第52話 襲撃

 次の日の朝。

 朝食は、昨夜のように梶原家プラス私で食卓を囲った。

 

 ふと気になって、他の護衛の人たちは食事などをどうしているのかを雄一に聞いてみたら、朝と夜に交代しているらしく、食事も別の場所で済ませているらしい。

 私も護衛で来ているのに、客間に泊まらせてもらって食事も家族と一緒。ほぼお客さん扱いだ。


 そして、朝食が済むと私達は出かける準備をした。

 今日は、父親の防衛大臣は近隣の陸上自衛隊の駐屯地で部隊視察を行い、その後は防衛省へ行くらしい。

 部隊視察とは、要は自衛隊員たちへの激励だ。

 

 昨日と同様に防衛大臣の乗った車の前後を護衛の車で挟み、私達の車はその後ろから付いて視察の駐屯地へと向かう。

 

 その途中に雄一が話しかけてきた。

「昨夜は、うちの親がすまなかったな」 


「え? 何が?」

「あ、いや。気にしていないなら別にいいんだが」


 親を事故で亡くしていることを話すことになったからかしら。

 でも、雄一の顔がちょっと赤いのはなぜ? 

 

「もう、四年も経っているからね」

「え? ああ。そうだな。それなら……」


 あれ?

 何か話が噛み合ってない?

 

 その間にも、四台の車列はスムーズに進んでいく。

  

「それにしても、信号で全然止まらないわね」

「ああ。特別な護衛の際は信号を調整しているからな」 


 そうか。信号や渋滞で止まったところを狙われたりすることもあるだろうし、信号で要人が乗った車と護衛の車がバラバラにならないようにしているのか。


「そういうことなのね?」

「昔は白バイ警官が先回りして信号を手動で調整していたらしいけどな。今は交通管制センターでできるらしい」

 

 

 その後も何事もなく、私達は目的地へ到着した。


 今日は陸上自衛隊の幕僚長も来ていて、防衛大臣と一緒に応接室で開始時刻までの時間を調節しているところだ。

 広い応接室なので部屋には私達や護衛の一部も一緒に入り、防衛大臣たちがソファで歓談している中、私達は窓の所から外に怪しい人がいないかを見張る。

 

 その窓からは、この後視察が行われる広場の方が見えているが、儀典用の制服を着た百人程度の自衛官たちが整列を始めていた。

 

「こんなに人目が多い所では鬼人は襲って来ないわよね」

私は窓の外を見ながら横にいる雄一に言った。


「皆がそう思っているときこそ、注意が必要なんだ」


 油断大敵か。


「なるほどね。あら? マスコミもいるの?」

「大手マスコミは省別に担当がいるからな。今回みたいな小規模な部隊視察でも、防衛大臣が動くときは取材に来ることもある」

「そうなのね?」

「さて、そろそろ時間だな」 

 

 時間になると、私達は防衛大臣たちとともに応接室を出た。

 

 

 防衛大臣が整列した自衛官たちの前を通る際には、私たちは少し離れて後ろからついていき、スピーチの際は元からの護衛のメンバーは防衛大臣の横や後ろの辺りで警護し、私と雄一は全体が見渡せる少し離れたところで見守った。

 

 すると私は、ここで殺気のようなものを感じた。

 

「雄一」

「どうした」

「殺気を感じるわ」 

「なんだって!?」


 鬼人が防衛大臣と入れ替わろうとしているなら、殺気を放つとは思えない。

 もしかしたら、別件のテロか何かかもしれない。

 

 防衛大臣のスピーチの最中に割り込むのは勇気がいるが、隣りにいた私達の案内役の自衛官に説明して、一緒に出ていくことにした。

 

 私達が脇から出て行くと、整列していた自衛官たちが、防衛大臣のスピーチの最中なので顔は動かさずに目だけで私達を見てくる。

 

 殺気の出所は……。

 自衛官たちの後ろの木の陰?


「殺気を出している人は向こうね」 

 

 私がそう言って、そちらに向かおうとするが、雄一は別の何かに気がついたようだ。

 

「そっちは、明美に任せた」 

そう言って雄一だけは、別の方向に向かう。


 ん?


 私は案内の自衛官とともに、そのまま殺気のする後の方へと向かった。

 殺気を発しているのは警備の自衛官の様で、木の近くに一人で立っている。

 

 その者からは魔力を感じるので、おそらく鬼人が化けているのだと思われるが、彼はスピーチをしている防衛大臣に集中しているのか、横から近づいていく私たちには気がついていない様だった。

 しかし、これ以上近づくと気づかれる可能性がある。

 

 ここから魔法で狙うか。

 でも、マスコミもいるみたいだし、目立つ魔法はまずそうだわ。

 

 そうだ、あれを使おう。 

 

「あれは鬼人の変装だと思われます。今から先手を打ちます」


 私は案内の自衛官に一応断ってから、右手に魔力を纏って勢い良く発射した。

 部屋で椅子を壊したあれだ。

 

