第36話 不良グループ

 救助や警察への説明で二、三十分取られたが、私たちは芽依と陽向が待っている車に戻ってくる。


「おまたせ」「待たせたな」


「あれが身体強化の力なんですか?」

陽向が興奮気味に聞いてきた。


「そうよ」


 レベルの数値だけではピンと来なかったみたいだけど、実際にドアを引きちぎったのを見て身体強化の凄さがよりよくわかったみたいね。


「明美さん、すごいわ」

芽依の私を見る眼差しは、尊敬の眼差しに変わっていた。 


「二人共、練習をすれば同じことができるようになるわよ」


「頑張る!」「……」


 芽依はやる気に燃えているようだけど、陽向は少しは興味が出てきたっていうところかな?

 でも、まだ踏ん切りがつかないみたいね。

 

「じゃあ、陽向くんの家に向かいましょうか」 


 

 雄一が車を出し、私たちは再び西へと向かった。

 

 雄一が運転しながら聞いてきた。

「しかし、ここでも身体強化できるんだな? あそこにいる時と同じレベルなのか?」


「いつもと同じぐらいのイメージで掛けてみたけど、ちょっと弱かった感じがしたわ。だいたい一割減ぐらいかしらね」


 レベルに換算すると、いつもなら身体強化をすると56ぐらいになるところが、一割減でレベル50ぐらい、といった感じだ。


「それでも、十分すごいことだ」

「でも、腕輪に無属性の魔石を着けて補助に使ったら、遜色そんしょくがなくなるんじゃないかという気がするのよ」

「そうなのか? でも、無属性の魔石か……」


 あれ?


「今自分で言ってて思いついたんだけど、雄一たちも無属性の魔石を腕輪に着けたら身体強化できるんじゃない?」

「それはぜひ試してみたいな」

「今は無属性の魔石が貴重だから実験できないけど、どこかで無属性の魔石を落とす魔物が沢山出てきたら」

「どこかで大量に取れたら、ぜひ試してみたいな。そうすれば今後、どこかで強い魔物が現れた際に俺達でも役に立てると思う。第五層の変異種もそうだったが、今は明美に任せっきりだからな」


 どこか、と言うのは、もちろん第六層から下のことだ。

 

 今は他のチームの実力が上がるまでは、第一小隊も第六層に入るのを待っている状態だ。

 なぜかというと、他の層でもそうだったが、第六層に第一小隊が足を踏み入れた途端に魔物が湧き始めることが予想されるから、他の小隊が入る実力が無いうちに第一小隊が先に進むと、第六層の間引きを第一小隊だけでやらないといけなくなる。

 

 でも、先程雄一のレベルが一つ上がっていたことを見ても、他の小隊のメンバーも少しずつだけどレベルが上がってくるはずよね。

 おそらく、そろそろ第六層の探索ができるようになりそうだわ。



 私たちが陽向から教えてもらった住所にやってくると、前方に数人の高校生たちがたむろしているのが見えてきた。


「どうしよう」

陽向が恐々と。  


「あいつらだわ」

と、芽依。


「もしかして、陽向くんを狙っていた不良グループ?」 

私が聞いた。


「そう。あの真ん中にいて、顔がれているのが健吾って言って、リーダーよ」


 陽向の家の前で帰ってくるのを待っていたようだ。


「あの腫れは、さっき芽依が殴ってできたものだから、僕たちが行ったら半殺しにされるかもしれない」

陽向が恐々言った。


「いいわ。私がガツンと言ってあげるから」

と、私。


「でも……」

「大丈夫。ああいうやつらは、本来臆病なのよ。だから集団で行動するの。一度ガツンとやれば、ビビって手を引くと思うわ」


「ほどほどにな。でもどうする? 明美なら大丈夫だと思うが、なんなら手伝うぜ」

と、雄一。


「大丈夫よ。私は身体強化すると銃弾も効かないから。雄一は念の為にこの子たちを守っていて」


 実際に銃弾を受けたことは無いけど、普通の銃弾ならたぶん大丈夫だと思う。


「わかった」


 雄一が少し手前で車を止めると、私たちは車を降りる。

 私は身体強化をして一人で前に出た。

 

「あっ。帰ってきました」

取り巻きの一人が健吾に知らせた。

 

「陽向のやつ、助っ人を呼んだのか!」


「あなたが、不良グループのリーダー? 健吾とか言ったっけ?」

私が聞いた。


「それならどうした」

「もう、あの子達に構うのはやめなさい」

「テメエには関係ねえだろ?」

「どうしてもと言うなら、私が相手するわ」


 そこに、彼らの後ろからチンピラ風の男がもう一人現れた。

「どうした?」


「兄貴。こいつが……」


 あら? あいつって確か……。


 すると、その兄貴と呼ばれたチンピラ風の男は私を見るなりハッとする。

「あ、あいつはヤベえ」


「え?」


 そのチンピラ風の男は、前に私がレストランで働いていた時に、殴り倒したやつだった。

 私の同僚に痴漢したやつだ。

 きっと健吾というやつと懇意こんいで、芽依への対策として呼んでいたのだろう。


「俺は用事を思いだした」

そう言うと、そのチンピラ風の男は早足でその場を立ち去ろうとする。


「あ、兄貴?」

「もう、俺を呼ぶんじゃねえぞ」


「そっちの助っ人は逃げたみたいだけど、さあ、どうする?」

私が聞いた。


「お前ら、俺達だけでやるぞ」

と、健吾が取り巻きたちに。


「お、おう」「でも」「え?」「本当にやるのか?」


「どいつもこいつも」 

健吾は皆が気後れしているのを見て、一人で木刀で私になぐりかかってきた。


 私はそれを素手で掴んで木刀を奪う。

 

