第39話 第六層

 翌日。

 私たち第一小隊は、第六層を攻略開始することになった。

 それで今は、ダンジョンの入口の遺跡に設置した左のゲートを通って、第五層の奥の部屋にやってきたところだ。

 

 その部屋の突き当りの壁には二つのマークがある。

 右は制御室に転移するためのものだが、左に触れて魔力を流せば第六層への階段が現れるはずだ。

 

「みんな準備はいい?」

私が聞いた。


「いいぜ」「六層で何が出てくるか、わくわくするな」 

と、雄一とジャックが応え、それ以外の皆はうなずいてくる。

 

 これは第六層への入口だから、いきなり変異種などが出てくることはないはず。

 それに皆を見れば油断をしている者はいないから、もし多少の想定外のことがあっても大丈夫ね。


 私はそのマークに近づいて、手を触れて魔力を流す。


 すると、今度は予想通り壁の一部が下に降りて、その奥には下の層に降りる階段が現れた。

 壁が降りきると、私は階段の縁まで行って下を見下ろしてみる。皆も私の後ろにやってきて階段の下を覗いた。


「長そうだな」

ジョンが言った。


 今までの各層を繋げる階段はせいぜい四十段程度だったのだが、この階段は倍以上ありそうだ。


「さあ、行こう」

グレイグが私に言ってきた。

  

 私が皆の顔を見回すと、皆はうなずいてくる。

 

 このメンバーなら、何があってもきっと大丈夫。

 

 私は足を踏み出した。

 

 

 正確には数えていないが、百段ほど降りただろうか。階段の終わりが近づいてきた。

 そして階段を降りきると、目の前には広大な空間が現れた。

 

「なんだ、この空間は」「本当にこれがダンジョンの第六層なのか?」

皆が口々に言った。


 そこにあったのは、直径数キロメートルぐらいはありそうな大空洞だった。

 天井の高さは、この入口付近は百メートルほどだが、ここから空洞の中央に向かって高くなっていき、おそらく一番高いところでは一キロメートルぐらいありそうだ。

 第六層が正確な円形かどうかはわからないが、空洞の形はドーム状になっているように見える。

 

 次に前方に目を移せば、この入口付近は草原になっていて、百メートル程先から森林が始まっている。

 天井を見なければ、ここが地球のどこかの森だと言われても、誰も疑わないに違いない。

  

「ここも月の内部なのよね?」

私が聞いた。


「わからない」

と、グレイグ。 


「芽依。ここは私も初めてだから、どんな魔物が出てくるかわからない。用心してね」

「うん」

 

「あれは、魔物か?」

雄一が右の上方を指した。


 そこを見ると何かが飛んでいる。

 遠くて細部や大きさは分からないが、シルエットを見た感じでは恐竜のプテラノドンのような形だ。 

 数は一匹。

 

「とうとう、飛ぶ魔物が出たな」

と、ブラッド。 


 その翼竜は森の上空を旋回しているだけで、まだ私たちに気がついてないようだ。

 

 魔物ならどこかで襲ってくるんでしょうけど、どうせ戦いになるならこの見通しがいい草原の方が対処しやすそうね。

 ああいう上空で獲物を待つタイプは目がいいから、草原に出ていけば向こうから来るに違いないわ。

 そしてここは第六層。第五層の魔物の強さから急にかけ離れた強さの魔物が出てくるとは思えない。

 なんとかなるはず。

 

「では、魔物に注意しながら前進」

私がそう言って、皆で森の方へ歩き始めた。 

 

 私たちが草原を森林まで半分のところまでやってくると、やはりその翼竜の様な魔物はこちらに気がついたようだ。

 私たちの方へ向かってくる。

 

「来るわ。散開して、迎撃準備!」


 私がそう指示すると、皆がそれぞれ三メートル程度の間隔をあけて武器を構える。

 いつものように後衛のグレイグとジョンはサブマシンガンを上に向けて、射程距離に入るのを待った。


 しかし、スピードが速そうなので、すぐにここまで来てしましそうだ。

 そうなると、銃弾が効かなかった場合はまずいので、私も同時に火の矢、ファイヤー・アローを放つことにした。

 

 ちなみに私は、この一週間の間にファイヤー・アロー以外にも、いくつかの魔法を試していた。

 その中でもアロー系は射出スピードが速く、速く飛んでいるものを射るのに向いていそうなので、ここで使ってみることにしたわけだ。

 

 銃の有効射程距離に入った所で私が指示する。

「撃て!」 

 

 同時に私もファイヤー・アローを放った。 


 相手はこちらに向かって滑空してくるので、正面の面積が小さくて当たりにくいのだが、それでも二人のサブマシンガンが放つ銃弾は数発が当っている。

 私のファイヤー・アローも肩の部分に当たった。

 しかし、翼竜はものともせずにそのまま突っ込んでくる。

 

 銃弾もファイヤー・アローも、あまり効いていないわ。

 

 翼竜は、地表に近づいたところで体を起こし、翼を広げてブレーキを掛けた。

 足の指を開いて降りてくるので、おそらくあれで私たちの誰かを捕まえようとしているのだろう。


「伏せて」

私が言って、翼竜の進路上に近い私や芽依、雄一が地面に伏せてやり過ごす。


 その翼竜の大きさは翼の端から端までが三メートルほどだった。

 足で私を捕まえようとしたようだが、急いで地面に伏せたために空振りに終わったようだ。

 その間にもジョンとグレイグがサブマシンガンを放つが、胴体に当たっても大してダメージは与えられていないようだった。

 

 そして翼竜は再び上昇し旋回して、今度は左上空からこちらに向かって滑空してくる。

 

「今度は私にやらせて」

と、芽依。


「何かいい方法がある?」

「たぶん、だけど」


 本人は「たぶん」とは言ったが、顔は自信がありそうだ。


「わかった。それじゃあジャックとブラッドは芽依を援護してあげて」

「わかった」「了解」


 今度は芽依が正面に立って魔法の準備し、その少し前でジャックとブラッドが盾を構える。 

 

 残りの私たちはいつでも回避できるようにしていた。

 

 再び翼竜が迫ってくる。

 すると芽依が魔法を放った。

「ストーン・ウォール」


 滑空してくる翼竜の眼の前に三メートル四方ほどの石の壁が突然現れた。

 

 ドゴン! 


 翼竜はそれに激突して、鈍く大きな音が響いた。


 昨日の午前中の練習では、芽依は魔法の腕輪だけでは一メートル四方ぐらいの石の壁を出すのが限度だったが、午後に第三層の石碑に触れて土魔法を覚醒したからだろう、巨大なストーン・ウォールも出せるようになっていた。

 しかも、すんなりと出したところを見ると、おそらく芽依は昨夜一人で練習をしていたに違いない。

 

 その石の壁に激突した翼竜は気絶をしたまま地面にずり落ち、それを見届けた芽依は石の壁をすぐに消した。 

 

「ナイスよ芽依! 今よ、全員で攻撃!」


 私がそう言って、皆で地面に横たわっている翼竜に集中攻撃をした。


 皆がそれぞれ自分が可能な中距離の攻撃手段で攻撃する。

 ジャックはあまり魔法が得意ではないのか、拳銃を使った。

 それ以外の皆は、先程の私の火の初級魔法やサブマシンガンの弾丸があまり効かなかったのを見ているので、魔法の腕輪による水や風の初級魔法を発射した。


 しかし、ジャックの攻撃も無駄ではなかったようだ。

 普通の銃弾でも翼の薄い部分になら穴を開けられることがわかった。

 同様に水や風の初級魔法も翼の薄い部分に穴を開けることができたが、胴体に致命傷を与えることは出来ていない。


 ところが芽依の放ったストーン・バレットは翼竜の体に突き刺さり、それがトドメめをさした。

 翼竜の体が消えて、後には四センチほどの緑の魔石が残る。

 

 やったわね。


「メイ、よくやった」「すばらしいぞ」

皆が芽依を褒めた。


 芽依はちょっと照れくさそうだ。

 

 よかった。芽依はこれで皆から真に受け入れられたわね。


 ブラッドがその魔石を拾ってくる。

「これは緑。風属性だ」


「つまり、風属性の魔物は土属性の攻撃に弱いってことか?」

ジャックが聞いた。


「それについては、四元論というのがある」

と、雄一。


「四元論?」

「ゲームなんかはそれに基づいて作られていると思うが、火と水は対立し、土と風は対立するという考えだな」


 火と水については、私もなんとなくわかっていたけど。

 そうか、風には土なのね?


「ということは、反対に土属性の魔物には風属性の攻撃がいい、ということだな?」

と、グレイグ。


「そうだろう」 


「でもよ。今までボスの火魔法は土属性のオークなんかにも効いていたぜ」

ジャックが聞いた。


 あーあ。とうとう「ボス」が定着しちゃったわ。


「あれは、オークがそれほど強くなかったからだろうな。スライムがどんな攻撃でも倒せるのと一緒だ」

「ということは、この六層以降は属性を考えながら攻撃をしないといけないか」

「少なくともその対立する属性以外のもので攻撃するなら、たとえば魔法なら中級の威力のもの、銃弾なら徹甲弾ぐらい持ってこないとダメかも知れないな」

「そうか」  


「ところで芽依は、それを知っていたの?」

私が聞いた。


「私が土魔法が得意ってこともあるけど、ゲームの知識でおそらくそうじゃないかと」

「そういうことね?」


 ゲームの知識、強し、だわ。

 

 ところがそこで、私は何かの気配を感じた。

「何か来る!」 


 皆が私の言葉を聞いて身構えて、上を見まわした。

 またあの翼竜じゃないかと思ったわけだ。

 

「相手は地上付近で、向こうから」

私がそう言って森の方を指した。


「となると、まさかこの六層は二種類以上の魔物がいるのか?」

ジョンがサブマシンガンを構えながら言った。


 私たちが身構えて待っていると、森の木々の間から一メートルほどの体長の緑色の芋虫のようなものが二匹現れた。

 しかし皆は、その姿を見てちょっと緊張が解けたようだ。

 

「なんだ。芋虫か。ちょっと俺がやってみる」

ジャックがそう言って、一人で向かおうとする。


 すると芽依も。

「あの魔物なら近接戦闘も楽そう」

そう言って、ジャックの後を追った。


 大丈夫かな。


「二人共、見た目で油断しないでね」 

私が二人に声を掛けた。


「おう」「はーい」


 しょうがない。

  

「それじゃあ、私たちはサポートするわよ。ブラッドとグレイグは芽依のサポートを、ジョンと雄一はジャックをお願い」

私が指示した。


「「了解」」


 皆は二人に遅れて後を追う。

 

 先にジャックと芽依が芋虫まで十メートル程まで近づくと、それぞれの芋虫が糸みたいなものを吐き出した。

 ジャックはそれを盾で避けようとし、芽依は体を射線からずらして避けようとする。

 ところが、その糸は芋虫が自由自在にコントロールしているようで、避けようとしたジャックや芽依の体に糸が巻き付いていく。

 まるで、糸が意思を持っているような動きだ。

 

「なんだこれは」「なによこれ」


 二人はぐるぐるに糸に巻かれて身動きができなくなった。

 ジャックはその糸を、持っていた剣で切ろうとしているが糸が丈夫で切れないようだ。

     

 私はその様子を見て指示を出す。

「グレイグとジョンは芋虫本体を攻撃して」


 私の言葉に、グレイグとジョンがマシンガンで攻撃する。

 雄一とブラッドはその間に魔法剣や剣で二人に向かう糸を途中で切ろうとしたが、切れないようだ。


 私はマシンガンで倒せなかった場合に備えて、魔法剣を準備して前に出る。


 しかし、芋虫はそれほど防御力は高くなかったようだ、マシンガンの攻撃で倒すことが出来て体が消えた。

 

 芋虫が消えた後には透明な魔石が残っている。

「無属性の魔石が出たわ」

私は拾い上げた魔石を皆に見せた。


「やったな」「とうとう出たか」「これで俺達も、身体強化を使えるようになるぞ」


 すると、後ろから。

「おーい」

ジャックが糸に巻かれて、もがいて助けを呼んできた。


 芽依も同じ様にもがいているが、声は出していない。

 

 おっと。二人を助け出さなきゃ。

 

 私たちは二人のところに行き、巻き付いた糸をナイフで切ろうとするが、なぜか切れない。


「なんだこの糸は。すごい丈夫だぞ」

と、ジョン。


「そうなんだ。火属性の魔法剣でも切れなかった」

雄一が言った。


「それじゃ、ほどくくしかないわね」


 私がそう言って、皆で二人の糸をほどいていった。


 糸が外れると二人が立ち上がる。

「助かった」「ありがとう」

そう言った二人は少しバツが悪そうだ。 


「二人共、油断しすぎよ」

と、私。


「すまん」「ごめん」

二人が謝った。


「じゃあ次回は芋虫に出会ったら、糸を吐く前に遠距離から本体を攻撃ということで」

「「了解」」


「だがこの糸は丈夫だし、芋虫が消えても残っているということは材料として使えるかも知れない。サンプルを持って帰ろう」


 グレイグがそう言ったので、皆が糸を巻き取ってグレイグに渡す。

 グレイグはそれ以外にも、近くの木の枝を切り取ってカバンに入れていた。


「じゃあ、もうちょっとだけこの辺りを見て回って、他の種類の魔物がいるかどうかを確認してから戻りましょ」

と、私。


 私たちはドローンも使い写真を撮りながら、もう一時間ほど第六層を歩き回る。

 そして途中で襲ってきた翼竜を二匹、芋虫を五匹倒してから基地に戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る