第54話 スイスへ
スイスは永世中立国ということもあるのだろう、常備軍は四千人しかいない。予備役の兵を集めれば二十万人以上はいるのだが、集めるには時間がかかる。
それで準備が出来るまでの間、私たち第一小隊が手伝うことになったわけだ。
そしてもう一つ。スイスには様々な国際機関があるので、今後のためにも私たち国連で組織された部隊も手伝う姿勢を見せる必要があるらしい。
しかしスイスにゲートで直接行こうにも、月の制御室で開くゲートは、私が行ったことが有る場所にしか開けない。
この一ヶ月間でヨーロッパの国々へのゲートもいくつか開いてきたが、スイスはまだだった。
そこでまず私達は、すでにゲートを設置してある隣国オーストリアの空軍基地にゲートで向かい、そこからジェット機でスイスのマイリンゲン空軍基地に降り立った。
そこからはスイス軍の大型ヘリで現地に向かう。
軍用大型ヘリは荷室部分の壁面に簡易椅子があり、そこに第一小隊の八人と端にスイス軍の案内の兵士が一人座っていた。
「この時間を利用して、皆の意見も聞いておきたい」
私はヘリの中で、第一小隊の皆に言った。
「どうした?」
ジャックが聞いた。
「今回、世界の主要都市にダンジョンが発生したけど、どれもまだ弱い魔物しか出てきていないわ」
「そうなのか」
と、ブラッド。
私はブラッドにうなずいて、話を続ける。
「それで、私は今現れているダンジョンは陽動の陽動じゃないかと思うのよ」
「えーっと、それは今回現れたダンジョンは、異星人が襲ってくる直前に現れると言われているダンジョンではないってこと?」
陽向が聞いた。
「そう。まだ宇宙船も何も現れていないわ。もしかしたらこの間にも、人目につかない場所に大きなダンジョンが出来ていて、そこからもっと凶暴な魔物が出てくるんじゃないかって思ってる」
「今現れているダンジョンに各国の軍が気を取られている間に、後ろから凶悪な魔物が襲ってくるということか?」
と、グレイグ。
「そう。そして各国の軍が総崩れになったところに……」
「異星人の本体がやってくるわけか」
雄一がそう言って、顎に手を当てた。
「しかし、本当に中級以上のダンジョンがいくつも現れたら、ダンジョン攻略部隊の五十人程度じゃあ、どうにもならないぜ。何かもっと情報はないのか?」
と、ジョン。
「そこでなのよ」
「なにか、当てがあるの?」
芽依が聞いた。
「実は、ここでこの話を持ち出したのは……」
私はそう言って、ヘリに同乗している案内役のスイス軍の兵士を指す。
「あなた、今の話どう思う?」
「わ、私ですか?」
「そう」
「どう、と言われましても。さっぱり……」
「顔の辺りに魔力がまとわりついているわ。それって魔力で顔を変えているからよね? 異星人さん」
「こいつ鬼人なのか!?」
と、ジャック。
皆がシートベルトを外して、武器に手を掛け身構えた。
「ま、待ってください。何かの誤解です」
そう言ってその兵士は立ち上がりながら、窓の外をチラッと見る。
「……ここなら、ちょうどいいか」
ちょうどいいって、どういう事?