「なんなんだ、いったい!」

健吾が驚いている。 

 

「さあ、これで正当防衛成立ね? どう料理してあげようか」 

私がそう言ってニヤリとする。


「自衛隊か何かは知らねえが、暴力をふるっていいのか?」


 健吾は私の制服を見て、自衛隊じゃないかと思ったようだ。


「あら、私は自衛隊じゃないわよ。日本の機関に属していないから、あななたちを痛めつけても日本の法律で罰せられることはないわ。治外法権というやつね」


 私は日本の国籍があるから厳密に言えば治外法権ではないが、時にははったりも必要だろう。

 

「お、おい、お前ら!」 


 健吾は後ろの取り巻きたちに声を掛けたが、後ろの六人はすでに戦意喪失しているようだ。

  

「さあ。次は誰が相手?」 


 私はそう言って、今奪い取った木刀を手だけでへし折った。 

 バキッ! 


 それを見て健吾を始め七人の顔が青くなる。

「ば、化け物だ!」


「失礼しちゃうわね!」

私が腰に手を当てて言った。 

 

「お、おぼえてろ」


 健吾がそう捨て台詞を言って、七人は逃げていった。

 

「こういうやつは、どこでもいっしょね?」

 

 

 後ろで見ていた雄一たち三人がやってくる。

 

「ありがとうございます」

と、陽向。


「あなたも、身体強化を練習すれば同じぐらいのことはできるはずよ」


 と、言ってもだめか。

 陽向は強さを求めていないのね?


「でも、さすが明美さんね。暴力を使わずにあいつらを追っ払うなんて」

芽依が言ってきた。


 そう言えば芽依は、あの健吾というやつを殴り倒したんだっけ。


「私も、少し大人になったかも」

「そうなの?」

「さっき逃げていったチンピラ風の男。実は、私が二ヶ月ぐらい前に隣町のレストランで働いていた時に、同僚に痴漢したから殴り倒したのよ」

「さすが明美さん。尊敬するわ。これから、姉御あねごって呼んでいい?」

「まって。それだけはやめて」


「はは」「ふふ」「くく」

皆が笑った。


 私は陽向に向き直る。

「じゃあ、陽向くん。もう大丈夫だと思うけど、何かあったら連絡してね」


「え? 僕はあそこに残らないのに?」

「これも縁だから。できるだけ力になるわ」


「私もよ」

と、芽依。


「……ありがとう」

陽向は自分の家に入っていった。

 

 

「さて。次はあなたの家ね」

私が芽依に言った。


「私、荷物だけ取りに寄って、そのままあそこに戻ってもいい?」

「え? ご両親はそれで大丈夫なの?」

「うちは子供に関心がないから」


 私は雄一と顔を見合わせる。


「別にいいんじゃないか? うちの場合は逆に子供に期待し過ぎで、俺は家を出たんだけどな」

と、雄一。


「ふーん?」  

  

 私たちは車に乗り込んで、今度は芽依の家に向かった。 

 

 芽依の家は川の近くで、あまり大きいとは言えない家だった。


 雄一が家の近くに車を止めると、私が振り返って後ろの席の芽依に言う。

「じゃあ、外で待っているから。もし、ご両親に挨拶が必要なら呼んで」


「わかった。すぐ戻るから」


 芽依はそう言って家の中に入っていった。

 

 

 数分後、その家の中から何か言い争っている声が聞こえてきた。

 私は雄一と顔を見合わせる。

 

「どうやら、親と相当うまくいってないようね」


 私がそう言うと、雄一は肩をちょっとすぼめてみせた。



「もうここには帰ってこないから!」


 最後に芽依の声が響いて玄関の扉をバタンと勢い良く閉ざし、こちらに戻ってきた。


「おまたせ」

芽依は学生服を私服に着替え、カバン一つだけ持ってきたようだ。


「じゃあ、行くけどいいわね?」

「大丈夫」



 私たちは芽依を乗せて基地に戻ってきた。

 もうこれからは一緒に攻略チームで働くので、帰りは目隠しはしなかった。


「これって何!?」

芽依はワープゲートを見て驚いている。


「ワープゲートよ」

「それって……」

「あとで、ゆっくり説明してあげる」


 

 帰ると私は大佐に報告し、芽依はダンジョン攻略チームに入ることになった。

 ただ私の時と違って、まだ実績がないので仮入隊だ。

 それでも給料は出るから、生活に不自由はしないだろう。

 

 そして彼女は英語があまり得意ではないので日本人がいるチームの方がいいというのと、私が魔法の指導をすることもあって、私たちのチームで預かることになった。

 


 ーーーーーーーーーーー

 

 この物語はフィクションであり、実在するいかなる国や団体、機関とも関係ありません。

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