第45話 決意
「太田さん」
陽向が後ろから声を掛けてきたので、私は振り向く。
すると、陽向とその後ろには父親と母親も立っていた。
父親はちょっと痛そうに体をさすっていたが、とりあえず大丈夫そうだ。
「お父さんも、大丈夫そうね」
「僕らを守ってくれて、ありがとうございました」
陽向たちは、とばっちりだったから逆に申し訳ないような気もするけど。
「大したことがなくてよかったわ」
すると、陽向がうつむく。
彼は何かを言おうとしているようだが、それを言おうかどうしようか迷っているように見える。
「陽向くん?」
私が声を掛けた。
「あの……。僕。今からでも、あそこに行ってもいいですか?」
月の基地へよね?
「急にどうしたの?」
「さっきの太田さんが、とてもかっこよくて……」
「かっこよかったから?」
もしかして、私が映画のスーパーヒーローに見えたのかも。
でも、かっこいいという理由だけでは続かないわよね。
「それだけじゃないです。僕は今まで自分のことばかりで……自分のことしか考えられなかったのが恥ずかしいです」
「普通はみんなそうよ」
「先日は不良たちから芽依にも助けられ、太田さんにも助けられ、さっきは父さんにも。皆に助けてもらってばかりで」
「家族や仲間を助けたいと思うのは自然なことよ」
「それに、太田さんが火球を体で受け止めて守ってくれたのを見て感動しました。それにあの鬼を倒したのも」
火球を受け止めたのは、たしかに一か八かだったけど、身体強化した状態ならなんとかなると思っていたし。
でも、鬼人を倒したのはよく覚えていないのよね。
「そ、そう?」
「それで今回わかったんです。できる力があるのに、それから逃げちゃいけないんだって」
何かスイッチが入ったのかしら。
「無理しなくてもいいのよ」
「無理じゃないです。僕も太田さんみたいに人を守れるようになりたい。だから……」
すると、陽向は私の目を真っ直ぐに見てきた。
初めて会った時と比べると、いい目になったわね。
これなら大丈夫かな。
「そういえば、大学はどうするの?」
「大学なんて、行こうと思えば何歳になってからでも大丈夫だし」
「わかったわ。あとはご両親の許可をもらえたら」
陽向は後ろに来ていた父親と母親に向き直る。
「僕は太田さんと一緒に、人々を守る仕事をする」
「やりたいからと言って、やれるものでもないだろ?」
と、父親。
「実は前に、太田さんから素質があるから一緒にやらないかって、誘われていたんだ」
「そうだったのか?」
父親は陽向にそう聞いて、次に私の方を見てくる。
私はうなずいた。
「それにもう、決めたんだ」
少しの沈黙の後、父親が口を開いた。
「お前が自分で物事を決めるのは初めてだな……」
「始めは一人で日本に残すことに反対したけど。でも、成長したみたいで嬉しいわ」
母親も。
自立心を養うために、一人にしていたのね?