すると、その兵士は機内の壁際に縦に通っているパイプの一本にナイフを突き立てた。
軍のヘリは内装がほとんど無く、配線や配管などがむき出しになっている。
どうやら鬼人は、操縦に必要なオイル系統の配管に穴を開けたようだ。
本来はナイフで簡単に傷つくような物ではないが、そのナイフはおそらく特殊な合金で作られ、さらに鬼人は見た目以上の腕力もあるのだろう。
配管からオイルが吹き出してくる。
「何をする!」
ブラッドが叫んだ。
窓の外は山岳地帯だ。
ここで操縦不能になれば、私たちが乗るヘリはどこかの山に激突するだろう。そして私たちは事故死ということになるに違いない。
それで、ちょうどいいと言ったようだ。
でもそれは、私たちが普通の兵士の場合だ。身体強化をすれば墜落の衝撃ぐらいなんとかなるだろうと思う。
そこに副操縦士がコックピットから出てきた。
操縦ができなくなった事を私たちに知らせようとしたのか、あるいは異常を知らせるアラームが点いたので配管を点検に来たのかはわからないが、この状況を見て固まった。
その兵士に化けていた鬼人はナイフを捨て、横にあったパラシュートを背中にサッと背負って、横のハッチに向かおうとする。
一人で逃げるつもりだ。
私たちの分のパラシュートが見当たらないところを見ると、始めからどこかのタイミングでこれを実行するつもりだったのかもしれない。
「芽依、そいつを
私はその鬼人に近い所にいた芽依に頼んだ。
「了解。
芽依が身体強化をして彼を殴りに行った。
すると彼は、鬼人にしてはそれほどレベルが高くなかったようだ。芽依に顔を殴られて気絶してしまった。
また姉御って、もー。
でも今は。
私は、すぐに彼が穴を開けた配管の所に行く。
そして空中の魔素を集めてその配管の穴を塞いだ。
月で、壊したイスを直した経験が役に立ったわね。
「副操縦士さん。配管の穴を塞いだけど、これでどうかしら」
「は、はい。試してみます」
副操縦士はすぐにコックピットに戻る。
「リザーブタンクがあるし、早く穴を塞いだから大丈夫だろう」
ジョンが言った。
リザーブタンクとは、配管の中を流れるオイルが少なくなったときのために、オイルを補給するための予備のオイルをためておくタンクだ。
そんなに容量は多くないが、今流れ出した量ぐらいなら、なんとかなるだろう。
しばらくすると、副操縦士が再び顔を出した。
「操縦系統がなんとか回復しました」
「よかった。それでは、このまま予定通り向かってください」
「はい。それで、この男の扱いですが……」
副操縦士が床に伸びている男の扱いを相談してきた。
彼がナイフを持っていたのは見ていただろうし、配管を傷つけた犯人だと察しがついているはずだ。
「これから私達で尋問しますので、あとは任せてください」
「わかりました」
副操縦士が戻ると私は床に伸びている鬼人に近づき、カバンに入れたままの真実の鏡の試作品を出して、まずはその鬼人の変装を解いた。
すると、魔力による変装が解けたが、顔はかなり人間に近い。ちょっと厳しい顔つきと言うぐらいだ。
それに頭の角も短い。あのシュウキが五センチほどの長さの角だったのに対し、この鬼人は一センチほどしか無い。
「さて、こいつから色々聞き出したいんだけど、自殺されても困るしどうやろうか」
私が言った。
「武器は全部取り上げたけど」
と、芽依。
「あとは、舌をかんで自殺されないようにしないとね」
「でも、猿ぐつわをしたら話せなくなるから、こちらから質問をして、イエス・ノーで頭を振らせて答えさせる?」
あら?
鬼人の眼球が少し動いた気がする。
どうや、この鬼人はもう気がついていて、私たちの会話を聞いているのね?
アメリカの時みたいに、どうやってこちらを出し抜こうか考えているのかもしれないわ。
それならこっちにも考えが有る。
ここで私はわざとらしく言う。
「それなら歯を全部抜いてしまおうか。そうすれば舌を噛めないし、魔法の詠唱もちゃんとできなくなるわ」
「げ」
誰かが声を上げた。
「芽依、やって。途中で痛くて目も覚ますでしょう」
私はそう言って芽依にウインクをしてみせた。
芽依も、それでなんとなく察したようだ。調子を合わせてきた。
「わかったわ。それなら、ただ抜くだけじゃなくて、ナイフでグリグリやろうか」
わっ、痛そう。
すると鬼人が急いで目を開けた。
「ま、待ってくれ。話すから。なんでも話すから。それに俺は下っ端で、大した魔法も使えない」
焦って言ってきた。
「狸寝入りだったのか」
「それを見抜くなんて、さすがボスだ」
ジャックとジョン。
「でも、ずいぶん根性がない鬼人ね」
と、芽依。
「俺はクオーターだから。純血の奴らみたいに誇り高くない。上からの命令でやっているだけだ。なんでも言うことを聞くから」
鬼人はちょっと必死になっている。
鬼人の間には純血や混血による意識の差や、もしかすると差別もあるのね?
