第31話 思い出の品

 私たちはダンジョンを出て基地に戻った。

 外で見張りをしていた三人は、おそらくアランの騒ぎは聞こえていただろうが、私たちが制御室へ転移してからのことは知らないので、ダンジョンを歩いて戻る間に何があったかを説明しておいた。

  

 訓練場の前の駐車場に戻ってくると、車を降りるなりジャックが、 

「そろそろ食堂が開く時間だな」

と言いながら、腹のあたりをさする。


「俺も腹が減ってきたところだ」

雄一が言った。


 先に夕食を済ませようかしら。


「じゃあ、皆で夕食ね?」

私がそう言って、皆でそのまま食堂に向かった。



 皆で夕食を取っていると、自然と先程の話になる。

 

「お嬢が言う通りアメリカの基地とここをつなげることが出来たら、もしかしたら地球からここに通勤できるかも知れないな」

ジョンが言ってきた。


 グレイグがそれに応える。

「この基地に誰もいなくなることはないだろうが、交代で半分ぐらいの人員はそうなるかもしれない」


「もしかしたら、そのうち日本やイギリスなどの関係国にもゲートを設置するかも知れない。そうなったら、グレイグもちょくちょく家に帰れそうじゃないか」

と、ブラッド。


「ああ。そうなったら、皆がお嬢に感謝するぞ」


 そうか。もう二年も地球に帰っていない人がいるって言ってたけど、きっとグレイグもその一人なんだわ。


「喜んでもらえるなら良かったわ。それで、地球との間にゲートが設置できたら、物の輸送も楽になるでしょ? そうなったら、レストランのデザートの種類も増えそうだわ」


 私がそう言うと、皆が笑った。

 

「はは」「お嬢らしい」「わかるわかる」 


 私は皆から笑われて、頬を膨らませた。



 私達は夕食を済ませると、それぞれ自分の部屋に戻った。

 そして私は、まずは野戦服を基地内で着用する制服に着替える。

 

 でも、あのアランまでが異星人の工作員だったなんて。

 次にスージーに会ったらなんて言おう。

 そう言えば大佐が説明してくれるって言ってたけど、なんて言うのかしら。

 

 そうだ、これからスージの様子を見に行こう。

 もうこの時間なら、彼女は部屋にいるか、食堂にいるわよね?

 でも、さっき食堂では見かけなかったから、部屋に行ってみよう。

 

 

 私はスージーの部屋に行った。


 ブザーを押してインターホンで声を掛ける。

「スージー、いる?」 

 

「その声はアケミ?」

「そうよ」


 すると、スージーがドアを開けて戸口に出てくる。

 目が赤いので泣いていたようだ。

 

 ということは、もう知っているのね?


「入って」


 私はそう言われて、スージーの後について部屋の中に入る。

 スージーがベッドの上にうつむいて座ったので、私も彼女の横に座って肩を抱いた。

 

「大丈夫?」 


「アケミ、アランが……」

そう言ってスージは泣き始めた。


 やっぱり、聞いているのね?


「残念だわ」

「アケミも部隊の誰かから聞いて、来てくれたのね?」


 そうか。第二小隊の誰かから聞いた可能性もあるか。


「スージーは誰から聞いたの? 大佐から?」

「そう。今さっき、大佐が説明に来たわ」


 やっぱりカーティス大佐ってマメなのね。

 でも、この様子だと真実は言われてないのね?

 もちろん大佐が彼女に、アランは異星人が化けていた、なんて言うとは思わないけど、私達がその場にいてポチが元アランを瀕死にしたことも言ってないようだわ。

 

「大佐は、なんて言ってた?」

「アランは、戦闘中に魔物にやられたって」

「魔物?」


 あれ? ポチって魔物なのかしら。違うわよね?

 そうか。私が大佐にポチのことを「従魔」って紹介したから、魔物だと思っているのね?

 でも、魔物の事を言ってもいいのかしら。


「魔物と戦っていることは聞いていたけど、彼は大したことないって言っていたのに」

「もしかしてアランから魔物のことも聞いていたの?」

「そう。アランから聞いていたわ。大佐にもどこまで聞いているか聞かれて、全部知っているって言ったら、本当のことを話してくれた」


 あっ。そういうことなのね? すべてを言ったわけじゃなさそうだけど。

 でも、今はスージーを慰めなくちゃ。

 

「スージー……」  

「やっと、長く付き合えそうな人に出会ったと思ったのに」


 楽しかった思い出とかを話してもらうと、気が休まるかな?


