第53話 ダンジョン発生

 ここは東京新宿の地下通路。

 通路の幅は二十メートル程あり、その下には地下鉄が走っている。


 いつもの様に通路には沢山の人々が行き交っていた。

 

 すると、震度三ほどの地震が起きる。


「ねえ地震じゃない?」 


 歩いていたカップルの女性の方が立ち止まって辺りを見回し、自分の感覚に間違いないことを確かめた。

 

「また地震か。最近よくあるからなぁ」

と、男性の方。


 周りを見れば他にも気がついている人はいるようだが、そのまま歩き続ける人が多い。

 

 しかしその数秒後、くぐもった大きな音が下方から響いたと思うと、今度はもっと大きな揺れが襲った。

 体感では震度七は有るだろう。

 

 キャー!

 そこかしこで叫び声。

 

 人々は立っていられなくなり、通路に倒れ込んだり座り込んだ。

 同時に天井板と照明の一部が外れて下に落ち、あたりは薄暗くなった。

 しかし、局所的な地震なのかもしれない、送電は止まっていないようで一部の照明はまだ点いている。

 

 すると、今度は通路の中央付近の床が膨れ上がってきた。

 

 ゴッ! バキッ!

 コンクリートにヒビが入る音が辺りに響き渡る。それとともに振動も伝わってきた。


 さらに床面のコンクリートがめくりあがり、その直後に大きな音。


 ガリガリ、ガガーン!

 

 そして舞い上がる土埃。

 

 キャー!

 再び叫び声が巻き起こる。

 

 何が起こっているのか、ちゃんと理解できている者は一人もいないだろう。

 

 音や振動が収まると、下を通る地下鉄の先頭車両の一部がその床の下から突き出していた。

 

 下からの何らかの力が地下鉄のトンネルに加わり、トンネルの一部が上に持ち上がって斜面が出来、そこに緊急停止が間に合わなかった地下鉄車両が乗り上げてそのまま地下街に飛び出してきたのだろう。


「くそ!」 

「コホッ。何が起きたの?」

と、先ほどのカップル。


「首都直下型地震ってやつか」

「天井が崩れるかも。逃げようよ」


「ああ……ちょっと待て。これって……」

  

 すると、男性の方がスマホを取り出して撮影を始める。


「ねえ、撮っていないで早く」 

「動画投稿サイトに投稿すれば、すごいアクセス数を稼げるぞ」


 男性は撮影をしながら、下から斜めに突き出ている地下鉄の車両に近づいていく。

 

 さらに彼は、自分でナレーションを入れている。

「小さな地震のあと、大きな地震が来て、通路の床が盛り上がった。そこに飛び出してきた電車に近づいてみる。車内はどうなっているのか……」 

 

 次に彼は、割れている窓から車内を写してみる。 

 すると、なにやら緑色の小さな人間の様な生き物が車内を動き回っているのが見えた。


「なんだあれ?」

 

 その声に、その小人が振り向く。

 

 ゴブリンだった。

 

 ダンジョンがこの真下にできたことにより、下から盛り上がってきた土が地下鉄のトンネルを押し上げ、そこに乗り上げてきた地下鉄車両。

 大量のゴブリンや狼たちが、地下鉄のトンネルを通って東京の各地に広がっていく。

 

 そして一部のゴブリンたちは、後部の車両の窓からその車内に入り込んで、先頭車両の中を通って上の地下街へ出てきた。


「く、来るな! ギャー!」

 

 

 △▽△▽△▽△▽△▽ 

 


 月の基地ではオンラインでの会議が始まっていた。

 

 今回月側の出席者は司令室に集まり、司令室の大画面には地球側の主要国の軍関係者が二十名ほど映っている。

 この基地から出席しているのはコーネル将軍やカーティス大佐、そして研究所からは所長とエルマンは来ているが、ローザや美月はいない。

 私はカーティス大佐の横に座っていた。

 

 司令室なので、それ以外にも部屋の中には数人のオペレーターが情報端末の操作をしている。

 

「さて今日皆さんにお集まり頂いたのは、この二、三日、各国で国防相や軍のトップなどがターゲットになっている事件についての情報交換と、今後の対応について意見を交わせればと思っています」 

カーティス大佐が今回の議題を言った。


「うちの国は、国防相が暗殺された」 

「うちの国では元帥の暗殺が未遂に終わったが、犯人には逃げられた」

画面の向こうで各国の代表たち。


 先週まで鬼人たちは、各国の軍事機密を探るために各国の軍のトップと入れ替わろうとしていたのは確かだわ。

 しかし、この二、三日はその方針を転換して暗殺を始めている。

 つまり、主要な国の機密はもう手に入れてしまって、入れ替わる必要が無くなったのかしら。

 そしてやはり、侵攻が始まるということ?


