第33話 脱走

 陽向と芽依は、月基地の病院の治療室でベッドに横になっていた。

 

 いくら月の基地は極秘だからといって、地球に戻してから治療をしたのでは助かる命も助からないこともある。

 そこで、二人はそのまま月の基地内にある病院に運び込まれたわけだ。


 その部屋は廊下に面した壁の上半分がガラス張りになっていて、今はそこから中の二人を見ながら医者と軍人たちが話をしていた。


「二人の容態はどうだね?」

カーティス大佐が医者に聞いた。


「低体温症です。もう少し遅ければ、命にかかわりました」

「では、助かるのか」

「はい。今は体温が戻って、普通に寝ている状態です」


「それで、どうやってトラックに紛れ込んだんだ?」

大佐は今度は少佐の階級章を付けている軍人に聞いた。


「はい。運転手の話によりますと、地球の日本で食材を調達した際に、運転手が目を離したすきに乗り込んだのではないか、ということです」

「日本からか。横田基地からゲートに入る際にも荷台をチェックしなかったということか」

「おそらく平時ですし、運転手が顔見知りだったので、兵士もチェックしなかったのでしょう」

「それはちょっとゆるすぎだな。次からは、ゲートをくぐる前に荷室の確認を徹底させないとな」

「はい」


「それで二人は未成年のようだが、身元は調べたのか?」

「はい。所持していた電話機の番号から調べました。少年の名前はヒナタ・オノ。少女の名前はメイ・ヨシダ。双方とも十八才で、怪しい履歴はありませんでした」

「鬼人かどうかのの検査は?」


 現在は異星人のことを、コードネームで「鬼人オーガ」と呼ぶようにしている。

 マスコミに情報が漏れた時に、「異星人」ではインパクトが大きいということが理由の様だ。

 映画などでは、異星人が圧倒的に高度な技術で侵略してきて人類は太刀打ちできないという様なイメージがあるので、言葉の印象だけでパニックにならないようにするためと思われる。

 もしかすると、ファンタジー好きの人間が関係者にいて、その影響もあるのかもしれない。


「例の魔道具で確認しましたが、変装ではありませんでした」

「鬼人の工作員の線は消えたか」

「はい。それで、彼らの扱いをどうしましょうか」

「では、寝ているうちに日本の横田基地へ移送するか」

「わかりました」

「では、あとは任せる」

「はい」



 陽向と芽依は少し前に目を覚ましていて、寝たふりをしていた。


「行った?」

陽向が芽依に聞いた。


「行ったみたいね」

 

「これから、どうしよう」 

「ここは病院みたいだけど、さっきの外国人は軍服みたいのを着ていたから、どこかの基地かも知れないわ」

「アメリカ軍の基地か。うちの近くなら横田基地?」

「そうかもね」

「勝手にトラックに乗って、怒られそうだ」

「しょうがないわよ」

「親に電話されたら、親からも怒られる。うちの父親はうるさいから」

「今、仕事でアメリカに行っているんだっけ?」

「そう。僕も来週ぐらいに向こうに行くことになってるんだけど」

「うちは放任主義だから、何も言われないと思うわ」


「いいな。でも、どうしよう」

「何をそんなにビクビクしているの?」

「親はアメリカの大学に行けっていうんだ。多分向こうで入学審査の手続きをしていると思う。でも、今回米軍基地に侵入したことがわかったら、審査で落ちるかも」

「でもしょうがないじゃない。わざとじゃないんだから」

「あーどうしよう」


「しょうがないわね。それじゃあ、逃げる?」

「え?」

「服も持ち物もそこにあるみたいだし。そっと基地から抜け出せばなんとかなる?」

「そんなに簡単に行くかな?」

「ほら、横田基地なら端まで行けば、低い金網しかないじゃない。あれを登ればすぐに出られるわよ」

「そうか。それなら、逃げようか」

「今ならさっきの軍人や医者もいなわ。逃げるなら今のうちよ」


 二人は診察着から、横の棚においてあった自分の服に急いで着替える。


「見ないでよ」

と、芽依。


「見ない、見ない」 

 

 学生服に着替え終わると、二人はこっそりと病室を抜け出した。

 

 人が歩いて来そうになると、横の通路や誰もいない部屋などに身を隠して、とうとう病院の外に出ることが出来た。

 

「どっちに行けばいいの?」

「あっちは?」

「そうしよう」


 しかし、芽依が気がついた。

「ねえ、ちょっと待って。ここ、どこだろう」


「どこって、横田基地じゃないの?」

「上を見て」


 すると、遥か上に天井があった。

「え?」


「それにほら、向こうを見て」


 芽依が指した方を見ると、草原が見える。


「あれは滑走路じゃないわよね?」

芽依が続けて聞いた。


「草原に見える」

「ここはどこ?」

「自然っぽい天井があるということは地下みたいだけど、こんな広い地下なんて」


 すると、スピーカーから音声が流れた。英語だ。

 

