第51話 日本へ

 私と雄一は大佐に呼び出された。

 

「二人に来てもらったのは他でもない。今回日本から協力要請があってな」


「もしかして、日本でも鬼人オーガが?」

私が聞いた。


「そういうことだ」

「今回もすでに政府の要人に化けているんでしょうか」

「まだ要人などに化けているわけではなさそうだが、要人の後を付けていた姿が例の監視カメラに映ったそうだ」

「これからということですね?」


 大佐がうなずく。

「そこで、日本ということもあり、君たち二人に白羽の矢が立ったわけだ」


「分かりました」


「君たちは国連軍の鬼人対策のエキスパートと先方に伝えておく。おそらくその要人の護衛に入ることになるだろうが、詳しいことは警視庁の警備部警護課の課長ミヤケ氏に聞いて欲しい」


 警備部警護課とは要人警護の部署だ。


「わかりました」

「それで、ミヤケ氏との顔合わせについてだが……」


「警視庁は古巣ですから大丈夫です」

と、雄一。


「そうだったな。あと、カジワラ曹長にはこれを渡しておくから試してほしい」


 大佐は雄一に包を渡した。


「これは?」

「研究所の方で、芋虫が吐き出したミスリル糸を使って作ったものだ。まだ試作品で、サイズ的にカジワラ曹長が試すのがいいだろう」

「わかりまた」


 何かしら。


「それでは、さっそく向かってくれ」


「「了解しました」」

私と雄一が敬礼して応えた。


 私たちが日本に行っている間、第一小隊は副長のグレイグに任せることにして、私と雄一は準備をしてからゲートを使い横田基地経由で日本の警視庁に向かった。

 今回は要人の警護なので、ポチは連れて行かずにローザに預けた。犬を連れて入れる場所は限られているからだ。

 雄一もいるので、なんとかなるだろうと思う。


 

 そして今は、警視庁の警備部警護課に来ていた。

  

 警護に入るだろう事は聞いていたので、私達はいつもの軍服姿ではなくスーツ姿だ。一応制服もカバンに入れて持ってきている。

 

「国連軍から派遣されました、太田明美です。こちらは梶原雄一です」

上司として私が雄一も紹介した。


「ようこそ。そして、梶原君は久しぶりだな」

「ご無沙汰しています」


 どうやら、三宅課長と雄一は知り合いみたいだ。

 

「しかし、梶原君が派遣されるとはな」


 今の言い方、何か微妙だったわね。雄一だと何かあるのかしら。

 

 私はそう思って雄一を見るが、彼は小さくため息をついたように見えた。


「まあ、詳しい話は会議室でしましょう」


 課長はそう言って、私たちを会議室に案内していく。

 

 まあ、そのうち話してくれるかもしれないわね。

 

「太田大尉については、ワシントンで活躍されたことが、こちらの耳にも入っていますよ」 


 課長が歩きながら私に言ってきた。

 

 どういう情報かしら。

 まさか、私が怒って雷を放ったなんて噂になっていないわよね? 


「そうでしたか」

とだけ、返しておいた。



 会議室に入って席に着くと、早速課長が本題に入った。


「これは、国会議事堂に設置されたカメラの映像です」


 会議室の大型モニターには、監視カメラに捉えられた鬼人の姿が映された。


 この監視カメラは、現在はどこかのメーカーに製造委託しているようだが、元は月の研究所で美月達が考案設計したものだ。

 鬼人の魔法による変身を解くには魔石が必要だが、鏡を通して真実の姿を映すだけなら魔石はいらないので、量産して各国の主要施設に設置され始めている。  

 画面の左半分にはスーツ姿の日本人の画像、右半分には真実の鏡で反射して写した鬼人の姿が映っていた。


「化けているのは?」

私が課長に聞いた。


「国会で働く職員に化けていました」


 本命の要人になかなか近づけないので、まずは職員に化けて機会をうかがっているのね?

 

「この映像を見るまで、私も鬼人のことは半信半疑でした」

続けて課長。


「無理もありません」

と、私。


「カメラに捉えられたのは一昨日のことで、この鬼人が関心を持って見ていた政治家には、念の為にうちの課から護衛をつけてあります」

「鬼人との接触はされましたか?」

「お恥ずかしい話ですが、警官が任意同行を迫ったら逃げられまして」

「なるほど」

「弁解に聞こえるかもしれませんが、とても人間離れした身体能力だったそうです」


「課長は、魔法のことはご存知ですか? 何かそういう超常的な手段は使ってきましたか?」

「魔法のことも噂では聞いていますが、特にそういう手段は使わなかったようです」


 普通の警察官が相手なら、魔法を使うまでもなかったということなんだろうけど。

  

 今回のこともあるし、月の基地に潜入した仲間やアメリカの高官に化けた仲間とも連絡がつかなくなっているだろうから、地球側が鬼人を判別する何らかの手段を持っていることに薄々気が付き始めているかもしれないわ。

 鬼人たちも、これからは慎重になるかもしれないわね。

 

 そうなると国会にはもう現れないかもしれない。

 もう他の人間に化けているかもしれないし、向こうから現れるのを待つしか無いか。


「ということは狙われた政治家に張り付いて護衛するしか無さそうですね。それで、その政治家というのは?」


 課長が画面を切り替える。

「現防衛大臣で、次期首相とも目される梶原俊雄氏です」


 画面に映っている政治家は、五十才前後でちょっと厳しそうな印象だ。


 でも、梶原って言った?

 

 私が雄一の方をチラッと見ると、彼は再びため息をついた。


「そうじゃないかと思っていた。俺の父親だ」

「え?」


 先程の課長の含みのある言い方は、そういうことだったのね? 

 

「子息である君が父親を護衛するのはこちらとしては好都合だが、確か君は親御さんと上手くいっていないと聞いている」

課長が言った。


 好都合? 

 ああそうか。プライベートな空間、例えば家の中でも近くで護衛できるからね。

 でも、親子関係が上手くいっていないなら、逆に双方にストレスになるかもしれないか。

 微妙ね。


「ええ。でも、仕事ですから」

雄一が課長に応えた。


「それでは、さっそく合流して頂きたい。現在防衛大臣は国会の議員会館におられます。現地の護衛と梶原防衛相の秘書には、お二人が護衛に加わることは伝わっています」



 その後私たちは警護課の車を貸してもらい、現在護衛対象がいる国会の議員会館にやってきた。

 警護課の車を貸してもらうのは、いざとなったら赤色灯やスピーカー、警察無線などの装備が付いているからだ。どこかで必要になるかもしれない。


 私達は、議員会館の梶原俊雄氏の部屋の前で他の護衛と合流した。  

 

「梶原防衛相は、この後自宅にもどられるそうです。護衛の配置はどうしますか?」

護衛の責任者が聞いてきた。


「私は護衛の経験がないから、雄一に任せるわ」

私が雄一に言った。


「俺達は自由にやらせてもらっていいか?」

雄一が、護衛の責任者に。


「わかりました」

 

 しばらく待っていると部屋のドアが開き、秘書らしき男性と梶原防衛相、つまり雄一の父親が出てくる。

 

 父親が雄一に気がついた。

「どういう風の吹き回しだ?」

 

「俺達で、親父おやじの護衛をすることになった。ただそれだけだ」


 すると、父親が私の方をチラッと見る。


「そうか……」


 父親の方は一言そう言って、秘書とともに外の車の方に歩いていった。

 元からの護衛たちが大臣を囲んで一緒に移動する。 

 私たちはその後から続いた。

  

 今の所、付近から殺気や魔力のようなものは感じないわね。

 一度任意同行を求めて逃げていることだし、向こうは慎重になっているから厄介ね。

 襲ってくるとしたら、どこかしら。

 

 父親は秘書が運転する車に乗り込み、その前後を護衛の車がはさみ、私たちの車はその後をついていった。

 

 例によって車は雄一が運転し、私は助手席に座っている。

  

「もし鬼人が襲ってくるとしたら、どこでかしら」

私が言った。


「鬼人の目的は親父と入れ替わって日本の防衛関係の機密などを探ることだろうから、なるべくこっそりと入れ替わりたいはずだ。そうなると、親父が一人になるところを狙うだろう」

「一人になる所? うーん。お風呂とか?」

「おそらく、風呂とトイレが可能性が高いが……」

「それは護衛しにくい場所ね」

「一応、護衛対象が風呂やトイレに入る前に、誰か潜んでいないか確認してから入ってもらう事になると思う」

「その鬼人が、どういう能力を持っているかがわからないから厄介よね。アランの時みたいに、隠密系のスキルだと誰かが隠れていてもわからないじゃない」

「そうだな」


「もしかして、一回任意同行で逃げているから、対象を変える可能性もある?」

「その可能性はあるな。もしかしたら自衛隊の統合幕僚長あたりが狙われる可能性もある」

「その人はちゃんと護衛しているのかしら」

「防衛大臣が狙われていることは伝わっているだろうから、自衛隊は自衛隊で幹部の護衛を増やしていると思うけどな……そろそろ家に着く」

「もう?」


 場所はよくわからなかったが、永田町を出てまだ三十分も経っていない。

 おそらく山手線を少し超えた場所だ。

 

 やがて坂を登ると、大きな木と長い塀に囲まれた大きな屋敷が見えてきた。

 門には警官が配置されている。

 

 車列はその門内に入っていき、雄一の父親が乗った車はエントランスキャノピーで止まった。

 雄一の家は、明治頃に建てられた大きな洋館だった。 


「雄一は、お坊っちゃまだったのね?」


「やめてくれ」 

雄一がため息混じりに。

 

 私たちは車を降りて、一応周りを見回す。

 不審者はいないようだし、変な気配も感じない。

 

 いまのところは大丈夫そうね。

 

 今まで警護してきた護衛のうち四人は外の警備に当たるようで、父親と一緒に屋敷の中に入るのは二人だけのようだ。

 私と雄一は玄関のところで父親と秘書、護衛の二人が家の中に入るのを眺めていた。


 すると雄一の父親が私たちの方を振り向く。

「どうした? お前たちも入りなさい」


 私は雄一の顔を見る。

 

 どうするつもりかな?


 雄一はちょっと嫌そうだったが、小さなため息をついたあと。

「入るか」

 

 私にそう言って、私と雄一は家の中に入った。

 

 家に入ると、雄一の母親らしき品が有る和服姿の女性と家政婦らしき人が出迎えてくれた。

 

「あら、雄一?」

と、母親。


「……ただいま」


「今日は家族揃って夕飯を頂けそうだわ」

母親は嬉しそうだ。


「……」 

雄一は母親には答えず、私の手を引っ張る。

「こっちだ」


 え?


 私は母親に軽く頭を下げて、雄一に引っ張られて奥の部屋に向かう。


 その様子を後ろから、母親が笑顔で見ていた。

  

 雄一は私を居間に連れてきた。

 二十畳ぐらいの広さで、落ち着いた感じの部屋だ。


「適当に掛けてくれ」

そう言って雄一は、ソファの一つに座る。


 父親のそばで見張ってなくて良いのかな?

 他に護衛が二人いるから大丈夫か。

 

 私も空いているソファに腰掛けた。

 

 しばらくすると母親がお茶を持ってきてくれる。


「あの人は、今お風呂に入ったわ」   

そう言いながら私と雄一の前にお茶を出してくれた。


「ありがとうございます」

と、私。


「夕食は七時ごろよ。もちろんあなたたちも、ご一緒にね」


「お袋。俺達は別の部屋で……」

雄一は一緒に食べるのが嫌そうだ。

 

「久しぶりに帰ってきたんだし、たまにはいいじゃない。こちらのお嬢さんともお話してみたいし」

「明美とは、お袋が思っているような関係じゃないから」 


 どうやら、お母様は私のことを雄一の彼女だと思っているみたいだわ。


「あら、そうなの?」 

母親は意味有りげに微笑んで部屋を出ていった。  


 その後、私と雄一は夕食を雄一のご両親と共にすることになった。

 

 父親は厳しいのだろう、静かな食卓だ。

 雄一も何も言わずにご飯を食べている。

 

 すると、父親が口を開いた。

「雄一。そろそろ政治の世界に入らないか?」 

 

「前にも言ったが、俺は警察官が向いている」

「お前が嫌なら、お前の息子でもいい」

「まだ結婚もしてないんだが」

「そちらのお嬢さんは?」


 あ、私?

 

「明美は同僚だ」 

「それにしては、下の名前で呼び合っているようだが」 

「せ、戦友だからな」


 雄一はちょっと焦っているようだ。

 その様子を母親はニコニコして見ている。


「そちらのお嬢さんは、雄一のことをどう思っているのかね?」

父親が私に聞いてきた。


 そういえばちゃんと自己紹介してなかったわね。

 一応秘書からは聞いていたとは思うけど、護衛するだけなら名乗る必要もなかったし。

 想像するに、秘書から自分の息子の名前が出て、その前後に出た私の名前なんて忘れているに違いない。


「太田明美です。雄一さんとは、一緒になってからまだ二ヶ月ほどしか経っていませんので……」


「明美。それって、同棲かなにかしているように聞こえるぞ」

雄一が言ってきた。


「あ」


「明美さん? ご自宅はどちら? ご両親はご健在なの?」

今度は母親が聞いてきた。


「答えなくてもいいぞ」

と、雄一。


 まあでも、隠すこともないし。


「自宅は昭島市で、両親は祖父と一緒に四年前に交通事故で……」

「そうだったのね? ごめんなさい」


「まて。昭島市で四年前……? もしかして君は、太田源三郎さんのお孫さんか?」

父親が聞いてきた。


「そうですが」

「そうだったのか。太田源三郎さんは私の恩師だ」

「そうなんですか。そう言えば祖父は、昔大学で教鞭をとっていたと聞いたことがあります」


「そうか、そうか。事故のことは聞いていたが、その時私は海外にいて葬式には出れなかったんだ」

父親はそういうと、今度は雄一に向き直る。

「雄一。このお嬢さんなら、私も結婚を許そう」


「ちょっと待ってくれ!」


 なんか変な方向に話が行ってるわ。


「嫌なのか?」

「そうじゃなくて、まだ付き合ってもいないのに」


「太田明美さん。こんな息子だが、よろしく頼みます」

と、父親。


「はあ……」

私は何て答えていいかわからずに、言葉を濁した。


「勝手に話を進めないでくれ」

雄一が赤くなりながら。


 母親の方はニコニコしていた。

 


 夜は家にそのまま泊まることになり、雄一は自分の部屋に、そして私は客間に通された。

  

 その晩は何事もなかった。

 


 ーーーーーーーーーーー

 

 この物語はフィクションであり、実在するいかなる国、団体や機関とも関係ありません。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る