところだ。
「あと数時間もすれば、招集した予備役兵の増援が来るはずです。それまではなんとか持たせたいので、ご協力をお願いしたい」
「わかりました。それで、現在ダンジョンから出てくる可能性が有る魔物のリストはご覧になりましたか?」
「目を通してあります」
「通常のオークまでなら普通の銃弾で倒せますが、それ以上の強力な魔物が出てきたら、少なくとも徹甲弾が必要です」
「徹甲弾は、現在基地から取り寄せている最中です」
「そうですか。それでは、我々は状況を見てこちらの判断で介入してよろしいですか?」
「ぜひ、お願いします」
つまり、スイス兵で手に余りそうな魔物が出てきたら、第一小隊が自分たちの判断で戦闘をするということだ。
第一小隊の皆がスイス兵たちの後ろで様子を見ていると、建物からオークが二匹出てきた。
すると、スイス兵が第一小隊の方をチラっと見てくる。
オークは初めて出てきたのだろう、体も大きいし普通に倒せるのか心配になったようだ。
「あれはオークだ。普通の銃弾数発で倒せる」
グレイグがスイス兵にアドヴァイスした。
スイス兵たちはライフルを数発発射して、オークは無事に消えた。
「なかなか俺達の出番が来ないな」
と、ジャック。
「良いことじゃないか」
ジョンが言った。
「そんなことを言ってるから、ほら出てきたぞ」
ブラッドが建物の方を指した。
見ると、オークが約三十匹と、さらにその奥から出てきたのは、どうやらあのオークキングの様だ。
「オークキングは、私が倒してもいい?」
芽依がグレイグに聞いた。
「オークキングは初めてだろ?」
「そうなんだけど」
「持っている盾は厄介だからな。まずはあれを何とかする必要がある」
「うーん」
そう言っている間にも、手前のオークたちはスイス軍の銃弾に倒れていく。
すると、オークキングが怒ったようだ。
「ブオーー!」
そして正面にいた芽依に向かって槍を投げてきた。
もしかしたら、唯一の女性なので目に止まったのか、それとも強者だと認識されたのかもしれない。
「メイ危ない!」
と、ジャック。
「え?」
芽依はグレイグと話をしていて、気がつくのに遅れた。
「シールド」
それを陽向がシールドで防いだ。
「助かったわ陽向。そしてジャックも教えてくれてありがとう」
「うん」「いや」
すると今度は、オークキングが盾を前に構え、突進してきた。
その脇を守るように、残っていたオークたちも剣を振り上げて走ってくる。
月のダンジョンと同じ様な行動パターンだ。
スイス軍も発砲するが、元々オークキングは普通の銃弾では倒せない。
普通のオークは一匹、また一匹と倒れていくが、オークキングはそのまま芽依たちの方へ向かってくる。
「さっきはよくも槍を投げてくれたわね。今度は私の番よ!」
と、芽依。
「メイはボスと性格が似てるな。それじゃああの盾は俺達がなんとかする。ボスがダンジョンでやったように俺とジョンが風魔法で手足を傷つける」
グレイグがそう言って第一小隊は前に出る。
続けてグレイグが、周りのスイス兵たちに言う。
「オークキングは我々がやるので、普通のオークは任せる」
スイス兵たちの銃弾が、普通のオークたちを倒していった。
「「ウィンド・カッター」」
グレイグとジョンが魔法の腕輪でウィンド・カッターを放ち、盾の横を回り込んでオークキングの手足を攻撃した。
すると、ダンジョンの五層の時と同様にオークキングは盾を落として、膝を着く。
すでに周りのオークたちは全滅していた。
「それじゃあメイ。あとは任せた」
芽依は身体強化した体で、目にも止まらぬ速さでオークキングに近づき、正拳突きを放った。
手には美月が作った魔導具のナックルをはめ、オークの弱点である風属性の魔力を拳に
一発でオークキングを仕留めることが出来た。
芽依が戻ってくる。
「どう?」
「よかったぞ。ちゃんと弱点の属性も勉強しているみたいだし」
「まかせて」
司令官もやってきた。
「いやあ、おみごと。噂通りの実力ですな」
「しかし、まだ何が出てくるかわかりませんから、気は抜けません」
グレイグが応えた。
そうは言ったものの、低級ダンジョンなら今のオークキング以上の魔物は出てこないだろう。
オークキングも盾さえどうにかなれば、徹甲弾で倒せる魔物だ。
もし再び出てきたとしても、スイス軍に徹甲弾が届けば、もう第一小隊の出る幕はないかもしれない。
△▽△▽△▽△▽△▽
(ここから、明美の視点にもどります)
なにこれ?
私とクルシュは、ゲートを通って異星人の地球前線基地である宇宙船にやってきた。
出た先は結構広い部屋だったが、内装のデザインが異様だ。
色は暗い色で、まるで何かの体内にいるような雰囲気のデザインだ。明らかに地球人好みではない。
とりあえず私は、すぐに気配を探る。
「近くには、誰もいないようだわ」
「さすがですね。分かるんですか」
「まあね。それであなたたちはこういうデザインが好きなわけ?」
「大きい声では言えませんが、俺は嫌いです。俺はどちらかと言えば、地球のデザインの方が好きですね」
「それはもしかして……?」
「そうです、俺の血の四分の一は帝国人ですが、四分の三は帝国に無理やり併合された人間種族の血ですから」
その割合が先程言っていたように異星人の使える魔力の強さにも関係しているとしたら、クルシュみたいなクオーターは差別を受けているんだろうな。
「そういうことなのね? ところで、シュウキって知ってる?」
「はい。彼女はもちろん純血で、先遣隊の副司令官でした」
副司令官ということは、かなりの実力者だったと考えていいわね。
しかし、その上に司令官がいるわけだから、そいつはシュウキよりも強いと考えたほうがいいわね。注意しないと。
「その上の司令官は、かなり強い?」
「はい。普通の闇魔法以外にも、何か特別な魔法を使うみたいです」
「厄介そうね。やはり、この基地にいるの?」
「いると思います」
改めて部屋を見回すと、部屋の中央には何かの装置がある。
円柱形で直径は五十センチほど、高さは一・五メートルぐらいだ。
「あの装置はもしかして、この基地側のゲート装置?」
「そうです。あれに触れて魔力を流し、行く先のゲートの番号を言えば、ゲートが開きます」
「スイスに戻るには?」
「帝国の言葉で○△※△✕✕と言います」
「なんか発音しにくいし、覚えにくいわね」
まあ、帰りにまたクルシュに頼むか。
「それでは、ダンジョンのコントロール装置がある部屋に行きますか?」
「案内して頂戴」
「途中に通る部屋には、何人かいると思いますよ。俺は、すでにおわかりだと思いますが、戦いは得意ではありません」
「戦いになったら、後ろで見ていればいいわ」
「はい」
クルシュは私をドアらしきところに案内すると、横にあるパネルに手を触れてドアを開ける。
私が一瞬それがドアかどうか判断できなかったのは、形が独特だからだ。
地球のように長方形ではなく、ひょうたんの断面の様な形をしていたので、一瞬ドアだとは思えなかった。
その先に見える廊下も、ちょっと不気味なデザインだった。
「ではこちらへ」
私はクルシュの案内でダンジョンのコントロール装置がある部屋に向かった。
ーーーーーーーーーーー
この物語はフィクションであり、実在するいかなる国や団体、機関とも関係ありません。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます