第42話 第六層門番
私はいつでも素早く動けるように身体強化をして、ゆっくりと歩いて森を出ていく。
手には魔法剣を握っているが、まだ刃は出していない状態だ。
私に続いて、皆も三十メートルほど後ろから慎重に歩いてきた。
広場の中央に有る石積みは、高さが一メートルほど、横幅が二十メートル四方程の大きさがあり、その石積みの上には大きな翼竜がいて、その手前の地面の上に四匹の大芋虫がいる。
四匹の大芋虫は、まるで翼竜を守っているように見えた。
私が広場に足を踏み入れると、魔物たちは私のことをジロっと見てこちらに向きを変えたが、まだ向こうから襲ってくる様子はない。
ところが、今まで四匹だった大芋虫だが、石積みの後ろの方からさらに二匹現れた。
何匹いるの?
ここからじゃ見えないけど、石積みの裏側にまだいるのかしら。
でも、とりあえずは当初の予定通りにもう少し近づいて出方を見よう。
私はさらに近づいていき、魔物たちまで六十メートルほどの所で一旦止まった。
おそらく、これより近づいて何もしてこないということは無いはず。
ここからは一気に近づいて魔物の攻撃方法を確認しよう。
予想外の事が起きても、私一人ならすぐに退却できるし。
私はそう思い、土属性の魔法剣を出して、身体強化した脚力で一気に前方に駆け出した。
すると、翼竜は少し飛び上がって、石積みの十メートルほど上空でホバリングする。
私が動いているから様子を見ているのだろうけど、私が止まったら攻撃をしてくるはず。
大芋虫は今までの芋虫と違って、三十メートルほどまで近づくと糸を吐き出してきた。
正面の二匹の芋虫は従来のように私を捕まえようとして、その横にいる二匹はその糸を自在に扱って、まるでムチのように攻撃してくる。
先程後ろから現れた二匹は側面を守っているようで、今の所何もしてこない。
私はその糸を避けて連続で飛び退いた。
最後に大きく芋虫から離れるように飛び退くと、今度はその着地点をめがけて翼竜が突っ込んでくる。
こちらが空中では方向を変えられないのを見て狙ってくるなんて、頭がいいわね。
そこに後方から、ジョンが翼竜めがけて徹甲弾を数発撃ち込んだ。
案の定翼竜の胴体は徹甲弾が効かないが、翼の薄い部分には小さい穴が空いたようだ。
さらに芽依が私と翼竜の間にストーン・ウォールを出したが、翼竜はそれをギリギリで回避して、私を襲うのを一旦諦めて中央の上空に舞い戻る。
二人のおかげで助かったけど、五匹が連携していて休む暇もないわ。
私は一旦退却する決断をした。
「森まで戻って!」
私がそう言うと森の縁から二十メートルほどのところに出てきていた皆は、森に引き返した。
私は皆が退却し終わるまで翼竜の注意を私に集めるために、複雑に走りながら皆のいるところまで戻ろうとする。
その時私は、七匹の後方、石積みの向こう側にも芋虫がいるのを見つけた。
後ろも守っているのね? これじゃあ、後ろから近づいても同じだわ。
森まで戻ると、私はすぐに振り返ってみたが、門番たちは最初にいた位置まで戻っていた。
「ジョンも芽依もありがとう。助かったわ」
「いいってことよ」「お互い様」
と、二人。
「それで、だいたいだが、あの門番の行動パターンが読めたな」
と、グレイグ。
「やはり芋虫と翼竜は連携していたな」
「それでどうする?」
ブラッドとジャック。
「まず、あの芋虫を先に倒そう。あの糸の有効範囲はかなり広いから、翼竜に近づきにくいわ」
私が応えた。
「明美が引きつけている間に、誰かが後ろに回るのは?」
雄一が聞いてきた。
「実は今チラッと見えたんだけど、石積みの裏側にも芋虫がいたわ。おそらく芋虫の数は全部で八匹」
「そうなのか。ということは、どこから行っても同じだな」
「それじゃあ、まず遠距離からライフルでの狙撃を試してみよう」
ジョンが言った。
「遠距離からの魔法も試してみたい」
と、芽依。
「それじゃあ、ジョンはライフルで、それ以外の皆は魔法で同時に大芋虫を攻撃してみよう」
私が言った。
「「了解」」
私たちはふたたび森から出る。
森から三十メートルほどのところでジョンがライフルを構え、皆が魔法の準備をする。
ジョンがライフルを発射するのと同時に、皆が初級クラスの射出系の魔法を使った。
芋虫は無属性なので属性的弱点はない。逆に言えばどの魔法でも同じぐらいのダメージを与えられるはずだ。
私は一番到達速度が速くて得意なファイヤー・アローを使い、芽依はストーン・バレットを発射する。
ところが芋虫たちは糸を出して、それを瞬時に渦巻状に巻いて盾を作って、魔法はおろか銃弾も弾いてしまった。
糸はミスリル製だから、丈夫だし魔法にも強い。
「なに!?」「まってよ」
皆が驚いている。
私たちがそのまま撤退しないのを見ると、芋虫たちは吐き出した糸を操って、今度は自分たちの前に横十二メートル、高さ三メートル程の網目の壁のようなものを作った。
八匹の芋虫がそれぞれ外側を向いて自分の前に壁を作っているので、石積みの周りをぐるっと囲んでいて入る隙間がない。
「何あれ!?」
私が思わず言った。
あれじゃあ、簡単には近づけないわ。
「器用なものね」
と、芽依。
「後ろも壁が出来たみたいだな。360度どこからも近づけないじゃないか」
ブラッドが言った。
ん? 360度?
確かに周りは360度スキが無さそうに見えるけど、上は空いているじゃない。
と言っても、どうやって上から攻撃しようか。
身体強化してジャンプしてあの壁を飛び越えてみる?
でも、ジャンプして空中にいるときに襲われたら避けられない。
何か足場でもあれば、少しは……。足場……?
「芽依?」
私が声を掛けた。
「何?」
「ストーン・ウォールを横向きに出すことはできる?」
「できると思う」
「それじゃあ、私が近づいたら、あの壁の上ぐらいに出してくれる?」
「そうか。上から行くのか」
と、ジャック。
「そう。でも、あの魔物たちは知恵がありそうだから、作戦を悟られないようにギリギリのタイミングでね」
「わかった」
芽依が応えた。
「そのあと、あいつらはどういう行動を取るかわからないから、みんなは自分の判断で攻撃して」
私はそう言うと、身体強化を掛け直して走り出す。芽依も身体強化をして続いた。
芋虫が作っている壁のところに近づくと、芽依がストーン・ウォールで足場を作ってくれる。
私はその上にジャンプして飛び乗った。
すると、芋虫が壁を持ち上げて私を阻もうとしてくる。
そこをジョンが逃さず、がら空きになった下から芋虫を狙撃した。
徹甲弾は芋虫の変異種を貫き、芋虫が一匹消えた。
すると、後方にいた芋虫が前方の穴を埋めようと動き出すが、芋虫のことだからそんなに素早くは移動できない。
ところがそこで再び翼竜が上空に上がろうとする。
させないわ。
私はその足場からジャンプし、空に舞い上がろうとしている翼竜の翼を魔法剣で切りに行く。
そうはさせじと、後ろから前に出ようとしていた芋虫が私の方へ糸を放ってきた。
そこをジョンが再びライフルで狙撃して、芋虫がもう一匹消えた。
私の剣が翼竜の片翼の薄皮の部分を切り裂く、
「ギャーーオ!」
翼竜が怒りの声をあげた。
私はなんとか翼竜の片方の翼を切ることができたが、私自身はそこから下に落ちていく。
すると芽依が、私の落ちる先に足場を移動してくれた。
おそらく、第五層の石碑で授かった念動力の力を併用しているのだと思われる。
私はその足場に乗って体勢を立て直した。
芽依は授かった力を使いこなしているわね。
翼竜はというと、翼を片方切られてバランスを崩しながらも地表に軟着陸しようとしていた。
そこを雄一やジャック、ブラッドが腕輪の魔法でストーン・バレットを撃って翼竜の気を引いてくれる。
あいつが体勢を整える前にもう一太刀。
私はさらにその足場からジャンプし、今度は上から翼竜の頭を狙う。
それを邪魔しようとこちらに意識を向けた芋虫をジョンが狙撃して倒した。
私は芋虫に邪魔されること無く、翼竜の頭に切りかかり、魔法剣で二つに切り裂いた。
翼竜が消えて、大きな緑の魔石が残る。
やった。
さて、魔物の残りは後方にいた芋虫と合わせて五匹だが、こうなるとあとは普通の芋虫の討伐と大して変わらない。
翼竜の上空からの攻撃の心配がなくなり、芽依が前に出て魔道具を使って糸の魔力を無効化している。
すると芋虫は一気に無防備になるので、そこをジョンがライフルで撃ちぬいたり、他の皆が魔法で倒していった。
残りはすでに芋虫が一匹になっていた。
最後の芋虫は芽依と皆にまかせて、私は石積みの上に飛び乗って、皆の戦闘を見届ける。
同時にチラッと石積みの上を見回したが、どこにも下への階段は見当たらない。
やはり、全部倒さないと現れないのね?
すると、私はここで再びレベルアップ酔になった。
皆の方を見れば、ちょうど皆が最後の大芋虫を倒したところだ。
やったわ。これでレベル30になった。
身体強化をすれば、レベル60相当。もし次回、あのシュウキレベルの敵と戦っても、なんとか対等の勝負にはなりそうね。
石積みの上を改めて見渡すと、最後の大芋虫を倒すことによって下への入口が開いたので、私は階段を確かめに行く。
他の皆も周りに集まってくる。
「やったな」「階段も発見できたな」
まずは皆に声を掛けないとね。
「みんなのおかげで、無事門番を倒すことができたわ。ご苦労さま」
「ボスとメイが一番活躍したじゃないか」
と、ブラッド。
「皆のバックアップがあってこそよ」
「それでどうする? 下を覗いてみるか?」
ジャックが聞いた。
「一旦基地に戻りましょ。第七層は、大佐に報告してからね」
「そうだな。おそらく第七層へ潜るのは、他の小隊が第六層へ来れるようになってからだろう」
と、グレイグ。
「とすると、しばらくはこの層で魔石と糸集めか」
雄一が言った。
グレイグが第七層への階段の写真を撮り、皆で魔石や糸などを回収すると、私たちは基地に戻った。
例によって、私とグレイグで大佐に報告に行く。
「本日第七層への階段を見つけ、それを守る門番を倒すことにより、下の層へ降りることが可能になりました」
私が報告した。
「門番がいたのか」
「詳しい内容は、後ほどレポートを提出します」
グレイグが言った。
「そうか。ご苦労だった」
大佐がねぎらう。
「第一小隊は、明日からも第六層で魔石と糸集めでよろしいでしょうか?」
私が聞いた。
「それなんだが、アケミ・オオタ大尉にはアメリカに行ってもらいたい」
「え?」
「実は今、世界の主要な施設。つまり基地や政府の建物などに、例の真実の鏡を応用した防犯カメラを設置しているのだが、さっそくアメリカの政府機関で、鬼人の工作員が変装して潜り込んでいるのが見つかった」
「いましたか」
「それで現地の米軍特殊部隊と協力して、その工作員を捕まえるか、それができなければ倒してもらいたい」
「了解しました。それで、あのポチも連れて行ってもよろしいでしょうか」
「連れて行くのは構わないが、大きくなったときに敵と間違われないように、事前に説明は必要だろう」
「わかりました」
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