おそらくあのシュウキは純血で、地位も高かったに違いないわ。
「なんでも?」
私が聞いた。
「あんたの……いや、あなた様の奴隷にでもなんでもなりますから。どうかお助けを」
「もし裏切ったりウソを言ったとわかったら、その場で切り捨てるけどいい?」
「俺は帝国に占領された植民地出身で、帝国には恨みがあります。あなた方に味方します」
植民地か。それでクオーターで差別されているわけね。
そしてこのまま行けば、地球も彼らの星と同じ様に植民地化されて、同じ様な状況になっていくんだわ。
なんとか、ここで阻止しないと。
「ではその証拠として、重要情報を全て話しなさい。ウソを言ったら本当に歯をナイフでグリグリするわよ」
「は、はい。えっと……そうだ、この情報はきっとお気に
それを聞いて皆の顔の表情が変わった。
それをなんとかすれば、世界中にできたダンジョンを消せるかもしれないからだ。
少なくとも、これから出来るであろう中級や上級のダンジョンの出現を止められるかもしれない。
「どこまでコントロールできるの?」
「下っ端なので、詳しいいことまでは」
「それならあなたは、それを操作できそう?」
「コントロール・ルームに侵入して、装置に書いてある表示の通りに操作すれば大丈夫かと」
ダメ元でもいいから、基地に乗り込む価値はあるわね。
「その基地はどこにあるの?」
「太平洋と言われている海の中です」
海の中?
まあ、それなら簡単に見つからないから、ありえるか。
でも、そんな所に見つからずに基地を作るのは大変そうだわ。
もしかすると……。
「もしかして、それは宇宙船なの?」
「そうです。大きさは五百メートルほどの宇宙船が四千メートルの海底にあって、それがこの星の前線基地になっています」
「四千メートルの海底じゃ、どの国の海軍の潜水艦でも近づけないな」
ジョンが言った。
深海調査などで使う小型の深海探査艇なら近づけるが、地球の普通の潜水艦では深くても千メートル程度までしか潜れない。
だから、異星人も隠れる場所として海底を選んだのだろう。
鬼人たちは、そこにどうやって出入りしているのかしら。
「それなら、その基地に行く方法は?」
私が鬼人に聞いた。
「各都市に基地とつなぐゲート装置があります」
私たちの月の基地と地球の基地をつなげているゲートとは違って、装置が必要みたいね。
「これから行くベルンにもある?」
「有ります。今ダンジョンが出来ている都市には必ず有ります。俺が案内します」
「それで? その基地の情報をもっと詳しく教えて」
私は必要な情報をさらに聞き出した。
聞き出した所によると、そこには鬼人の工作員が八十名ほどいて、そこから世界各地に行って工作活動やダンジョンコアの設置をしていたということだ。
もちろん、ダンジョンのコントロール装置もそこの一室にある。
そして五時間後には、思ったとおり中級以上のダンジョンが世界各地に現れ、さらにその混乱に乗じて異星人本体の侵攻が始まるらしい。
私は映画のように巨大な宇宙船が何隻もやってくるのかと思っていたが、違うようだ。
異星人の本体は宇宙船でやって来るのではなく、その海底に今有る宇宙船にゲート装置でやってきて、そこから世界各地に設置したゲート装置を利用して乗り込んでくるらしい事もわかった。
予め工作員を密かに送り込んで工作活動や暗殺、そしてダンジョンコアの設置をしているところを見ても、そういうコソコソしたやり方が異星人達の戦い方なのだろう。
最悪でも、その基地にあるゲート装置を破壊することができれば、異星人の本体の侵攻をしばらく足止めすることができそうだ。
「今言ったこと、ウソじゃないわよね!?」
芽依が鬼人の歯に手を近づけ、今にも引き抜くような仕草をして脅した。
「う、ウソじゃない」
「どうする? この鬼人に案内してもらって、そのゲート装置で基地に潜入するのがよさそうだが」
雄一が私に言ってきた。
「その前線基地をなんとかしたいけど、スイス軍の要請も断れないらしいし。かといって他の小隊を派遣してもらっても、鬼人相手の戦闘は荷が重いわよね」
やはり、どうにかして私たちが行かないと。
「それならボスと何人かがベルンに着いたら別行動するか?」
ジャックが聞いた。
「でも、今回スイスの司令官は私をわざわざ指名してきたみたいなのよ。私がいないとまずいわよね……」
「ああ。今や各国の軍の間では、すでにボスは有名人だからな。ボスが行くだけで、何もしなくても満足する可能性も有るが、逆にいなかったらクレームが大佐に行くかもな」
グレイグが言った。
「え? そうなの? やはり、私ってアイドル並ってこと?」
「ククッ。積極的に写真などは出していないはずだから、ボスの顔は知らないだろうが」
今、笑ったわね?
