第38話 肩慣らし

 芽依がある程度魔法の腕輪に慣れてきたところを見て、私は皆を呼び集めた。

 

「みんな、集まって」


「おう」「どうした」 


「今日はこれから、皆に身体強化の訓練をしてもらおうかと思ってね。芽依に教えるから一緒に練習すれば効率もいいし」


「え?」「俺達も?」


 雄一には皆も身体強化ができる可能性を話してあったが、初めて聞いた皆は意外な顔をしている。


「そう。みんなは魔法適性者だから、魔法の腕輪に無属性の魔石カートリッジを付ければ、身体強化ができると思うのよ」


「まだ、誰かで試したことは無いんだな?」

ジョンが聞いた。


「研究員の美月とも相談したけど、理論的には可能なはず。そして将来ダンジョンから無属性魔石が大量に取れたら、常に使えるようになるから」


「「おー」」

皆から喜びの声が上がった。


「俺達もボスみたいに強くなれるんだな?」

と、ジャック。


「そう……じゃなくて、ボスはやめてよ。……ああもういいわ。ボスでいい」


 皆がニヤニヤしている。


 私が続ける。

「でも、無属性の魔石はまだ貴重だから、今日は一つだけしか用意できなかった。今日はそれを皆で使いまわして、感覚を掴んでもらうつもり」


 昨日私が思いついた事を美月に相談し、カーティス大佐にも実験する了承を得て、無属性の魔石を一つ出してもらっていた。


「なるほど。大量に出てくるとしたら第六層以降だからな。出てきてから練習を始めていては、遅い可能性も有るか」

と、グレイグ。


 実力を考えると、しばらくは私たち第一小隊しか第六層には潜れないだろう。

 第六層に一回でも足を踏み入れたら第六層では魔物が湧き出し始めるので、他の小隊に間引きを頼めない以上、私たちがへたをすると毎日入って倒さなければいけなくなる。

 そうなると、悠長に練習している時間は無いかも知れないのだ。


「じゃあ、まずはグレイグからやってみて。それじゃあ、芽依も一緒に」


「わかった」「うん」

グレイグと芽依が応えた。


「他の皆は順番がくるまでイメージトレーニングね。魔法はイメージが大切だから。おそらく皆、十回ぐらいずつは実際に練習できると思うわ」


 魔石カートリッジの魔力容量の関係で、五人が十回ほど練習したら魔力が尽きると思われる。

 

 私がグレイグに無属性のカートリッジを渡すと、グレイグがそれを自分の魔法の腕輪に装着する。

 私はそれを確認して、皆に説明を始めた。


「皆が見えるかどうかわからないけど、私たちの周りには魔素が充満しているわ。まるで霧のように漂っている。芽依はその魔素を自分の周りに引き寄せるイメージ。グレイグや他の皆はその魔素が魔法の腕輪から出てきて、それを全身に行き渡らせるイメージをしてみて」


「こうかな」

「むむ……」

二人は試行錯誤している。


 私はその間リラックスして、魔素の流れを見ていく。

「芽依はゆっくりだけど魔素が集まってる。グレイグは右腕だけにまとっているわ。体全体をイメージしてね」


「うん」「わかった」


「いいわ、その調子」


 二人共、薄っすらだけど全身にまとえたわね。

 

「それじゃあ、二人共そこにある重りを持ち上げてみて。もちろん、今までの自分の限界に近い重さの方が実感できると思うわ」


 芽依は五十キロの重りを持ち上げ、グレイグは六十キロの重りを持ち上げた。

 

「え?」「おっ」


「二人共どう? 違いを実感できた?」

 

「五十キロが軽く感じるわ」「すごいな」


「出来たわね。じゃあ、グレイグはジャックに替わって。芽依は今度は一度魔素を霧散させて、再び魔素をまとう練習ね。実戦で使う時に、なるべく早く身体強化できるように練習してね」


「うん。ところで、例えば手だけにまとったらダメなの?」

芽依が聞いてきた。


「それは、右手の拳で攻撃するなら右手だけでもいいんじゃないか、ってことよね?」

「そう」

「おそらくだけど、纏っていない部分の骨や筋肉、関節に負担がかかると思うのよ。だからできるだけ全身に纏ったほうがいいと思うわ」

「そっか。なんとなくわかる」


「筋トレも、全身くまなくトレーニングしないと筋肉のバランスが悪くなって、腰痛になったりするのと一緒だな?」

ジャックが聞いた。


「そういうことね」


 私は皆を順番に特訓していった。


 グレイグたち魔法適性者は魔法の腕輪から無属性の魔石を外すと、その時点で魔力制御ができなくなるようで、せっかく体に纏っていた魔素は霧散してしまう。

 でも今回は魔素を体に纏う練習なので、それはそれでかまわない。

 

 

 午前中の訓練が終わると、私はカーティス大佐に報告に行った。

 

「大佐。無属性魔石を皆に試してもらいましたが、上手く行きました。第一小隊の全員が、身体強化をできるのを確認しました」

「そうか。それはすばらしい」

「あとは、どこかの階層で無属性魔石が大量に出てくればいいのですが」

「そうだな。そうなれば、他の小隊も第六層へ入ることが容易になるだろう」


「では、そろそろ第六層に挑戦したいと思いますが」

「許可しよう。それで、メイ・ヨシダはどうするつもりかね?」

「午後から一度メイを含めて全員で第一層から五層までをざっと回って、大丈夫そうなら明日から一緒に第六層へ連れて行こうと思います」

「わかった。大丈夫だろうと思うが、気をつけるようにな」

「はい」  



 午後からは、第一小隊の皆でダンジョンの遺跡前にやってきた。

 

「おっ。ダンジョンに入るゲートが二つになっているぞ」

初めて見たジャックが驚いている。


 実は、私と雄一以外の皆は、二週間の休暇を取って地球の自宅に帰っていたので、ここに来るのは久しぶりだった。

 休暇をとって地球に帰れたのも、地球との間にゲートが出来たおかげだ。

 

 アメリカ出身の皆は、ゲートを通りアメリカのシャトルの基地経由で自宅に帰った。

 グレイグの自宅はイギリスだが、イギリスにあるアメリカ軍の基地ともゲートでつなげたので、彼も二年ぶりに自宅に帰ることが出来たようだ。

 

 私と雄一は、この基地に来てから二ヶ月も経っていなかったし、自宅に帰ってもやることがないから長期休暇は取らなかった。

 その間は二人で訓練をしたり、ダンジョンに潜って魔物を倒していた。

 それで私たちは、昨日食堂で計った時にレベルが一つ上がっていたわけだ。


「あのあと、第五層に見つかった奥の部屋まで、ここから直接行けるようにゲートを設置したから。右側が前と同じ第一層行きで、左側が第五層の奥行きね」

私が説明した。


 第五層の奥とは、あの制御室と第六層への分岐がある部屋だ。


「そりゃあ、楽だな」

と、ジョン。


「それで、今まで通り第五層からも第六層に行けるのか?」

ブラッドが聞いてきた。


「あの隠し部屋から奥の部屋に行く扉は閉め切りになっているわ。そうしないと、オークが奥に入って来てしまう可能性があるから。それに、第六層以降の変異種が第五層に出てこないようにするためもあるわね」

「なるほど、それであそこに戦車があるのか」


 つまり、第五層より上と、第六層より下の層を完全に分けてしまったわけだ。

 もちろんそれは、オークが間違って奥の部屋に入って来ない様にするためもあるが、もし第六層以降の変異種が出てきた場合、第五層より上で間引きをしている小隊、つまり強い敵と戦ったことがない小隊の隊員たちが不意をつかれて襲われるのを防ぐことができる。

 実際に、第三層から狼の変異種が出てきたときには、第一層でスライムの間引きをしていた第八小隊の隊員たちが被害にあっている。


 しかしそうなると、今度はこの入口の遺跡に第六層以降の強い変異種が直接出てきてしまう可能性があるわけだが、それについては大佐が対策を考えてあった。

 今までは、この月の基地にスペースシャトルで大きな武器を持ってくることは容易ではなかったのだが、今では地球の基地とゲートで結ばれているために、戦車や装甲車を容易に持ってくることが出来るようになったわけだ。

 

 というわけで、この遺跡の入口の近くには戦車が二両と機銃付きの装甲車が二両、そしてこのダンジョンの入口を囲む塀の外にも、同様に二両ずつが配備されている。

 あとは、もし空を飛ぶ変異種が出てきた場合に備えて、追尾式や誘導式のミサイルも配備された。

 

「では、準備が良ければ入るわよ」

「「了解」」

私が言って、皆が応えた。


 

 全員で第一層から順に入っていく。

 昨日お試しで芽依と陽向には入ってもらったが、今日は芽依には皆と連携して戦うのに慣れてもらう予定だ。

 芽依には私と同じく遊撃に入ってもらって、いつものフォーメーションでダンジョンを進んでいく。

 

 もちろん、第一層のスライムは問題なく倒していく。

 その後第二層へ向かったが、最近はすべての小隊が五層まで入るようになったので、どの層も間引きされていて出てくる魔物の数は少なかった。


 第二層以降では、芽依が初めての魔物と接したときには、まずは後ろで魔物の動きを観察してもらい、芽依が自分で大丈夫そうだと判断すると、芽依にも魔物を倒してもらった。

 芽依は一角うさぎは蹴りで対応していたし、狼は素手だった。


 そうやって、第三層の奥の部屋にやってきた。

 

 皆にはそこで休憩してもらって、私は芽依を呼んだ。

 

「芽依」

「何?」

「ここに触れてみて」


「例のあれね?」

芽依はそう言って石碑に触れてみる。

「あっ」


「どうだった?」 

「土魔法覚醒だって」

「よかったじゃない」

「うん」


 芽依が午前中に土魔法が気に入って、そればかり練習していたせい?

 それとも、元々縁があったのかな?

 どういうスキルが授かるのかは、全然法則がわからないわね。



 休憩が終わると、皆で第四層、第五層へと降りていく。


 芽依は、第四層のゴブリンに対しては蹴りなどで軽々倒していたが、第五層のオークにはちょっと手こずっているようだ。

 突きや蹴りの接近戦が基本だから、身長が大きく手には武器を持っているオークには手を焼いてた。


 それでも、少しずつ慣れてきた身体強化を使い、オークが剣を振りかぶった瞬間に懐に飛び込んで拳や蹴りで倒したり、それに慣れてくると土魔法も試していた。

 例えば先程は、オークの顔面に土魔法の石の礫を発射し、それでオークが怯んだ瞬間を狙って懐に飛び込んで、突きなどで倒していた。

 魔法と空手を上手く使い分けている。 


 ちなみに、オークが芽依の初級の土魔法一発だけでは仕留められないのは、オークが同じ土属性だからだと思われる。

 

 

 そして、今日最後の第五層の隠し部屋にやってきた。

 さっそく芽依が石碑に触れてみる。

 

「念動力だって」

芽依が私に言ってきた。


 念動力って……?


「それって、物を魔法で持ち上げたり動かしたり出来るのかしらね」

「そうかも」 


 あっ。そういえばジャネットが正体がバレた時に使っていた気がする。

 あれか。

 

 でも芽依のユニーク魔法は念動力で、ローザのユニーク魔法はテレポート。

 魔法能力者の二人はユニーク魔法が有るのに、私には無いのはなぜ?

 

 それとも、気がついていないだけで、何かの能力が有るの?

 

 ……もしかしたら気配察知が私のユニーク魔法なのかしら。

 日本では昔の侍が出来ていたらしいから、鍛錬すれば誰でも出来るのかと思っていたけど、違うのかしらね。

  

 まあでも、これで芽依も第五層のオークをうまく処理できるようになったし、問題なさそうね。

 これなら、明日から一緒に第六層に潜っても大丈夫そうだわ。

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