きっと相当な甘えん坊だったに違いないわ。
「わかった。陽向の好きにしなさい」
父親が言った。
「父さん」
「でも、無茶はしないでね」
と、母親。
陽向はうなずいて、両親と抱き合った。
「太田さん? 陽向のことを頼みます」
父親が言ってきた。
「わかりました」
「陽向は芽依ちゃんの事が好きなのだと思ったけど、年上好みだったのね?」
母親の言葉に陽向は顔を赤らめた。
「そんなんじゃないから」
あはは。
私は月の基地で支給された衛星電話でカーティス大佐に連絡を取り、鬼人との戦闘があったが倒したこと、その場で陽向と偶然に会った事を伝え、さらに彼が入隊したい事を伝えた。
そして大佐から了解の返事をもらうと、それを陽向にも伝える。
「大佐からも了承を得たわ」
「よかった」
「それじゃあ、一度日本に戻るのは効率が悪いし、このまま一緒に来る?」
「そうします」
「荷物は、あとで横田基地に送ってもらえばいいから」
陽向が両親との別れを済ませると、私は陽向と一緒に兵士たちの方に戻る。
兵士たちは横倒しになった軍用車を起こそうとしていた。
横倒しにはなっているが、大きくは壊れていないようだ。
「あれを手伝うわ」
「僕も身体強化ができるから一緒にやりたいです」
「そうだったわね。それじゃあ身体強化をしてみて」
見ていると、陽向はスムーズに身体強化できたようだ。
そうか、石碑に触れて魔力制御は覚醒しているからね。
でも、芽依よりもうまく出来ているかも。
これなら、さっき鬼人の攻撃を防げたのも納得ね。
「どう……です?」
「だいぶ練習したのね? うまく出来ているわ。それで、たぶんうちの小隊に入ることになると思うけど、敬語はいらないから」
「……うん」
「じゃあ、車を起こすのを手伝うわよ」
私と陽向はもう一台の横倒しの車両のところに行って、二人で車を元に起こした。
よっと。
周りにいた兵士たちが驚いていた。
「上出来よ」
「へへ」
私が褒めると、陽向は照れくさそうにしていた。
そのあと私たちは、アメリカのシャトルの基地経由で月に戻ってきた。
月に戻ると、大佐と芽依がゲートの所で迎えてくれる。
「大尉、ご苦労だった。デルタフォースのマクニール中佐からも、感謝のメールが来ていたよ」
と、大佐。
「そうでしたか」
「貴官をデルタフォースにスカウトしたいと書いてきたが、丁重にお断りさせてもらった」
まあ!
横では、陽向と芽依が向き合った。
「陽向」
「芽依」
「とうとう、やる気になったのね?」
「太田さんに鬼人から助けてもらって、僕も大事な人を守れるようになりたいって思ったんだ」
「私が健吾から助けてあげた時は何も感じなかったの?」
「あ、いや……その……」
「まあいいわ。よく決心したわね」
「うん」
芽依はこの所の働きで正式採用になり軍曹になっているが、陽向も芽依の時と同じ様に始めは仮入隊となり、私の預かりになった。
そして、芽依の時のように私が陽向のガイダンスに付き合った。
アメリカを夜に出てきたら、月の基地では朝だったので、ガイダンスが終わって今は昼時だ。
私は芽依も誘って陽向と三人で食堂に行った。
すると、またもやローザと美月の二人と一緒になった。
「あら? 新しい子ね?」
と、ローザ。
「そう。彼が芽依と幼馴染の陽向くん」
「この子がそうなのね? 可愛いわね」
「え?」
「おねえさん、可愛がっちゃおうかしら」
陽向は顔が赤くなっている。
グラマーで美人のローザからそんな事を言われたら、大抵の少年は陥落だろう。
芽依が陽向の脇腹を肘でつついた。
「あ」
「ローザ。あんまりからかわないでね」
と、私。
「うふふ」
私たちは、そのまま五人で一緒に食事をすることにした。
テーブルにつくと、芽依が陽向に聞いた。
「それで、アメリカでは偶然に姉御に会ったの?」
「やだ。明美って姉御って呼ばれているの?」
と、美月。
そういえば、美月やローザはまだ知らなかったわね。
「アネゴ?」
ローザが聞き慣れない言葉に首を傾げる。
「はあ。そうなのよ。日本語のスラングでボス・レディのことなんだけど、最近第一小隊の皆からは、ボスとか姉御とか呼ばれるようになったわ」
