第二章 新しい仲間

第32話 芽依と陽向

はじめに


 しばらく視点が第三者視点になります。

 

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 平日の昼少し前。

 高校の制服を着た男女が、時折後ろを気にしながら東京郊外の住宅街を走りぬけている。

 二人はどうやら、誰かから逃げているようだ。

 

 百メートルぐらい離れて、その後ろから追いかけてくるのは、同じ高校の制服を来た男子が六人。

 手には木刀などを持っている。

  

「待て! このやろう!」


 追いかけている男子が叫んだ言葉に、逃げている女子の方が走りながらつぶやく。


「馬鹿じゃない? そう言って待つやつなんかいないわ」


 彼女の名は吉田芽依よしだめい。女子高生らしく、髪は肩の辺りで揃えている。

 容姿は美人の部類に入り、しっかりとした顔立ちだ。

 彼女は運動部なのか、先程から走っていてもそれほど疲れていないように見える。


 一方、いっしょに逃げている男子は息が上がっているようだ。


「僕はもう……これ以上走れない」


 彼の名は小野陽向おのひなた。ちょっと気弱そうな男子高校生だ。


陽向ひなた、もうちょっとだから。あいつらだって、そろそろバテる頃だから」

「やっぱり、金を払った方がよかったかも」

「何言ってるの。きっぱり断らないと一生続くよ」

「そんな事言ったって。僕は芽依めいみたいに強くはなれないよ」


「しょうがないわね。それじゃあ、次の角を曲がったら隠れるわよ」

「え? うん」


 芽依と陽向は角を曲がると、そこにあったソーセージ工房の敷地内にある駐車場に入った。

 そこには、コンテナ付きの二トントラックが停まっていて、二人はその横の陰に隠れる。

 

「タイヤの横に隠れて」 

「うん」 

 

「どこに行った!?」

と、道の方から二人を探す声。


 やがて、足音が遠ざかっていく。


「どうやら、巻けたみたいね」

芽依が陽向に言った。


「ごめん。僕のために」

「いいのよ。幼馴染じゃない」


「でも、このあとどうしよう」

「しばらくここに隠れていて、一時間ぐらいしたら帰ればいいよ。今日卒業したんだから、もう学校であいつらには会わなくて済むし。もし家に押しかけてきたら警察を呼べばいいから」


「でも、芽依はすごいな。あいつを素手で殴り倒しちゃうんだから」

「そりゃあ、空手やってるからね。でもあの不良グループのリーダー的な存在の健吾さえ倒せば、他のやつは怖気づくと思ったんだけどね」

「あいつらも、何もしなかったら後で健吾に怒られるからじゃないかな」

「でもあいつら木刀なんかも持ってきて、男のくせに卑怯だわ。こっちもなにか武器でも持ってくればよかった」

「すごいな芽依は。でもこれからは、芽依が目をつけられるんじゃ?」

「私はなんとかなるわ。相手が一人か二人だったら楽勝だし、もし向こうが数で来るなら、こっちだって道場の先輩とか応援を呼ぶから」


 陽向の家はわりと裕福で、不良グループに目を付けられ度々金を無心されていたが、今までその事は幼馴染の芽依にも言っていなかった。

 芽依は部活で忙しかったし、帰宅部の陽向とはなかなか一緒に下校することはなかったのだが、今日の卒業式の帰り道に久々に二人で一緒に帰っていると、陽向に電話がかかってきた。

 電話を受けた陽向の様子がおかしかったので芽依が聞くと、不良グループのリーダー的存在の健吾からの呼び出しだった。

 芽依が問い詰めると、陽向は今までも度々金を無心されてきたことを打ち明けたのだ。

 それを聞いた芽依は、自分が一緒に行ってあげるから、ここできっぱりと断るように勧めた。

 

 そして先程近くの河原で健吾と会うことになったわけだが、二人で河原に行くと健吾と六人の取り巻きが待っていた。

 はじめは言い出せなかった陽向だが、横にいた芽依に促されて、もうこれ以上金を渡さないことを言った。

 しかし、相手も簡単に金づるを手放すわけがない。

 やがて芽依と健吾で言い争いになり、業を煮やした相手は今にも暴力を振るってきそうだった。

 鍛えている芽依でも流石に木刀などで殴られたら無傷ではいられない。そこで、二対七では分が悪いと判断した芽依は、先手を打ってリーダーの健吾を殴り倒した。

 それで他の六人が戸惑っているスキに、二人は逃げ出したわけだ。

 


 しばらくすると、ふたたび数人が戻ってくる足音。

 

 その六人が話している声が聞こえてくる。

「見失ったのはこの当たりだよな」

「手分けして探すか?」


「あの健吾がやられたんだ。全員で当たらないと勝ち目がないんじゃないか?」

「逃したら、あとで健吾に殴られるぞ」

「俺は、親の都合で来週引っ越すから」

「なんだよそれ。抜けるのか?」

「いいから探せ」


「このソーセージ工房は?」

「見ていくか」


「あいつら、しぶといわね」

芽依が小声で言った。


「どうする?」

と、陽向。


「えーっと……あっ。このトラックの後ろが開いているわ。一時的に中に入って隠れよう」

「大丈夫?」

「あいつらに捕まるよりは、ここの人に怒られる方がマシじゃない」

「……わかった」


 二人は周りに注意をはらいながら、トラックの後ろから乗り込んで荷物の間に隠れた。

 積んである荷物はどうやら食材のようだ。

 このソーセージ工房のダンボールもあるし、他で仕入れてきたと思われるケースも積んであった。

 しかし二人はとにかく隠れることに夢中で、このトラックが仕入れのために寄っただけで、すぐに出発することに気がついていない。

 それに、荷室に冷蔵機能があることにも気がついていなかった。

 

 すると外から男性二人の話し声が聞こえてくる。


「トイレを借りられて助かった。急に腹の調子が悪くなってな」

「お大事に……。それで、次回も三日後に用意しておけば大丈夫ですか?」

「ああ、そう聞いてるが、基地の方から前もってメールで発注書が届くと思うから」

「わかりました」

「ここのソーセージは基地の隊員の評判がいいらしいから、今後も続くと思う」


「あっ。扉が開けっ放しのようです」

「しまった」

「でもまあ、今日はそんなに気温が高くないから大丈夫だと思いますが」

「それじゃあ」

「ありがとうございます」

 

 工房の裏口からトラックの運転手と見送りに工房の人間が出てきたようだが、運転手は荷室をチェックすることなく、二人が隠れている荷室の扉を閉めた。

 

「あっ」 

「やばいわ」

荷室の中に隠れている陽向と芽依。


 扉が閉まると、荷室の中は真っ暗になってしまった。

 

「どうしよう真っ暗で見えないよ」

「そうだ。スマホのライトよ」 

 

 その後トラックがかすかに揺れて、その直後に荷室の上から冷気が降りてきた。


 二人はスマホをポケットから出してライトをつける。

 そして立ち上がって扉の方に行こうとするが、トラックが発進したようだ。トラックが曲がったのだろう、遠心力がかかってバランスを崩してうまく歩けない。


 それでも二人はドアの方になんとか移動するが、内側から開けるレバーなどは見当たらなかった。


「内側から開けられないよ」

と、陽向。


「ねえ! 誰か!」 

芽依は声を出して扉を叩いたが、トラックはすでに道に出たようで誰も気づいてくれないようだ。

 

「ぶるぶる。寒くなってきた」

「寒いわね」


 二人はそれぞれ手をこすり合わせたり、腕で自分の体を抱えたりしながらその場にしゃがみ込む。


「このまま凍死するかも」

「でも冷凍じゃなさそうだから、大丈夫じゃない?」

「芽依は、いつも楽天的だね」

「悲観したってしょうがないじゃない。トラックが目的地に着くのを待つしか無いわ」

「早く着かないかな」



 二人を載せたトラックは、四十分後アメリカ軍横田基地に入っていく。

 

 基地の中を通り、ある倉庫の前で一旦停止した。


「おかえり。規則だから、一応IDカードと積荷目録を見せてくれ」 

と、倉庫の前で警備をしている兵士。


 平時だからそれほど厳しいチェックではない。


「はいよ」

 

 運転手は兵士にそれを見せる。

 

「オーケーだ。通ってくれ」

「ごくろうさん」


 倉庫の扉が開くと、運転手は倉庫の中にトラックを進めた。

 倉庫の中にはさらに倉庫のようなものがあり、その前にいた兵士がボタンを押してその入口のシャッターを開けてくれる。

 するとその奥には光を放ち垂直に立つ膜のようなものがあった。表面が波打っている感じで大きさは三メートル四方ぐらいだ。

 

「ゲートが出来て月との行き来が便利になったもんだ」

と、運転手。


「そうだな。さあ、入ってくれ」 

兵士がそう言って、手で進むように合図した。


 運転手はその光りの膜に向かってトラック進め、そのまま膜の中に消えていった。

 

  

 そのトラックは今度は別の場所の光の膜から出てくる。

 そこも倉庫の中のようで前方にはシャッターがある。トラックがそのシャッターの前に来ると自動的にブザーが鳴って、外からカメラで確認した兵士がそのシャッターを開けてくれた。

 

 トラックがその倉庫を出ると、目の前には広大な草原が広がっている。その草原はどこまで続くのか、端が見えないぐらい広かった。

 しかし上を見れば、はるか上に天井があるようだ。

 

 ここは月の内部にある大空洞だった。

 今ではアメリカ本土以外にもゲートが設置されていて、そのゲートを通って食材を調達したトラックは月の基地に戻ってきたのだ。

 

 トラックが出てきた倉庫の並びにはいくつか建物が建っていて、トラックはその建物の一つの裏手に向かう。

 搬入口の前でトラックを止めて、運転手が荷室の扉を開けると、荷室には少年と少女が眠るように倒れていた。

 

「あっ。だ、誰かー!」

運転手が声を上げた。



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 この物語はフィクションであり、実在するいかなる国、団体や機関とも関係ありません。 

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