「昨日は日本で防衛大臣が狙われ、大臣を狙った犯人はこにいる太田大尉によって捕まえることが出来ました。その犯人の正体は鬼人の工作員でした。よって今回の一連の暗殺や未遂事件は、やはり鬼人の工作員によるものと見て間違いないでしょう」

カーティス大佐が言った。


「暗殺の目的は?」

「これは、とうとう侵攻が始まるということなのか?」

「侵攻ということは、敵の宇宙船は確認されたのか?」

「しかし、月で見つかった石碑の内容とは違うのでは?」

画面の向こうで疑問が飛び交う。


「まずは、現在各国があらゆる観測機器で太陽系内を探していますが、宇宙船などは確認されていないことを報告しておきます」

カーティス大佐が、現時点でわかっている情報を伝えた。


「では、石碑の内容を今一度確認しておきたい」

コーネル将軍が研究所の所長に確認を求めた。


「はい。石碑によると、まずダンジョンが出来て魔物が湧き出し、それに軍が気を取られている間に本体が侵攻して来るということでした。しかしあの石碑は数千年前に書かれた可能性があり、現在でも鬼人側が侵攻の際に同じ手段を取るという保証はありません」


 まだダンジョンが現れていないのなら、この数千年の間に鬼人の戦術が変わったのかしら。


「それで、ダンジョンが出来てから魔物が湧き出すまでの時間は?」

「ダンジョンの構造や魔物の発生頻度が、月のダンジョンと同程度と仮定した場合、およそ一ヶ月ほど掛かると思われます」


 一ヶ月か……。それだと辻褄が合わないわね。

 軍のトップたちを狙う理由が軍の指揮権の混乱にあるのなら、侵攻の直前に行うのが普通よね?  

 それなのに、ダンジョンがまだ出来ていないのはなぜかしら。

 それとも、今回はダンジョンを作らずに、いきなり侵攻してくるということ?

 今回、地球の軍事力が大したことがないのがわかって、ダンジョンから魔物を溢れさせる必要も無いということ?

 

 まって。鬼人たちはこの数千年の間に、ダンジョンのコントロール技術を進歩させていても不思議じゃないわよね。

 

「まさか、ダンジョンが出来て魔物が溢れ出すのに、一ヶ月も必要ないとしたら……」

私が独り言を言った。


「大尉、発言を許すので気がついたことがあれば言ってよろしい」

大佐が言ってきた。


「はい。先程の話では月のダンジョンと同じと仮定していましたが、鬼人たちはダンジョンをコントロールする技術をブラッシュアップしていて、数日でダンジョンを作り、さらに魔物もすぐに溢れさせることが出来るようになっているのでは、という可能性を考えたものですから」


「なるほど。もしそうなら今日や明日、なんの前触れもなく地球にダンジョンが現れ、急に魔物が溢れ出てくる可能性があるということか」

と、コーネル将軍。


「日本代表。昨日うちの大尉が捕まえた鬼人から、何か情報を聞きだせましたか?」

大佐が聞いた。


 どうやら画面の向こうにいる日本代表は、自衛隊の統合幕僚長のようだ。

 

 たしかに、鬼人から聞き出せればそれが一番早いわね。

 

「それが、猿ぐつわを外すと魔法を使おうとするし、自殺する可能性も聞いていますので、尋問ははかどっていません」

と、画面の向こうの統合幕僚長。


「この際法律などは無視して、自白剤などを積極的に使用するべきでしょう」


 日本は真面目だからね。


 すると、画面の向こう側がやや騒がしくなる。

 どうやら、各国の代表に何らかの報告が入っているようだ。

 

 なんか、嫌な予感がするわ。

 

