第30話 制御室

 大佐が、基地に残っている少佐に無線で状況を説明している。


「……そういうことだ……よろしい、そうしてくれ。あとは、アラン・アドコック軍曹の部屋や荷物を調べさせるように。以上だ」

最後にそう言って無線を終了した。

 

「でも、よりによって異星人の工作員がアランだったなんて……」

私がこぼした。


 ちょっとした習慣の違いから異星人だってバレそうな気がするのに。

 正体がばれるリスクを冒してまでスージーと付き合っていたのはなぜかしら。

 スージーが異星人好みってこと?


「彼をよく知っていたのかね?」

大佐が聞いてきた。


「補給部にいた時に、同僚のスージーが彼と付き合っていました」

「なるほど。それで、二人は親密だったのか?」

「おそらく」

「それなら、後で私からスージーには説明しておこう」

「恐れ入ります」 

 

「でも。どうして彼が異星人だとわかったのかね?」

「先程、アランがその石碑の文字を読んでいるのを見ましたが、彼は消えた文字を自分で再び光らせていました。この文字は魔法能力者でないと光らせることが出来ません。そして先日大佐から、この基地では魔法能力者はジャネットと私だけだと聞いていました。魔法が使えることを隠す理由は個人的なものである可能性もありますが、異星人の工作員ということがバレないようにしていた可能性もあると思い、『真実の鏡』で確かめました」


「ふむ。先程のポチと言ったか? 色々と用意が良かったようだが、こうなることが予想できていたのかね?」

「まず私は、もし基地に異星人の工作員がまだいるとしたら、月の中枢部である制御室を確認したいか、あわよくば破壊したいのではないかと考えました。それが第二小隊のアランということまではわかりませんでしたが、誰かがこっそりつけてきて、何かの理由を付けて合流してくる可能性を考えていました」


 制御室が確認されてから異星人の工作員が後日忍び込んでくる可能性もあったが、その時にはここの警備が厳重になっているかもしれない。

 それなら例えばだが、異星人が化けている誰かが「呼ばれたので来ましたが、何かの間違いでしたか?」とか適当なことを言って、今ここにやってくることを私は想定していたわけだ。


「なるほど」

「そして以前シュウキと対峙したときもこのポチ、いえ従魔がいて助かりましたので、今朝早くこの従魔をローザに預けておいたわけです」

「そうだったのか。しかし少尉。次からは私に予め相談して欲しいものだな」


 あっ。私たちだけで進めたのはまずかったか。


「申し訳ありません」

「私も、貴官からもう少し信頼されるように務める」

「恐縮です」


「基地に紛れている工作員を探すために、真実の鏡を利用した防犯カメラを明日から基地内に設置する予定だったのだがな。彼はどこかで防犯カメラの噂を聞いて、その前にと思ったのかも知れない。それでロング少尉に、今回一緒に入ることを願い出たのだろう」

「はい」


 各小隊長には今日私たちが制御室を調べることが知らされていたらしいから、それがアランにも伝わって、第二小隊の底上げのために同行させてもらいたいという話になった、といったところかな。


 あら? ポチは?


 もうローザのリュックに戻ったのね?  

 

「それでは、制御室に進もうか」

と、大佐。


「はい」

私は大佐に返事して、小隊の二人には注意を促す。

「一応ジャックと雄一は、何かが出てきたときのために警戒を」


 制御室から何かが出てくるとは思えないが、念の為だ。

 昨日この部屋を開ける時に、グレイグに言われたばかりだし。


「「了解」」


 何かが飛び出してきた時のために皆には少し離れたところにいてもらい、私だけが奥の壁に近づいて右のマークに触れて魔力を流す。

 

 すると、フッと目の前の景色が変わった。

 

「え? これって」


「転移ね」

ローザが言った。


 そうか、ローザは自分の能力で転移ができるから、すぐにわかったのね?


「ここはどこなんだ」

この声はたぶんエルマンに違いない。


 見回すと、あの部屋にいた全員が別の部屋に転移させられたみたいだ。

 皆も辺りを見回している。


 その部屋は直径二十メートルほどの円状になっていて、中央には材質のわからない肘掛ひじかけけの付いた椅子が一つあるだけだ。

 部屋にも椅子の周りにも、計器らしいものやスイッチらしいものは見当たらない。

 

「ここは制御室ではないのか?」

大佐が聞いた。


「まだわかりません。今、調べてみます」

美月がそう返しながら、中央にあるその椅子に近寄って注意深く観察し始める。


 前の部屋で魔力を使って扉を開けたことを見ても、スイッチなどの機器類を使用しているとは思えないわね。

 となると、もしここが制御室だったとしても、魔力などで操作するんだと思う。

 ここは、ローザや美月に任せたほうがいいわね。

  

 でも、石碑に書いてあった「どちらかに進むことが出来る」とは、こういうことだったのね?

 扉が開いて進むわけじゃなかったんだ。

 もしかしたら魔物がここに入ってこないように、人間だけを転移している可能性もあるのかしら。

 でも、ローザに預けてあるポチもいっしょに転移できたみたいだから、どういうことかしら。

 ポチは私が作ったから? それともローザが抱えていたから?

 よくわからないわね。


 部屋の中央にある椅子をくまなく調べていた美月がローザを呼ぶ。

「ねえローザ、これは何だと思う?」


「今行くわ」

壁のあたりに何か情報がないか見ていたローザが美月の元へ向かった。


 どうやら椅子の座面に何かあるようだ。


「これは先程のマークと似ているわね」

そう言って、ローザが私を見つめてくる。


 マーク?

 ああ、私が魔力を流せばいいのか。

 ローザはここで魔力を流すと、今まで隠していた自分も魔法能力者だということがバレてしまうからね。

  

「つまり、そこに魔力を流せばいいのね?」

私がそう聞いて、二人のところに行く。


「魔法が使える人が座ればいいだけの可能性もあるわ」

「じゃあ、とりあえず座ってみる」


 私はゆっくりとその椅子に座った。  

 すると突然、何かの知識が私の頭の中に流れ込んできた。

 

「これって……」


 私がそう言いかけるとほぼ同時に、部屋の壁が消えたかのような感じになる。

 壁があった所には星が見えていた。

 

「えっ?」「おっ」「これは!」

皆が驚きの声をあげた。 

 

 そして足元を見れば、はるか下に月面が見えている。

 まるで、私たちが月の上空の宇宙空間に浮いているようだった。


 すると後ろで雄一が言ってきた。

「こっちには地球が見えるぞ」


 皆がそちらを見るとたしかに地球が見えている。


「もしかして、壁や床は全面モニターみたいなもの?」

美月が言った。


 宇宙空間にいて呼吸が出来るわけないから、周りは360度のモニターのような感じで、月の北極の数十キロ上空からの視点になっているのだろう。

 でも、その仕組みは全くわからない。


 私はその間にも、頭に流れ込んできた知識を整理する。


 ああそうか。

 この椅子は操縦席なんだわ。

 そして、思うことで月を自由に動かすことできる。

 重力もダンジョンもゲートの転移先もすべて思いのまま……。

 やろうと思えば……。

 

 私は一旦席から立ち上がった。

 すると、まわりの景色が元の円形の部屋にもどる。

 

「オオタ小尉」「アケミ」「お嬢」

皆が私に説明を求めて注目する。 


 でも、すべてを言っていいのかしら。

 差し障りが無いところだけ説明しておいた方がいい気がする。

 