「ねえ、なんて言ってるの? 留学するなら英語もちゃんと勉強してるんでしょう?」 

芽依が聞いた。


「えーっと。病棟から二名の民間人がいなくなった。見かけた者は司令部に知らせるように。だって」

「やっぱり私たちの事? でも、もう抜け出したのがバレちゃったのね?」


「もう、僕の人生は終わりだ」 

そう言って陽向は頭を抱えた。


「また。大げさな」



 すると後ろから声が掛かった。

「あなたたち」

日本語だった。


 二人が振り向くと、そこには顔立ちが日本人らしい若い女性が立っていた。

 しかし髪の毛は染めているのか、ブロンドに近い茶色だ。

 年齢は自分たちに近い感じだが、青い軍服を着ている。

 

 

  △▽△▽△▽△▽△▽

 

(ここからは、主人公である明美の視点に戻ります) 

 

  

 私は基地の司令部がある建物から、宿泊棟の自分の部屋に戻ろうとしていた。

 

 あら?

 学生服を着た人がいるわ。

 なんでここに? 

 

 すると、スピーカーからアナウンスが流れる。

「病棟から二名の民間人がいなくなった。見かけた者は司令部に知らせるように」


 彼らのことね?


 私は後ろから二人に近づいた。 


 すると二人の会話が聞こえてくる。

「もう、僕の人生は終わりだ」 

「また。大げさな」


 いったい、何をやったのかしら。

 病棟からいなくなったということは、なにか病気なの?

 でも、日本の高校生みたいだし、通報するよりも先に私が話しかけたほうが良さそうな気がする。

 

「あなたたち」

私は日本語で声を掛けた。 


 すると、二人が私の方を振り向く。


「逃げるわよ」

女子の方がそう言って駆け出し、やや遅れて男子の方も駆け出した。


「あ、待って」


 しょうがない。

 

 私は身体強化をしてダッシュし、二人を追い越して前に立ちはだかる。

 

「え? いつの間に?」

と、男子。 

 

「どいてよ!」

女子が言い放った。


「だから、待って」

私はそう言って両手を軽く広げる。


「どかないと、殴るわよ」


 この子はなんなの? もう。


「やってみたら?」

「なら」


 彼女は空手の正拳突きをしてきたが、私は素早くその拳を手のひらで止めた。


「くっ」

彼女はさらに回し蹴りをしてきたが、私はそれも腕で止める。


 彼女の動きは速いけど、動きが見えるわね。こちらは痛くもないし。

 これも、身体強化のおかげね。

 

 彼女がすばやく体勢を立て直して、今度は双手突きというのだろうか、左右の手で上下同時に突きをしてきたが、私はその両手を掴んだ。

 すると彼女はそれ以上動かすことが出来ないで、あがいている。

  

 でも、身体強化をしていないのにこの威力と速さはたいしたものね。

 私も身体強化をしてなかったら、ダメージを受けたかも知れない。

 

「ちょっと。放して」

と、彼女。


「あなたは、相当なお転婆ね。私よりひどいわ」

「お転婆で悪かったわね」

「私は太田明美。同じ日本人よ。別にとって食おうというわけじゃないんだから」


「あのー。僕たちは何か罰せられるんですか?」

男子の方が聞いてきた。

 

「何か悪いことをしたの?」

「いえ。トラックの中に隠れていたら、気がついたらこの基地にいて、怒られそうだから逃げようって」


「逃げるも何も、ここから逃げるのは……」

私は途中まで言い掛けて言葉を切った。


 事情がわからないけど、ここが月だとかゲートのこととか、言っちゃいけないわね。


 私は月のことは言わずに、続ける。

「……でも、悪いことをしていないんだったら、罰せられることはないと思うわよ。だからこれ以上抵抗したり逃げたりしないで。それに外に逃げようにも、ここから出るには厳重に守られている門を通らないと逃げられないし」


「わかったわ。でも、太田さん強いのね。それに速くてよくわからなかったわ」

女子はそう言って力を抜いた。


 私も力を抜いて手を放す。

「私も鍛えているからね」


 あら?

 

 私は力を抜くと、二人の周囲に魔力がまとわりついているのに気がついた。


 二人はそれを有効に使えてはいないようだけど、魔法能力者なのね?

 もしかして、拾い物かも。

 

 でもまずは、大佐に連絡ね。


「ちょっと、責任者に連絡を取るから、待っててくれる?」


「何かされない?」

女子の方はまだ疑っている様だ。


「なにかあったら、私がうまく言ってあげるから」


「ありがとうございます」

そうお礼を言った男子の方は素直そうだ。


 私は、無線で連絡する。

「大佐、太田です。病棟からいなくなった民間人二人を見つけました。研究棟と病棟の間です」


(今行く)

「一応私が説得して、これ以上逃げないよう言って納得してもらったので、驚かせないようにあまり大人数で来られない方がいいかと思われます」

(わかった)



 ーーーーーーーーーーー

 

 この物語はフィクションであり、実在するいかなる国や団体、機関とも関係ありません。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る