すると、鬼人が口を挟んだ。
「あのー、基地に潜入するなら俺ともう一人ぐらいなら、怪しまれずに基地に連れて入ることができると思いますよ」
「一人?」
私が聞いた。
「あまり人数が多いと怪しまれます」
「一人なら怪しまれないの?」
「現地協力者を連れて行くことがたまにありますので」
「現地協力者? つまり地球人の協力者がいるの?」
「ええ。金次第で動く人もいますから」
「なんてやつだ」
と、ブラッド。
「それなら、私が一人で行くわ。でも、皆にベルンの魔物の討伐やスイス軍のサポートを任せることになるけど」
私が皆にそういうと、ジャックがニヤッとする。
「今向かっているベルンに現れたダンジョンは、低級ダンジョンなんだろ? それなら俺達だけで大丈夫だ」
ジャックが言ったように、小型の低級の魔物しか出てこないダンジョンなら、私がいなくてもなんとかなるはずね。
せいぜい出てきてもオークキングクラスだろうけど、この第一小隊のメンバーはもっと強い魔物も相手にしてきた。
「あとは、私がどうにかして抜け出せれば……そうだ。いい案が浮かんだわ。芽依が私に化けてくれない?」
「私が?」
「私と同じぐらい可愛いから、大丈夫よ」
「まあ……それがいいかもしれないな」
と、グレイグ。
今の間はなに?
「えーっと。そうだ」
私はそう言って、野戦服の階級章を外して芽依に渡した。
「これを着けて」
「バレないかしら」
芽依は月の基地に初めて来た時に比べれば、英語もうまくなっている。
本人もかなり勉強したようで、それはジャックの影響もあるかもしれない。
でも、普通の会話なら問題なく出来ていいるけど、ボロが出るかもしれないからあまり喋らないほうがよさそうね。
「英語はあまり得意じゃないということにして、司令官との会話はグレイグに任せればいいわ。あとはベレー帽を深くかぶって」
「あとは姉御みたいに、どーんと構えていれば大丈夫ね?」
どーん?
私ってそんなふうに見えているのかしら。
「うーん。あとは、魔物を魔法で倒すところを、ちょっとだけ見せれば疑われないわ」
「わかった。姉御の代役はきちっと務めるわ」
「よし。それならこっちは任せておけ」
と、グレイグ。
「それじゃあ私は、ベルンに着いたら別行動をするから」
私がは皆にそう言って、今度は鬼人に向き直る。
「それで? あなた、名前は?」
「クルシュです」
「ではクルシュ。ベルンに着いたら、ゲート装置に案内して」
「はい。姉御」
「そこは、真似しなくていいから」
なんか調子のいいやつね。
こういうのは、どこにもいるのね?
ーーーーーーーーーーー
この物語はフィクションであり、実在するいかなる国や団体、機関とも関係ありません。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます