第49話 第二小隊の救出

 一昨日、私たちは第七層から戻った後、急遽陽向の歓迎会を行った。

 本来は四日後の休みの前に行う予定だったが、それを前倒しにしたのは、急に私以外の皆が翌日に休みをもらえることになったからだ。

 私だけは休日ではなかったのだけど、どうせ私は酒に強いから次の日が仕事でも関係ないだろうと誰かが言い出して、歓迎会を行うことになった。

 

 そういう失礼なことを言うやつは一人しかいない。

 ジャックだ。

 

 私はその後の歓迎会の席で、半分戯れでジャックを殴ってやった。

 今回は身体強化をしないで殴ったのだけど、レベルの差が無くなってきていたせいか、ジャックがとても痛そうにしていたっけ。

 

 ところがそこで、芽依がジャックの介抱を始めたのには驚いた。私が殴ったところを氷で冷やしてあげていた。

 その様子を見て他の皆が二人を冷やかしたが、まんざらでもないようだった。

 やっぱりあの二人は、いつの間にか出来ていたみたいだ。



 それで皆が休みの昨日、私は何をしていたかと言うと、他の小隊の魔法適性者を集めて身体強化のレッスンを行った。

 というのも、私たちが無属性魔石をどんどん持ち帰っているので、すべての小隊で希望する全員分の無属性の魔石カートリッジを配布できるようになったからだ。

 それで他の小隊も半数の隊員が身体強化を使えるようになり、今後は第六層や第七層の間引きを任せることが出来るようになる。


 

 そういうわけで、今日は第六層と七層の間引きを他の小隊に任せ、私たち第一小隊は訓練場で魔法中心のメニューで訓練をしていた。


 そこに美月がやってきた。


「あーら、美月じゃない」 

と、私。

 

「あーらじゃないわよ」

「なんか、前にもこんな会話があったような……」

 

「まあそれはともかく、今日はこれを持ってきたのよ」


 そう言って美月は、カバンから金属製の器具を二つ出す。


「これって……もしかしたら芽依の?」


 自分の名前が出たからだろう、芽依が横にやってきた。


「そう。芽依ちゃん用に作った魔導具のナックルダスターよ」


 ナックルダスター。通称ナックルとは、手にはめて拳による攻撃を強化したり手を保護するものだ。


「やった!」

芽依が喜んでいる。


「自分の魔力を流してもいいし、魔石カートリッジをつければ属性攻撃ができるわ」

そう言ってナックルを芽依に手渡した。


「ありがとう!」


 美月が次に大きな袋から出したのは、第七層で見つかった半円形をした魔導具の複製品だ。


「そしてこれは、第七層で見つかった魔導弓の複製」


「これって弓だったの?」

私が聞いた。


「そう。弦は付いてないけど、この魔導弓では魔力で弦が生成されるわ。もちろん矢も魔力で生成されるから、それを普通の弓のように引き絞って射るの」


 弓のハンドル、つまり持ち手に近いところが太くなっていて、その上下に魔石カートリッジを二つ着けられるようだ。


「ここに魔石カートリッジを着けるの?」


「片方は無属性魔石で弦用。もう一つは属性魔石で矢用ね。実験では不思議なことに、どちらにつけても大丈夫だったわ。もちろん無属性魔石は使わないで自分で魔力を流してもいいし、おそらく魔法の腕輪から魔力を流して使うこともできるはず」

そう言って美月は私にそれを渡してきた。


「直接持ってきたということは、まだ試作品ね? 魔法能力者しか使えないの?」

「実は、試作品じゃなくて完成品なんだけど、ちょっと微妙でね。だから、第一小隊で使ってもらって感想を聞きたいと思って。一応大佐にも許可は取ってあるわ」

「なにが微妙なの?」

「魔導弓と言うぐらいだから魔法の矢を発射できるんだけど、魔法の矢なら明美もこれがなくても使えるでしょ?」 

「ああ、ファイヤー・アローとかね?」

「そう。だからわざわざこれを使うメリットがあるかどうか」

「そういうことね? でも、第七層で出てきたということは、何か特別な力か用途がありそうよね?」

「そのあたりも含めて、とりあえず使ってみて。あとで感想とか、何か面白い使い方を発見したら教えてね」

「わかった」


「それじゃあね」

美月は研究所の方に帰って行く。


 後ろを振り返ると、皆も後ろに来て話を聞いていたようだ。

 

「聞いていたわね? それで、これは誰に使ってもらおうか」

私がそう言って皆の顔を見回した。


「弓だから、後衛の武器だよな」

と、ジャック。


「それなら陽向がいいんじゃないか?」

グレイグが言った。


 そうね。ジョンやグレイグはライフルを持っているし、陽向がいいかもしれない。


「じゃあ陽向、使ってみる?」

私が聞いた。


「うん」

「私も興味が有るから、始めは使い方を一緒に試してみましょ?」


「うん」

陽向が嬉しそうに応えた。


 芽依は、美月が作ってくれたナックルを着けてさっそく練習を始めている。

 今後もっと強い魔物が現れても、弱点の属性魔力を込めて使えば、素手だけの場合よりも早く魔物を倒すことができそうだ。

 これで芽依の長所を十分にかすことができるだろう。

 

 私は陽向と一緒に魔導弓を試してみることにした。


「さっきの美月の話だと、完全には解明できていないみたいね」

「魔石カートリッジを二つ着けるなんて、ちょっと燃費が悪そう」

「うーん。弦は自分の魔力を使って、弓の部分には同じ属性の魔石をつければ二倍の威力になるのかしら」

「もしかしたら……火と風のカートリッジを着けたら、二つの属性を融合した矢を放てるとか?」

「融合?」

「ほら例えばファイヤー・ストームとか。あれは火と風の魔法の融合だと思う。だからそういう属性の攻撃がこれでできるんじゃないかな」

「なるほどね。色々試してみようか」

「うん」 

 

「まずは普通に、一つの属性で私がやってみる」 


 どうしようか。それじゃあ、まずは無属性で。

 えーっと、まずは弦用に弓自体にも魔力を流して、さらに無属性魔力の矢をイメージして、実際の弓のように引き絞る感じでやればいいのよね?

 

 私が魔導弓を構えてイメージすると、無属性魔力による矢と弦が現れた。それを手で引くようにして引き絞り、的に向かって射る。 

 

 上手く行ったようだ。

 無属性魔力の矢が三十メートル先の的に当たって的を破壊することが出来た。

 的に穴が空いたのではなく、破壊だ。

 

「うまくいったわ。初級魔法のアローよりもスピードがあって、威力も全然高いわ。中級魔法ぐらいの威力が有るんじゃないかしら」


「今のは無属性だよね?」

陽向が聞いてきた。


「そう」

「無属性でも使えるなら……それならもしかして、僕は白魔法の矢を放てるんじゃない?」

「そうか。アロー系の魔法が無いような属性でも使えるのね? もしかして、それって遠くからでも仲間の怪我を治せるということ?」


 ローザが白魔法のヒールを使うところを何回か見ているが、怪我を治すには相手に近寄って患部に手をかざす必要が有る。


「そうだと思う。それにもしゾンビなんかが出てきたら、これで倒せるかも」

「え!? ゾンビ!?」

「もしもの話だけど」


 ゾンビや幽霊なんてどこかで出てくるのかしら。もし出てきたら、いやだわ。


「出てこないことを祈るけど。それじゃあ、さっそく陽向も試してみて」


 私は魔導弓を陽向に渡すと、陽向は私と同じ様にやってみる。

 

 すると、成功したようだ。白っぽい魔力の矢が放たれて的に当たった。

 的に当たったが、白魔法なので的は破壊されない。


「上手く行ったみたい」

「すごいじゃない」 

 

 その後陽向は、魔導弓で白魔法を飛ばす練習を始めた。

 

「撃ってからの矢のコントロールも効くみたい」 

私にそう言ってきた。 

 

 

 私たちが練習をしていると、そこに大佐から私に無線が入った。

(大尉。緊急の案件だ) 

 

「はい」

 

(実は、第二小隊が第七層で魔物に囲まれているらしく、助けを求めてきた) 

「え?」 

(第一小隊は救出に向かって欲しい) 

「了解しました」

(私もそちらに向かうので、詳しいことはダンジョンへの移動中に話す) 


 無線が終わると、私は皆を集める。

「みんな、集合して!」


「どうした」「なんだ?」


 皆が急いで集まってきた。


「これから第一小隊は、第七層で魔物に囲まれている第二小隊の救出に向かう。皆、すぐに準備をして」

「「了解」」

 

 私達は大佐が到着するまでの間に弾薬や魔石カートリッジなどを補充して、訓練場の外の駐車場に停めてある兵員輸送車のところで待つ。

 陽向は魔導弓を背中のカバンにベルトで固定して持ってきていた。

 

 大佐がやってくると、私達は兵員輸送車に一緒に乗ってダンジョンへ急いだ。

 

「急なことですまないな」

と、大佐。


「いえ」

私が代表で応えた。


「実は第二小隊には、第七層の砂のサンプルを採取に行ってもらったのだが……」

 

 実はグレイグが持ち帰った第七層の砂にはレアメタルが含まれているのがわかったそうで、その分布を確認するために第二小隊は複数箇所での砂のサンプルを採取しに行ったそうだ。

 一昨日私達が第七層の魔物をだいぶ倒したので、始めのうちは魔物はそれほど出てこなかったらしいのだが、第二小隊は私たちが行かなかった奥の方まで足を伸ばしたらしい。

 つまり、私たちが行っていない場所というのは当然魔物が沢山残っているわけで、多数の魔物に囲まれた第二小隊は魔物を退けながら、なんとか第八層への階段までたどり着いたそうだ。

 そして今は、通常の魔物が他の層には行かない性質を利用して、第八層への階段を途中まで降りて隠れているらしい。

 

 入っちゃったのかー。

 

「第二小隊が第八層への階段を降りたということは、途中までしか降りていなかったとしても第八層で魔物が湧き始めている可能性がありますね」

と、私。


「その可能性が高い」


 第八層で魔物が増えすぎて手がつけられなくなる前に倒しておいたほうがいいわね。

 まあでも、そのうち入る予定だったから、それが少し早まっただけね。


「それでは第二小隊の救出を終えたら、第八層へ行って調査と間引きをしておく必要がありそうですね」

「その時に、もし余力があったらそうして欲しい」

「了解しました」 


「あと、今回の救出には第三小隊も参加するが、第七層には入らずに入口の階段で待機してもらう予定だ。第三小隊は先程まで第六層の間引きをしていたが、ダンジョン前で合流することになっている」


 第七層の魔物などの知識はすでに他の小隊にも共有されているはずだが、第三小隊は実際には第七層まで入ってそこの魔物と戦ったことがないので、念の為に第七層の入口で待っていてもらう。

 もし第二小隊に怪我人などがいた場合は、地上までの怪我人の搬送などは第三小隊に任せることができそうだ。

 

  

 ダンジョン前に着くと、私たちはそこで待っていた第三小隊とともにダンジョンの第六層へと入っていく。

 大佐はダンジョンのすぐ外にある暫定司令室で私たちの状況をモニターし、いざとなったら増援などをしてくれる手はずだ。

 

 第六層に降りると第一小隊が先頭になって第七層の階段に向かうが、先程まで第三小隊がここで間引きをしていたので、遭遇する魔物の数は少なかった。

 それでも、奥に進むにつれて芋虫や翼竜が現れた。

 

 芽依の土魔法ストーン・バレットは、最初の頃より狙いが正確になっていて、一発で翼竜の頭に当てて倒していた。

 もしそれが外れても、陽向がいつでもシールドを張れるように準備しているので、シールドに激突させていつものように倒すことができる。

 そして、芋虫は初級魔法や普通の銃弾でも倒せるので簡単だ。

 

 私たちは慣れているので、あっさりと魔物を倒していくが、それを後ろから見ていた第三小隊の隊員たちは驚いていたようだ。

 

 そして私たちは、第七層への階段まで最短にそして無事にたどり着いた。

 階段は第三小隊も降りていくが、第三小隊には第七層に入らずに階段のところで待機していてもらい、そこからは私たちだけで進んでいく。


 私と雄一は魔法剣、ジャックとブラッドは左手に盾を持ち、今回は右手に魔法剣を持っている。

 前衛の二人は前回ここで戦ったときには普通の剣を使っていたが、身体強化したとしても普通の剣では何回も斬りつける必要があったので、今回は魔法剣を使うことにしたわけだ。

 そして芽依は美月が作ってくれたナックルをはめている。

 グレイグとジョンは今回は魔法の腕輪で後ろから援護し、陽向は魔導弓を持っていた。

 

 途中では火トカゲと大サソリが一匹ずつ出てきたが、いつものようにサクッと倒して進んだ。

 そして、第八層への階段の石積みが見えるところまでやってきた。

 

 階段の石積みのまわりには、大サソリや火トカゲが数匹取り囲んでいるのが見えているが、こちら側からは見えない石積みの向こう側にも数匹いるようだ。

 第二小隊の攻撃によるものだろう。中には片方のハサミが欠けている大サソリなども見受けられた。

 

「第二小隊。こちら第一小隊、階段の手前まで到着した。今からそこの回りにいる魔物を掃討する」

グレイグが無線で第二小隊に連絡した。


(助かった)