私が答えた。
「慕われているのね」
「慕われているのか、からかわれているのか」
「みんな頼りにしているのよ」
と、芽依。
「えーっと。それで、陽向くんの話を聞くところだったわよね?」
私は陽向に話を振った。
「あ、うん。家が有るバージニア州からワシントンDCの店に行く途中だったんだけど、軍の車が道を塞いでいて……」
陽向が皆にその時のことを英語で説明していく。
「……それで鬼人が僕たちに魔法を放ってきてもうダメかと思った時に、姉御が現れて魔法剣で叩き切ってくれたんだ」
「待って。陽向くんまで『姉御』?」
私が遮った。
「もういいんじゃないの?」
ローザが言った。
はあ。
私はため息をついてから、アメリカでの話を続けることにした。
「それで……でも今回の鬼人は、性格が悪くてね。向こうが降参すると言ってたので油断していたら、また攻撃してきたり、最後には陽向くんを刺して、そのスキに逃げようとしたり」
「刺されたの?」
芽依が驚いた。
「身体強化の練習をしていたから、それでなんとか防げたよ」
「そうだったんだ」
「でも私は、陽向が刺されたと思って、頭にきて」
と、私。
「頭にきて、倒したのね?」
ローザが私に聞いた。
「それが……気がついたら、鬼人は丸コゲになっていたわ」
「どういうこと?」
「見ていた陽向くんによると、私が無意識に雷を放ったみたい」
「え?」
「雷の魔法!?」
美月が驚いて聞いた。
今まで雷の魔法は確認されていないからだろう。
もちろん、雷属性の魔石も出てきてない。
「よくわからないのよ。私はその間のことを覚えていなくて」
「プッツンしたの?」
「かもしれないわ」
「コワッ。私の研究室では絶対使わないでよね。電子機器が壊れちゃうわ」
「や、やらないわよ」
「姉御は、ご先祖様が雷神なんじゃない?」
と、芽依。
「え? 雷神って、あの?」
私は、太鼓を持った鬼のような姿を想像した。
「だって、ガイダンスでも言ってたわ、月で来た人々は神として敬われ私たちの先祖になって、その血を濃く引いている人が魔法能力者かもしれないって」
「でも、あの鬼の様な姿じゃ、まるで鬼人と一緒だわ」
「雷神って言ったって色々いるわよ。例えば日本の神話に出てくる
と、美月。
「西洋では、ギリシャ神話のゼウス神や北欧神話ではトール神ね」
ローザが私に言った。
「うーん。そうなのかなー? まあそれでなんとか倒せたんだけど、今回の相手は闇魔法で盾みたいのを出してきて、初級魔法だけではちょっと苦しかったわ。今後は中級魔法をもっと練習して使いこなせるようにならないと」
「あのシュウキが使ったとされる、フレイム・ピラーとかね?」
と、美月。
「そう。でも私一人じゃなくて……そうだ。それで、美月に相談したかったんだわ」
「なに?」
「魔法の腕輪って初級魔法しか使えないみたいだけど、みんなが中級魔法を使うにはどうしたらいい? 第七層以降は初級魔法一回では倒せない魔物が出てくる可能性が高いから」
「そのことね? 実は、あとで大佐から説明が有るかもしれないけど、明日から第一小隊は新しい魔法の腕輪を試してもらうことになりそうだから」
「それってもしかして」
「そう。第一小隊のレポートを毎回読ませてもらっているけど、そろそろ中級魔法が必要になるんじゃないかと思って、改良型の腕輪を作ってみたのよ」
「そうだったの?」
「詳しいことを言うと長くなるから省略するけど、一番の違いは一度に使える魔力量が増えたことね。これで中級魔法も使えるようになるはず」
「美月はやはりすごいわ。天才ね」
「よしてよ。それで注意点は、中級魔法を使うと初級魔法の五倍近い魔力を消費するから、早く魔石の魔力が尽きてしまうってことね」
初級魔法なら魔石カートリッジ一つで五十回放てるが、中級魔法だとそれが十回ほどになるわけだ。
美月が言ったとおり、あとで私は大佐から呼ばれ、改良型の魔法の腕輪を陽向を含めた第一小隊の人数分受け取った。
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