 するとこの会議室でも、情報端末の前にいたオペレーターが知らせてくる。

「将軍、大佐、緊急事態です」 

 

「どうした?」

将軍が聞いた。


「世界中にダンジョンが出現したようです!」 

「なんだって!?」


 ああ、とうとう始まったのね。


「しかも、魔物はすでにダンジョンから溢れ出しています」

「なに!?」


 やはりそうなんだわ。

 ダンジョンを作って溢れ出させるのに一ヶ月も必要無かったんだわ。


「大尉の勘があたったようだな」

と、大佐。


「それでは緊急事態のため会議はこれで終わりますが、ダンジョンが出現した以上、鬼人本体の侵攻もまもなく開始されると予想されます。これからは、それにも備えるべきでしょう」

コーネル将軍が言って、会議は終わった。

 


「それで、各国の対応状況は?」

大佐が情報担当のオペレータに聞いた。


「詳しい状況は現在情報収集中ですが、日本の自衛隊が一番早く動けてるようで、すでにダンジョンに向かっているとのことです」 

 

 よかった。

 

「なぜ日本だけがそんなに早く行動できたのだ」

コーネル将軍が聞いた。 

 

 すると、大佐が私の方を見る。

 

「それは昨日、大臣が暗殺されそうになった後、私が侵攻の前触れの可能性を伝えたので、演習という名目で準備をすると言っていましたから」

私が応えた。


「なるほど」 


「では大佐。私たちも、すぐに出撃しますか?」

私が大佐に聞いた。


「いや。まずは各国の軍にまかせて、我々は待機し情報分析だ。ダンジョンの場所、出てきた魔物の種類や数を確認し、現地の軍で手に負えない所にダンジョン攻略部隊を派遣することになると思う」

「なるほど」


「大佐、投稿サイトにアップされたダンジョンの情報を見つけました」

と、他のオペレーター。


「画面に出してくれ」

「場所はトウキュウのシンジュクと思われます」


 画面には投稿者がナレーションとともに、地下から飛び出した地下鉄車両に近寄っていく映像が映されていた。

 窓から覗くと、そこにはゴブリンがうごめく姿。最後は投稿者が見つかって映像が途切れた。

 

 撮影した人は、うまく逃げられたのかしら。

 でも、実際のダンジョンはこういう形で現れるのね?


「それで、他のダンジョンの出現場所は?」

「現在確認が取れているのは、アメリカはワシントンとニューヨーク、シカゴ、ロサンゼルス。日本はトウキィウとオオサカ、ナゴヤなど、どの国も人口密度が高い地域の町の中に現れたようです」

「魔物の種類は?」

「現在確認されているのは、ゴブリンや狼、そしてわずかにオークなども見受けられるようです」

「ゴブリンや狼なら、今は各国の軍や警察でなんとかなるだろう。しかし今後はもっと強い魔物が現れる可能性があるな」


 なぜ、もっと強い魔物が一緒に出てこないのかしら。

 

「では、第一小隊は出撃準備をしておいてくれ」

「了解しました」


 私は大佐に返事をして会議室を出た。



 私は途中で第一小隊の皆に出撃準備を連絡すると、私はいつ出撃指示が出てもいいように、ポチを預けるために研究所に向かう。


 今は美月の研究室に来ているが、そこにはローザも来ていた。


「会議はどうだった?」

ローザがポチを撫でながら聞いてきた。


「実は、会議の途中で連絡が入って……」


 私は世界の大都市にダンジョンが発生して、そこから魔物が出てきたことを説明した。

 

「とうとう始まったのね?」

「まだ数年先の事だと思っていたのに」

「工作員がどんどん捕まったり倒されていくから、向こうも焦ったのかもしれないわね」

「やはりそう思う? ……でもちょっと気になるのよね」


「何が?」

美月が聞いてきた。


「なんか、おかしいのよね。今出てきているのは弱い魔物ばかりで、ここの第六層以降で出てくるような強い魔物がまだ確認されていないのよ」

「もしかして、今出来ているのは小さなダンジョン、つまり低級ダンジョンってことかしら」


「でも、低級ダンジョンなら、各国もなんとか抑えられそうね」

と、ローザ。


 私はそれを聞いて、ハッとする。

「それだわ。例えば東京は地下鉄の中に発生したみたいなんだけど、地下鉄網を通って出てくる魔物をすべて封じ込めるには、おそらく関東の自衛隊を全員集めないといけない。逆に言えば、集めれれば住民の被害は最小限でなんとかなる」