 すると私の魔力の塊に当たって、鬼人は後ろに吹き飛んで木にぶつかり動かなくなった。

 その拍子に変装も解除されたようで、鬼のような顔が露わになっている。  

 

 これで気を失うなんて、レベルは低かったみたいね。

  

 しかしその時、別行動をしていた雄一が前の方で叫んだ。

 

「そいつ。拳銃を隠し持っているぞ!」


 そちらを急いで見ると、拳銃を持っているのは式典に参加している自衛官だ。

 儀典用の制服を着た自衛官たちは、昔のライフルのような儀じょう銃を持っているが、その男だけはどこかに隠し持っていたであろう拳銃を防衛大臣の方へ向けた。


 犯人の確保は周りの自衛官たちに任せ、雄一は防衛大臣の方へ走る。

 

 護衛の基本は犯人を捕まえることではなく、身を挺して護衛対象を守ることだと聞いたことがある。

 雄一は教科書通り、犯人と父親との間に入って守ろうとしたようだ。

 

 パーン!

 その直後に拳銃の発射音。

 

 え?

 

 するとその銃弾は父親をかばった雄一に当たったようだ。雄一がその場に倒れ込んだ。

 

「雄一!」

 

 私は先程倒した鬼人の確保は、案内の自衛官に任せることにする。

「あなたは、あの鬼人を捕まえてください!」


「あ、はい」

「あ。猿ぐつわを忘れずに」 


 私は急いで雄一の方に走った。


 銃を発射した犯人はすでに周りの自衛官たちに取り押さえられていて、防衛大臣の方は他の護衛に守られてすでに後ろに下がっている。


「雄一は!?」

父親が心配そうに聞いた。


「大臣、今は安全な所へ」

「あれは息子だ」 

「救急隊員がすぐに来ます」

  

 その間にも、私は倒れている雄一に走り寄った。

 

「雄一!」


 私は名前を呼びながら、容態を診る。

 

 血は流れていない? 脈は……あるわ。

 どこを撃たれたの? 怪我の具合は?

 

 撃たれた場所を探すと、スーツの腹のあたりに弾が当たったような跡があったが、血などは服ににじんでいない。

 

 これって……。

 

 すると雄一が咳き込み、目を開けた。

「グホッ……イテテ」 


「雄一」

「ああ、明美……」

「大丈夫なの?」


 雄一は上半身を起こしながら、腹の撃たれたところを確認する。

 

「あれを着ていたおかげだな。ても、腹を殴られたような感じだった。一瞬息が止まっていたぜ」

「あれって?」


 雄一はYシャツをめくって肌着を見せる。


「ほら。これ」


 ああ……。


 雄一が着ていたのは、月のダンジョンで芋虫が吐いた糸から作ったミスリルの肌着だった。

 月の基地を出る前に、大佐が雄一に渡していたものだ。

 

「そういうことね。でも無事でよかった」


 すると、視察を取材に来ていた報道陣がやってきて、私達に質問をしてくる。

「それは新しい防弾チョッキなんですか? ずいぶん薄いようですが」


 え? どうしよう。

 

 私が返答に困っていると、周りの自衛官たちが助けてくれる。


「怪我人の救護の邪魔になりますので、報道陣のみなさんはあちらへどうぞ」 


「いや、もうちょっと取材を……」


「今のうちに」 

 

 私と雄一は、防衛大臣たちの後を追って先ほどの応接室の方へ戻ることにした。

 その途中で基地の救急隊員が駆けつけてきて、その場で雄一の撃たれたところを診てもらったが、肋骨あばらぼねも折れていないようだ。

 ちょっとアザが出来ているぐらいで済んだようだった。


「でも、どうしてあの男が狙っているのがわかったの?」

私が雄一に聞いた。


「俺達が出て行くと、他の自衛官が俺達の方をチラチラ見てきたのに、あいつだけは防衛大臣から目を離さなかったからな。そのまま見ていると、懐から隠し持っていた拳銃を取り出すのが見えたんだ」

「なるほどね」

 

 

 そして今は、基地の応接室に私達や防衛大臣始め関係者が集まっている。

 

 応接室のコの字型に配置されたソファの上座に父親の防衛大臣が座り、その前のソファに陸上自衛隊の幕僚長や基地のトップ。その反対側に私と雄一が座っている。

 私たちはスーツが汚れてしまったので、元の国連軍の制服に着替えていた。

 

 秘書や他の護衛一部は同じ部屋で、少し離れた所にいる。


「お前が撃たれたときには、肝を冷やしたぞ」 

と、父親が雄一に。


「人を守るのが仕事だからな。それに防弾チョッキも着ていたし」

「しかしな、雄一。親としては自分の命も大切にしてほしい」

「そんなことを考えている暇は無かったさ」


 すると、幕僚長の所に士官がやってきて耳打ちをして、何かを渡す。

 