「座ったら色々なことがわかりました。まずこの椅子は操縦席に間違いありません」

私が大佐に説明した。


「どのようにして操縦するんだね?」

「ここに座って、そうしたいと思うだけです」

「つまり、操縦桿のようなものはなく、意志の力で指示をするということなんだな?」

「はい」


「これはまさか、貴官しか操縦出来ないのか?」

「魔法適性者以上であれば、月を動かす事はできるはずです」

「先程、座ったら色々なことがわかったと言ったが」

「はい。座った瞬間に、そういう知識が流れ込んできました」


「魔法適性者か」 

そう言って大佐は、部屋にいるメンバーを見回す。

「では、カジワラ軍曹。座ってみてくれ」


「はい」

雄一は返事してその椅子に座った。


 すると、再び周りが宇宙空間の景色になる。


「私にも、操縦ができそうです」

雄一が大佐に言った。


 雄一にも、操縦法の知識だけに違いなが、頭に流れ込んできたようだ。


「よろしい。とうことは、パイロットの人選は楽そうだな」


 魔法適性者は五人に一人ぐらいはいるから、例えば空軍のパイロットなどを引き抜いて連れてくるのもありだろう。

   

 私だと操縦以外にも色々できそうだけど、それを言ったら私はこの月から永遠に出してもらえなくなりそうだからね。

 でも、これぐらいは言ってもいいか。


「大佐。あと、ワープゲートの設置も可能なようです。ただこの操作は、ここいいる人間では私以外はできないと思われます」

私が言った。

 

 コンピュータの管理者権限みたいに、権限に段階があるみたいだから。

 でもおそらく、ローザならゲートの設置もできると思うけど。


「ワープゲート?」

「あのダンジョンの入口にあったゲートのようなものを、例えば司令部とここの間に設置するとか。あとはこれは試してみないとわかりませんが、月の基地と地球の基地をつなぐ事もできるかもしれません」

「それは本当かね!?」

「少なくとも、ここと司令部をつなぐのは確実にできると思われます」

「ではつないでみてくれ」

「はい」


 私は再び雄一と席を替わった。

 そして、今朝訪れた大佐のオフィスと、この部屋をつなげるイメージをする。

 ゲートの大きさは自由に設定できるみたいなので、人が二人ぐらい通れる大きさをイメージした。

 

 すると、部屋の中にダンジョンの入口にあったのと同じ様なゲートが出来た。

 

「大佐のオフィスとここをつなげてみました」


 大佐は一瞬ためらったが、そのゲートに自ら入ってみる。


 すぐにまた出てきた。

「確かに私のオフィスだった。もし地球にもつなげられるならそれはすごいことだが、これは向こうの基地の司令官とも打ち合わせする必要があるだろう。それで、これは何箇所までという制限はあるのだろうか」


 制限は無いみたいね。


「得た知識によると特に制限は無いようです」

「なるほど」

「大佐のオフィスとここをつなげたままにしますか?」

「とりあえず今はこのままつなげておこう。再設置する場所は基地に戻ってから検討する。では一度基地にもどろう」


 私が椅子から立ち上がっても、一度設置したゲートは消えないようだ。


「それでは、我々第一小隊は外に三人を待たせていますので、ダンジョン経由でもどります」


 外とは言ったけど、この部屋がダンジョンの近くにあるとは限らないんだけどね。


「わかった」


「ダンジョンの元の部屋に戻るには、そのマークに魔力を流せば良さそうよ」

ローザが私にそう言って壁を指した。


 そこには、ダンジョンの隠し部屋にあったようなマークがある。

 そうだった。

 戻り方を教えてくれなかったら、しばらく探すところだったわ。


「ありがとう」


 そしてさらにローザは、私にポチが入ったリュックを渡してくる。

「はい。もう大丈夫そうだから、返しておくわね」 


「助かったわ」


「ワン」 

ポチもリュックから首を出して、ローザに別れの挨拶をしたようだ。


 大佐と研究員たちはそのゲートから基地に戻り、それ以外の私たちは部屋の壁にあったマークに魔力を流して、元のダンジョンの奥に転移して戻ってきた。

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