 しかし、今の声が聞こえたのだろうか、そこを取り囲んでいた魔物たちがこちらの方へ向かってくる。


「全員で一斉攻撃」

私が号令して、皆で攻撃を開始する。


 皆は火トカゲに対しては水魔法のウォータ・カッターやウォーター・ボール、大サソリに対しては中級魔法フレイム・ピラーで一撃で倒していった。

 そして、火トカゲが火の玉を飛ばしてくると、陽向がシールドで防ぐ。

 

 そうやって、魔物たちが近くに来るまでに六匹を倒すことができた。

 残りは、砂に潜っていて攻撃できなかった大サソリが六匹だ。それが砂に潜ったまま、こちらに向かってくるようだ。

 

「攻撃やめ。ここからは各自身体強化して、いつもフォーメーションで」


 つまり、前衛、遊撃、後衛のパターンだ。


「「了解」」


 皆は身体強化をして魔物を待ち受ける。

 後衛の皆は接近戦はしない予定だが、万が一大サソリの攻撃を受けても大丈夫なように身体強化をしていた。

 そして後衛は、私達が戦っている最中に新たな魔物が現れないかなどを見張る役目も担う。

 

「来るわ」 


 私たちが向かうと、突然砂の中からハサミが出てきて私たちを捕まえようとしてくる。

 しかしこのハサミは、身体強化していれば挟まれても大したことが無いというのは、芽依が身を持って体験している。

 

 私達はハサミが出てきたところを避けられれば避け、避けられなければそのままハサミで挟まれて、大サソリの体が砂から出てきたところを魔法剣で叩き切っていく。芽依はナックルで攻撃だ。

 ただ尻尾の針の攻撃については、未だに誰も刺された経験がないので、念の為に注意を払っていた。

 

 すると、私の横にいた大サソリが突然吹っ飛んで消えた。

 見ると、陽向が後ろから魔導弓で無属性の矢で援護してくれたようだ。

 

 魔導弓。なかなか使えそうね。


 ものの一分ほどですべてが片付いた。

 

 皆が集まってハイタッチをする。

「オーウ」「やったな」


「大佐、階段の周りにいた魔物は全て倒しましたので、これから第二小隊を第七層の入口まで送ります」

グレイグが無線で報告した。


(ご苦労)


 すると、第二小隊が階段から現れる。

 死亡したものはいないようだが、三人が怪我をしているようだ。

 

 これは陽向の出番ね。

 

「陽向」

「うん」


 陽向は怪我人に歩み寄って、白魔法で怪我人を治していく。


「ヒール」


「ああ、ありがとう。これで歩ける」「白魔法を初めて見たが、大したもんだ」


 陽向がお礼を言われて、照れている様だ。


 怪我が治って皆が歩けるようになると、私たちは第二小隊を連れて、第七層の入口まで戻った。

 そこで待機していた第三小隊に第二小隊の付添つきそいを任せると、私たちは第八層に降りるべく、先程の階段まで引き返す。

 

 私はふとそこで例の二本の柱が気になった。


 私が右側の柱へ歩み寄ると、雄一が聞いてきた。

「ん? 柱がどうかしたのか?」


「ほら、前回は左の柱に魔力を流したら、第八層への階段が現れたでしょ?」

「そうだな。もしかして、右の柱にも何か有るかもしれないと言うことか」


「そう。……ほら、あった」

私は右の柱にもマークを見つけた。


 皆も、そこに集まってくる。

 今回はさすがに芽依も、いきなり魔力を流したりはしない。


「これって、右側のマークは何だ?」

ブラッドが聞いた。


「別の層に行けるのか?」

と、ジャック。


「もしかしたらだが、ここから第六層とかに戻れるのかもしれないぞ」

グレイグが言った。


 第五層の奥の部屋では左のマークに魔力を流せば第六層への階段が現れ、右のマークに流せば制御室に転移した。

 しかし、こんな場所から制御室に転移なんてこともないだろう。

 とすると、魔力を流せば転移して前のどこかの層に戻れる可能性も有る。

 というのも、第六層へ上がる階段は、この場所からだと二キロ近く歩いて戻らなければならないからだ。

 先祖が作った練習用のダンジョンなわけだから、そういう親切設計がされていても不思議ではないだろう。

  

「それじゃ、帰りに試してみようや」

ジョンが言った。


「それが良さそうね。では先に第八層へ」


 私がそう言って、改めて皆で第八層への階段に向かった。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る