第44話 陽向

(ここから第三者視点です)

 

 

 小野陽向は、両親が住んでいるアメリカのバージニア州に来ていた。

 バージニア州とワシントンDCは川を渡ってすぐ隣なので、ワシントンDCで働いている人はこのあたりに暮らしている人も多い。

 陽向の両親もそうだった。 

 

 陽向は昨日アメリカに来たばかりで、今日は家族三人で父親が運転する車に乗りワシントンDCにある店に向かっていた。


 ところが、前方で軍用車両が道を塞いでいて、通行止めになっている。

 その手前では数人の兵士が、立ち入らないように立ちはだかっていた。

 

「何があったのかな」

助手席から陽向が父親に聞いた。


「わからない」


「あなた、Uターンした方がいいんじゃない?」

と、後ろの席から母親。


 すると、陽向たちの前にいる車から人々が降りて、その兵士に説明を求めに行くようだ。

 野次馬目的の人も少なからずいるかもしれない。


「Uターンするとかなり遠回りになる。すぐに終わりそうなのか、ちょっと聞いてくる」


 父親がそう言って車を降りたので、陽向も車を降りて一緒に歩いていく。


 前の方で兵士と誰かが話しているのが聞こえてきた。


「いったい何なの?」

中年の女性が兵士に聞いた。


「この先で凶悪犯を逮捕しているところです」


「でもなんで、警察じゃなくて軍なんだ」

今度は他の男性。


「みなさん、車に戻ってください。すぐに終わると思います」


「すぐに終わるなら、車で待っていよう」

と、それを聞いた父親。


 陽向と父親は車に戻り始めた。 


 すると、後ろから何か大きな音と、悲鳴が聞こえてきた。

 

 振り返ると、何か黒い物がこちらに向かってきて、それに触れた車や人などが弾き飛ばされていく。

 

「陽向!」


 父親がとっさに陽向に覆いかぶさって守ろうとする。

 しかし父親は、背中にその黒い物が当たり弾き飛ばされてしまった。

 

「父さん!?」


 陽向は起き上がり、弾き飛ばされた父親のところに駆け寄った。 

 父親の意識はないようだ。

 

「誰か!」

陽向は助けを求めて周りを見回す。


 そこに、鬼のような容姿の何かがやってきて陽向たちの方をチラッと見た。


「お前ら人間は、仲間を守る習性があったな」 


 その鬼のような者は、その言葉を陽向たちに向かって言ったわけではないようだ。  

 ところがその直後、陽向たちに向けて火魔法の火球を放つ。


 どうやら、後から追ってくる何者かの注意を陽向たちに向けるのが目的のようだった。

  

 陽向は火球が自分たちの方に向かって来るのを見て、思わず身構える。


 その時だ。突然野戦服姿の女性が上から飛んできて陽向の目の前に着地し、陽向たちに向かってきた火球を水色っぽい光を放つ剣で切りつけた。

 すると火球は水蒸気とともに霧散する。


 その女性が少し顔を後ろに向けて聞いてきた。

「大丈夫だった?」


 陽向はその横顔を知っていた。

 

「もしかして、太田さん!?」



 △▽△▽△▽△▽△▽

 

(ここからは、主人公である明美の視線に戻ります) 



 私が鬼人を追いかけていくと鬼人は急に止まり、近くにうずくまっている民間人の方をチラッと見たようだ。


 何をする気?


 私はそのまま鬼人を追って走っていく。あと三十メートルほどだ。


「お前ら人間は、仲間を守る習性があったな」 

鬼人は私にそう言って、その民間人に向かって火球を放った。


 もしかして、私が彼らの守りに入ると予想してのことか。

 先程は私が火球をジャンプして避けてしまったので、今回は避けられない状況にしたわけだ。

 なんてやつ。 

  

 私はそのまま走って途中でジャンプして体をひねり、その民間人の前に降り立った。

 私は着地すると、そのまま鬼人が放った火球を水の魔法剣で叩き切る。

 すると、その火球は水蒸気を上げて霧散して消えてしまった。

 

 うまくいったわ。

 火魔法を反対属性の水の魔法剣で切るのは、経験済みだからね。

 たぶん後ろの民間人にも影響は無かったはず。

 

「大丈夫だった?」 

私は少し顔を後ろに向け、後ろにいた民間人に聞いた。

 

「もしかして、太田さん!?」


 その民間人が自分の名前を呼んだようだが、今は戦闘中だ。

 私はそのまま振り返らずに、鬼人に集中する。 

 

 火球が切り払われたのを見て、鬼人は悔しそうだ。

 

「今度はこっちの番よ」

 

 私は身体強化したまま目にも止まらぬスピードで鬼人に近づき、顔を殴りつけた。

 すると、鬼人は後ろに吹き飛ばされる。

 鬼人はよろよろと立ち上がると、私には敵わないと悟ったのだろう、今度は右を見て道の脇の林の中に逃げようとする。

 

 逃がすものか。

 

「ウィンド・カッター」

私は風の刃を出して、逃げようとしていた鬼人の足を斬りつけた。


 鬼人はレベル的には、あのシュウキ程には高く無かったのだろう、彼は道路の上に転倒した。

 私は鬼人が立ち上がる前に素早く駆け寄って、喉元に魔法剣を突きつける。

 

「観念するのね。それとも、あなたも自殺するの?」

「降参だ」


 え? 意外ね。

 でも、これで終わったのね。

 

 そういえばさっき、後ろにいた民間人が私の名前を呼んだ?