 その士官が部屋を出て行くと、幕僚長がその内容を言ってきた。

「太田大尉が捕まえた者は、やはり例の鬼人でした。特殊メイクではなく、本当に角が生えていたそうです」


 そして、今受け取ったばかりの鬼人の写真を防衛大臣にも渡した。


「やはり、角が生えているのは本当のことだったのか」

「私も半信半疑でしたが」


 防衛大臣も幕僚長も鬼人というコードネームは知っていたが、本当に角が生えているとは思っていなかったのだろう。


 まあ、私も初めて見たときには驚いたからね。


「それで、マスコミもいたようだが鬼人を目撃されたか?」

「いえ。みな発砲事件の方に注目していましたので大丈夫です」

「そうか」


 すると、またもや他の士官が幕僚長のところに報告に来る。


「大臣を撃とうとした犯人を尋問していますが、彼は当時の記憶がまったく無いようです」 

 

 あの犯人からは殺気が出ていなかった。そして後ろの木にいた鬼人からは殺気が放たれていた。

 ということは……。


「もしかすると、あの鬼人は人を操るような魔法を使っていたのかもしれないですね」

私が言った。


「そんなことが?」

防衛大臣が聞いてきた。


「鬼人たちは不思議な魔法を使えます。ですから、あの自衛官は操られていただけの可能性があります」


「操られていたとなると処分をどうするか、マスコミにどう発表するか、悩みどころですな」

幕僚長が防衛大臣に。


「それは後で考えよう」


「まあ、とりあえずこれで一件落着だな」

雄一が言った。


「お前は人を守るのが仕事と言ったが、警官なら一人の命を守れるかもしれないが、政治家になればもっと多くの命を守れるぞ」

父親が雄一に言ってきた。


 おそらく言いたいことは、戦争が起きないように外交努力をしたり、疫病が流行る前に医療体制を整えたりっていうことなんだろう。

 まあ、そういうこともあるのかもしれないけど。


「またそれを言うか。俺はあの足の引っ張り合いの政界で生きていくのは無理だ」

「だから、若いうちから入って経験と人脈を作っていくのが大事なんだ」


 おそらく、二人はこうやって堂々巡りをしてきたのね。


「その話はやめよう」



「しかし鬼人は今回、なぜ入れ替わるのではなく、暗殺という手段に出たのかしら」

私が疑問を口にした。


「入れ替わることが出来ないのなら、いっそのこと……ということかもな」

と、雄一。


「それだと、ちょっとひかっかるわ。まさかと思うけど、もう侵攻が始まるなんてことはないわよね?」

「侵攻の前に地球側を混乱させるためか? でも、侵攻は数年後のはずだろ?」 

「最近、鬼人の工作員たちを次々捕まえているから」

「すでに鬼人たちの計画がバレているのを知って、地球側の準備が整う前に、とうことか……」


「太田大尉、それはどの程度の確度だろうか」

幕僚長が聞いてきた。


「まだなんともいえませんが、もし他の国でも同様な事が起きていたら、可能性はかなり高くなりそうです。そして要人の暗殺による混乱は一時的なものですから、それを考慮しますと、この二、三日は注意が必要ではないでしょうか」


「ふむ。場合によっては迎え撃つ準備を始める必要が有るかもしれませんな、防衛大臣」

と、幕僚長。


「とうとう侵攻が始まるのか。とりあえず、いつでも動けるように準備はしておいたほうが良さそうだ。侵攻が無かったら無かったで、演習だと思えばいい」

「では、演習ということにして展開準備だけしておきますか?」

「少なくともこの数日間は注意しておこう。総理と統合幕僚長の方には私から話しておく」



 

 私たちは月の基地に戻り、カーティス大佐に報告を行った。

 防衛大臣が襲われたこと、鬼人を捕まえたこと、雄一がかばって撃たれたが事なきを得たことなどを報告した。

 

「そうか、二人共ご苦労だった。カジワラ曹長は大丈夫なのかね?」

「はい。あのミスリルのインナーウェアが、銃弾から守ってくれました。骨折もしていません。着心地も快適でしたので、今後は攻略部隊の標準装備にできればと思います」

「前向きに検討しておこう」 


「一つよろしいですか?」

私が大佐に聞いた。


「何だね?」

「今回鬼人は、防衛大臣に入れ替わるのではなく暗殺に及びましたが、もしかすると日本以外の国でも同じ様な事態になっているのではありませんか?」

「実はそうなんだ」

 

 私と雄一は顔を見合わせた。

 どうやら、私が恐れていた事態に向かっている可能性が高くなった。

 

「そうなると、まさかと思いますが、侵攻が始まる前触れなのでは?」

「可能性はあるが、この太陽系内で未確認飛行物体などは確認されていないし、現段階ではまだなんとも言えんな」


 と言っても、向こうには発見されないようなステルス技術だってあるかもしれないし。


「各国に注意喚起は?」 

「明日会議が行われるので、そこで今後の方針を話しあうことになる」 

「そうでしたか」


「ちょうどいい、それでは貴官にも会議に出席してほしい」

「わかりました」



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 この物語はフィクションであり、実在するいかなる国、団体や機関とも関係ありません。  

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