 美月がざっと試算してみる。

「東京の地下鉄の駅は百八十ぐらいあるわ。そこから地上に出る出入り口は多い駅では二桁になるから、その出入り口に十人の自衛隊員を配置したとして東京だけでざっと計算しても二万人ぐらいは必要ね。すでに外に出てしまった魔物の掃討にも人手が必要だから、海上自衛隊や航空自衛隊、警察も総動員でなんとかなるか」


「各国が動員出来るギリギリの規模になっているような気がするわ」


「つまり、事前に調べ上げて計算ずくなのね? 各国の防衛のトップに入れ替わろうとしていたのも、そういう事を調べるという目的もあったんでしょうけど、今はインターネットで分かることも多いし」

と、ローザ。


「これがもし最初から圧倒的に強い魔物が出てきていたら、各国の軍は住民の守りを放棄して、魔物討伐に重点を移してしまう恐れがあったということね?」

美月が言った。


「もしかして、これは陽動の陽動?」

私が今思いついた事を言った。


「どういうこと?」

と、ローザ。

 

「大規模な中級や上級のダンジョンはどこか別の場所にこっそりと出来て、そこから大きくて強い魔物が湧き出してくるとか」

「各国の軍隊が今出来ている初級ダンジョンにかかりっきりになっているところを、背後から強い魔物が現れて攻撃してくるということ?」

「そして総崩れになったところに、異星人の本体が現れる」

「もしそうだったら、大変なことになるわね」


「何か、ダンジョンが現れたらすぐに分かるような装置でもあれば良いんだけど」

「ダンジョンが出現する前に、何か兆しはなかったの?」


「うーん……あ。もしかしたら」

「なに?」

「さっき、投稿サイトの映像の中で投稿者が、ダンジョンが出来る前に地震があったって言ってたわ」


「それなら各国の気象庁に協力してもらって、地震計を見張っていればわかるじゃない?」

美月が言った。


「でも、なんで鬼人たちはこんな手間がかかるやり方をするのかしら。圧倒的な人数と、圧倒的な科学力で攻めてくればこんな事をしなくても済みそうなのに」

と、ローザ。


「もしかしたら、鬼人の人口が思ったより少ないとか?」 

「子供ができにくいとかね?」


「つまり、占領した後の統治はどうしても原住民の協力が必要になるからね? そうなると、破壊は最小限に抑えたいということかしら」

私が言った。


「軍だけ壊滅させればいいわけね?」


 もしかしたら、中級や上級ダンジョンは出払って誰も残っていない軍の基地に出来るのかしら。

 ほとんど抵抗されないうちに、戦車や戦闘機、艦船、ミサイルなどを破壊して基地を使い物にならなくする……。



 そこに、大佐から私に電話連絡がかかってきた。

 ちなみに衛星電話機は、私が地球によく行くようになってから、常に持たされている。


「はい、太田です」 

(第一小隊はスイスに向かってもらうことになった。スイス軍の司令官がぜひとも貴官とその小隊に来てほしいと言ってきている)

「私を指名ですか?」


 軍の間だけだろうけど、すっかり有名人になってしまったわ。


(スイスには国際機関の本部がたくさある。それを今後もスイス軍に守ってもらうには、国連軍としては協力は惜しめない)

「わかりました」


「どうしたの?」 


 大佐からの電話が切れると、ローザが聞いてきた。


「私はこれから、スイスへ行くことになったわ。なんか私を指名してきたらしい」

「モテる人はつらいわね」

「そんなんじゃないって」


「それじゃあ、地震波についてはこちらで調べておくわ。もし新たなダンジョンが出来た気配があったら連絡する」

美月が言った。


「私もこのあと予定がないから手伝うわよ」

と、ローザ。


「二人共、ありがとう。そしていつもポチを頼んで悪いわね」

「ポチは可愛いし、手間も掛からないから全然大丈夫よ」


 

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 この物語はフィクションであり、実在するいかなる団体や機関や施設とも関係ありません。 

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