「ねえ、二人の思い出を聞かせて?」

「思い出? なんかそう言われてみると、あまりないけど。あっ、そう言えば思い出の品ならあるわ」

「プレゼントをくれたの?」 

「違うの。ちょっと預かっていてくれって」

「え? 何それ」

「えっと、カバンだけど」

「何が入っているの?」

「見てないわ」


 彼は異星人の工作員だったのよね。

 何か手がかりになるようなものかしら。

 

「もしよければ、見せてくれない?」

「……いいわ。もう、彼はいないし」


 スージーはベッドの下から、金属製のスーツケースのような物を引っ張り出した。

 横幅は六十センチほどで、厚さは二十センチほどのしっかりした物だ。

 

 異星のものかと思えば、デザインは地球で作られた物っぽいわね。

 そりゃそうか。

 奇抜なデザインの物だと、注目を集めるからね。

 

 スージーはそれを開けようとするが、鍵がかかっているようだ。

「開かないわ」


「鍵は預かってないのよね? 私が、無理やり開けてみていい?」

「いいけど」


 私は身体強化をして、鍵の部分を引きちぎった。

「よっと」 

 

 バキッ。

 

「怪力なのね!」

スージーが驚いている。


 私は黙って笑顔を返し、そのケースの蓋を開けた。

 すると、中には何かの機械が入っているようだ。

 異星の先端的なものではなくて、なんだか地球の物っぽい。

 

 でも私は、その中にタイマーのようなものを見つけてしまった。


 これってカウントダウンしてる!?

 

「まさかこれって、爆弾!?」 


「え?」

スージーも私の横に来て、恐る恐る覗いてみる。


 カウンターは動いているが、ゼロになるにはまだ時間がありそうだ。


「ちょっと連絡するわ」

私はそう言って携帯端末で大佐に連絡を取る。

「大佐、今よろしいですか? 実はスージーの所に来ているんですが……」


 大佐に連絡すると私たちは部屋を出て、爆発物処理班の到着を待つ。

 

 そうか、アランは自分の部屋に置いておくと何かあったら調べられるから、スージーを利用したんだわ。

 もしかして、初めからそのつもりでスージーに近づいたのかしら。

 そうだとしたら、許せないわね。

 

 きっと何日かに一回この部屋に遊びに来て、スージーが見ていない間にタイマーをセットし直していたって感じかしら。

 そうすれば、もし自分が捕まった時に爆弾を発見されなくてすむし、自分になにかあったら何日か後に自動的に爆発する。

 まあでも、あの爆弾がどれぐらいの威力があるのかはわからないけど、少なくともこの宿泊棟を破壊するぐらいの威力はあるんだろう。

 それで夜中は宿直以外のほとんど全員がこの棟で休むから、その時間を狙えばこのプロジェクトにかなりのダメージを与えられることは確かね。



 その間もスージーは新たな理由で泣き始めたようだ。

「あれが爆弾だとしたら、私って裏切られたの?」 


「もう、アランのことは忘れたほうがいいわ」

「もう、男なんて信じられない」

「そうね」


 するとスージーが私を見つめてくる。

「アケミ……」


「何?」

「今、やっとわかったわ」

「なにが?」

「今まで男性と長続きしなかったのは相性だと思っていたけど、私、女性が好きなのかも」

「え?」

「ねえアケミ、私と付き合って」

「えっ!? 私はそういうのはちょっと」

「いいじゃない。ねえ?」


 私は後ろに少し下がるが、スージーが抱きついてきた。


「あ……」


「あっそうか。アケミにはユウイチっていう人がいたんだっけ」

そう言ってスージーが私から離れる。


「そ、そうよ」


 すると、後ろから声がかかった。

「俺が何だって?」


 そこにいたのは雄一だ。

 スージーは私の後ろに雄一が来たのを見て、離れたようだ。


「えっ? 雄一? どうしてここに?」

「あっ。俺は警察にいたとき、爆発物処理班も経験しているからな。呼ばれたんだ」

「そうなの?」

「でも、この基地にも専門の人員がいるから、俺はサブ。手伝いだな」


 その間にも、スージーの部屋に爆発物処理の二人が道具が入ったカバンを持って入っていき、雄一も続けて入っていった。


 そこにカーティス大佐もここにやってきて、今は私たちと一緒に処理班の報告を待っている。

 

 

 しばらくして爆発物処理班が大佐のところへ報告に来た。

「確かに時限式の爆弾でしたが……」


「なんだ?」

「あれは小型核爆弾です。中身は前にアメリカの基地から盗まれたものです」

 

 え? 核爆弾!?

 ということは、この棟はおろか、上にある月面の施設まで含めてすべて吹き飛ばすつもりだったのね?

  

「解除は可能か?」

「はい。このタイプの構造は知っていますから」

「では処置を頼む」

「ハッ」


 どうやら大丈夫そうね。

 もし手間取るようなら、ゲートを使ってどこかに送っちゃおうかと思ったけど。


 その後、爆発物処理班の二人と雄一は、持ってきた台車に爆弾を載せてどこかへ運んでいった。

 安全になると、スージーは寂しそうに自分の部屋に戻る。

 

「アケミ・オオタ小尉。またしても助けられたな」

と、カーティス大佐。


「いえ。偶然が重なっただけですから」




 次の日、私達第一小隊はカーティス大佐に呼び出された。

 今は大佐のオフィスにいる。

 

「今回、プロジェクトの目的の一つでもある制御室を見つけた功績により、第一小隊は全員が一階級昇進となる」


 大佐がそう言うと、皆がお礼を言う。


「「ありがとうございます」」


「さらに、アケミ・オオタ少尉はもう一階級昇進で、大尉に任ずる」

と、大佐。

 

 え?


 他の第一小隊の皆が私に笑顔を向けてきた。 

 

 でも……。

 

「でも、一度に二階級はいくらなんでも」

私が言った。


「いや。これは将軍と私からの推挙だ。制御室の発見にも貢献し、さらに今回この基地の約千人の命を救ったのだ。いや、もしかしたら地球の未来をもかもしれない。国連軍には叙勲の制度がまだ無いから、それを加味した昇進となる。元々将軍からは制御室を掌握できた時点で貴官を大尉にしてもよいと言われていたしな」


 地球の未来?

 ああ。もしあの核爆弾でこの基地とここにいる皆が死んでいたら、侵略者が将来やってきた時に対抗する有力な手段の一つが無くなっていたということね。


「はあ」


 あっ。しまった。つい本音が出てしまったわ。


 私は姿勢を整えて敬礼をする。

「ありがとうございます」


 こうして第一小隊は皆が昇進し、私は大尉になった。


 私はやはり、将来は軍の広告塔になるんなんだろうな。

 まあいいけど。


「それとゲートを設置する場所が決まったので、オオタ大尉は残ってくれ。それ以外は辞令を受け取って解散」


 皆が大佐に敬礼して部屋を出ていき、私だけが残った。



「それではこの後、ゲートを設置して欲しい」

大佐が言ってきた。


「あ、はい。あれは、私の知っている場所でないとダメなようなので、知らない場所なら一度その場所を見る必要があります」

「わかった。当面、常時つなげる場所は三箇所だ。一箇所目は、この基地の会議室の一つから月の制御室へ。二箇所目は、ダンジョンの入口の遺跡から第五層の奥に新たに見つかった部屋まで。そして三箇所目は、この基地の倉庫からアメリカのシャトルの基地の倉庫までだ。将来的には、アメリカ以外にも日本やイギリスなどの関係国の基地にも設置するとになると思う」

「アメリカの基地については、私の記憶にあるシャトルの待合室に一旦つないでから、現地に行って実際につなげる倉庫の下見をしたいと思います」

「よろしい。それでは、まずは制御室につなげるゲートを設置する会議室に案内しよう」


 私はゲートを設置する場所を確認すると、大佐のオフィスから制御室にゲートで向かい、会議室と制御室をゲートでつないだ。

 当面はその会議室は制御室行きのゲート専用になり、セキュリティが強化され、常時見張りが置かれることになる。

 そして大佐のオフィスへのゲートは閉じておいた。

 

 二箇所目は、ダンジョンの入口の遺跡のゲートの脇にもう一つゲートを設置し、そこと第五層の隠し部屋の奥にあった部屋までをゲートでつなげると、その部屋の入口の扉は閉じておいた。

 そうすれば、第五層のオークがそこに入って来ることはできなくなるし、第六層の攻略が始まったら入口の遺跡から第六層への階段前まで直接行ける様になる。

 第六層への入口はまだ開けていないが、攻略が始まったら私が一回行って開け放しにしておけばよい。

 

 そうすることによって、今後は私がいちいちその壁まで行って魔力を流して扉の開け閉めをする必要はなくなるから、私が月に常時いる必要がなくなる。

 どうやら幹部たちは、今後地球で異星人の工作員が発見された場合、それでもし各国の警察や軍が手に余るようならたら、私に出向いて行って対処してほしいようだ。


 三箇所目の、この基地とアメリカの基地もうまくつながったようで、これでシャトルを使わなくても地球との行き来が瞬時に出来るようになった。


 

あとがき


 これで第一章は終わりです。

 

 第二章は、しばらく間をおいてから開始予定です。  

 第二章では新たな仲間が増え、明美たちの活躍の場は地球とダンジョンの両方になる予定です。

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