 顔は見なかったけど。


 振り返ると少し離れたところで私の方を見ていたのは、小野陽向だった。

 

「陽向くん?」


 そうか。もうアメリカに来ていたのね。

 

「太田さん! どうしよう、父さんが!」

陽向は倒れた父親の横に座り込んでいる。


 私は魔法剣の刃を消して、陽向と倒れている父親に駆け寄った。

 父親の首に手を当てると、脈はある。生きているようだ。

 出血もしていないみたいだし、骨折している様子もない。

 おそらく、一時的に気を失っているだけのようだった。

 

 大丈夫みたいね。よかったわ。

 

「気絶しているみたいね。もしかしたら打撲とかは有るかもしれないけど、命に別状は無さそうだわ」

「そうなんだ。よかった。でも、あの鬼みたいなのはいったい……」

「魔物やああいう鬼人から人々を守るのが私たちの仕事なのよ」

「そうだったんだ……」


 ところがその時だ。

 

 え? 殺気?


「油断したな」

その声に振り向くと、鬼人が放った火球が私に迫っていた。


 魔法剣は、間に合わない。

 

 私は反射的に右手で陽向たちをかばうようにし、左腕を顔の前に出してガードする。

 ところが、その火球は私の左腕に当たって霧散してしまった。


 あら? 身体強化していたから?

 

 それを見た鬼人は顔が引きつっている。


「大したことないのね」

私はそう言いながら立ち上がる。

 そして私は、魔法剣の刃を出して鬼人に向かった。

「では、お返しよ」 

 

 すると、鬼人は先程の黒い盾のような物を出して、ガードした。

 黒い盾は弾き返すような力が働いているようで、魔法剣では盾を切ることが出来ない。

  

 この盾は、魔法剣ではダメ?

 それなら、後ろに回って。


 私はジャンプして鬼人の後ろに回り込み、魔法剣で切りつけた。

 すると鬼人はまたしても逃げる。

 

「待て!」 

 

「それなら……」 

鬼人は陽向の方に向かった。


 手には、先程兵士から奪ったナイフを持っている。


「陽向くん逃げて!」 


 私は叫んだが、陽向が逃げるよりも早く、鬼人は陽向の腹にナイフを突き立てた。

 

「うっ!」 

陽向はお腹を抑えてその場にうずくまる。


「陽向くん!」


「すぐに病院に運ばないと、こいつは死ぬぞ。俺はその間に逃げさせてもらうがな。ククク」

鬼人がそう言いながら、この場を離れようとした。 


「降参だって言ったのに、さっきはだまし討をして、おまけに今度は陽向を手に掛けるなんて。おまえは、絶対許さない!」



 実は私は、その後起きた事はよく覚えていない。

 後で聞いた所によると、私の体から電気のようなものがバチバチと走り、髪の毛がおそらく静電気で逆立って、鬼人に雷を落としたように見えたそうだ。

 

 私が我に返ったときには、すでに鬼人は黒焦げになって倒れていた。

 

 何が起きたの?

 

 あっ。それより陽向は!?


「陽向くん!?」 


 私は陽向に駆け寄ると、彼はお腹の辺りをさすりながら、よろよろと立ち上がった。


「太田さん……」

「え? 怪我は?」


 お腹を刺されたように見えたが、傷は無いように見える。

 

「実は、先週家に送ってもらったあと、あれから見様見真似で身体強化の練習をしてたんです。それで、あの鬼がこっちに向かってきた時にとっさに掛けたから」 


 身体強化で刃を防げたのね。


「ああ、なんだ。よかった!」 

そう言って私は陽向を抱きしめた。


「あ……」

陽向は照れているようだった。 



 そこにマクニール中佐と兵士たちが駆けつけてきた。

 

「今の雷は?」

と、マクニール中佐。


「よくわかりませんが、鬼人ならそこに」


 私が指差すと、中佐達が鬼人の遺体を確認に行く。


「そうか。しかし、これで終わったな」

 

 やっと終わったのね。

 

 

 その後、兵士たちが倒れている民間人の介抱をしたり、誰か写真や動画を撮っている人がいないかを調べ始めたようだ。

 動画や写真を撮っていた場合は破棄や削除をしてもらうのだろう。

 

 そこにポチもやってきた。

 すでに、元の大きさに戻っている。

「ワン」


「あなたも無事にあいつを倒せたのね? ありがとう」

私はそう言ってポチを抱き上げる。


「ワン」

ポチは私の顔をペロペロなめてきた。


 うふふ。

 



 ーーーーーーーーーーー

 

 この物語はフィクションであり、実在するいかなる国、団体や機関とも関係ありません。 

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