第29話 工作員

 私たちが話しながら待っていると、カーティス大佐が最後にやってきた。

「楽しそうだな。準備はいいか?」


 第一小隊と第二小隊が敬礼して迎える。


「準備完了です」「第二小隊も準備完了です」

私と第二小隊の小隊長が答えた。


「研究班も揃っているな。ではダンジョンに向かおう」


 私たちは数台の車に分乗して、ダンジョンに向かった。


 ダンジョンに着くと、すでに第三、第四、第五小隊が露払いで先に入っているようだ。

 アームガードの携帯端末に、現在ダンジョンに入っている隊名が表示されていた。


 

 今回は第二小隊がいるので、大佐や研究員の護衛は第二小隊にまかせて、私たちはいつものフォーメンションで先導する。

 他の隊が露払いをしてくれているので、私たちは難なく第四層に到着した。

 

 今日は研究員たちもいるので、本来なら第四層や五層も他の隊に露払いしてもらいたいところだが、他の隊では知恵を使って襲ってくる魔物に対峙した経験が少ない。

 もちろん怪我を覚悟で行かせれば出来ないこともないのだろうが、今は国や地球の存亡を掛けた戦時ではないので隊員の安全を優先しているのだろう。

 しかし、侵略者の存在が明らかになった以上、そうも言っていられなくなるはずだ。

 

「第四層、五層には昨日入ったばかりなので、魔物はまだそんなに増えていないと思われますが、ここで数を減らしてから進みます」

私が大佐に言った。


「やってくれ」


 まず、いつものようにジャックが笛を吹く。

 そのまま少し待っていると、通路の奥に七匹ほどのゴブリンが現れた。

 

 今日は私が少し前に出て、前衛のジャックやブラッドが念の為に盾で皆を守る。

 そして大佐や研究員たちと護衛の第二小隊には、魔物が来ない階段で待機してもらった。

 

 私はゴブリンを十分に引きつけてからファイヤー・ボールを放つ。

「ファイヤー・ボール」 


 もしこれで討ち漏らしたのがいれば、後衛のグレイグとジョンがサブマシンガンで倒す予定だ。

 

 しかし、私の魔法も初めてダンジョンに入った時に比べると、レベルが上がったからか威力も速度も増しているようだ。通路いっぱいの大きさのファイヤー・ボールを高速で放つと、七匹すべてを一度で始末することが出来た。

 火球が通ったあとには魔石が七個、通路に転がっている。

 

「「おおー」」

私の攻撃魔法を初めてみた大佐や研究員のエルマンが感嘆の声を上げた。


「これじゃあ、あまり我が隊の参考にはならないな。なあアラン?」

第二小隊の隊長がアランに言った。


「そうですね」


 もしかしたら、アランが第一小隊の戦い方を見てみたいと言い出したのかも知れないわね。

 でも、この隊は私が魔法でほとんど殲滅せんめつしてしまうから、あまり参考にならないのは確かだわ。


 さて。それじゃあ、次は……。


「ジョン。ドローンで偵察を」


 私はジャネットがやっていたように、ジョンに指示してドローンを飛ばしてもらう。


「了解」


 それによると、これから通る通路の近くにはもうゴブリンはいないようだ。


「ゴブリンは近くにいないようです。それでは進みましょう」

私がそう言って、皆を先導して案内していく。


 今日は護衛対象がいるので魔石を拾わないで素通りしようとすると、美月が魔石をせっせと拾っているようだ。

 

 私はそれを待つ間も気をめぐらして、魔物が近くにいないかを探す。

 まだゲームなどのようにはっきり分かるわけではないが、私は近くに魔物がいればなんとなく分かるようになってきていた。

 しかし、護衛対象がいるのに「なんとなく」ではまずいので、先程はドローンで確認したわけだ。

  

 遠くにいるみたいだけど、近づいては来ないみたいね。

 まだ発生したばかりなのかもしれないわ。このまま進んでも大丈夫そうね。

 

 

 第五層でも同じ様にして、私たちは奥の隠し部屋までやってきた。

 

 しかし、部屋の中からオークの気配がする。

 どうやら一匹迷い込んだらしいが、少し知恵があるので、私たちを待ち伏せしているみたいだ。

 

 ドローンで確認してもいいけど、ドローンが壊されちゃいそうだし。

 

「中に一匹にいるわね。皆さんはここで待っていてください」

私はそう言って、魔法剣を手に持ち一人で隠し部屋に向かう。


「お嬢は、気配で魔物がいるかどうか分かるみたいだ」

「侍だな」

ジャックとジョンが後ろで言っていた。


 どうやらジョンは日本の時代劇を目にしたことがあるみたいだ。

 侍が道の先に隠れている刺客などを気配で察知する場面でも見たのだろう。 

 

 私は部屋の入口まではゆっくりと、そして足音を消さずに歩き、部屋の入口までやってくると身体強化をして目にも止まらぬ速さで駆け込んで、待ち伏せしていたオークの意表をついた。

 入口の横に隠れていたオークは私を一瞬見失ったようだ。そこを火属性の魔法剣で袈裟斬りにして瞬殺した。


「ブオッ!」

オークが声を上げて倒れ込むと、まもなく体が消えて三センチほどの黄色い魔石が残る。

 

 私は通路に出て皆を呼んだ。

「もう入っても大丈夫です」


「うむ。さすがだな」

大佐がそう言って、皆が歩いてくる。


 さて。

 いつものように見張りを残したいけど、この部屋の前に残す見張りは、第二小隊では心もとないわね。

 彼らはオークとまともに戦ったことがないはずだから。


「グレイグ、ブラッド、ジョンはここでオークが来ないか見張っていてくれる?」 

「了解」


 いつもは二人の所を今回三人にしたのは、私達がさらに奥の部屋に入るので、もしオークが現れてもすぐに駆けつけられないからだ。

 でも、近くには魔物の気配はもうし無いし、もし現れても一、二匹程度ならこの三人なら大丈夫だと思う。


 見張りで残る三人以外の皆がその部屋に入った。

  

 部屋に入ると、真実の鏡であらわになった隠し扉は開いたままだ。 

 私が先頭になって、そのまま隠し扉を通り、例の石碑の前までやってきた。

 

 私が一見何も文字が無い石碑に手を触れると、魔力の文字が再び浮かび上がる。

 この文字は魔法適性者以上でないと見れないのだが、見たい人もいるだろうと思ってサービスのつもりで触ったわけだ。

 

 そして部屋の奥には二つの小さな三角のマークもある。

 昨日は開閉スイッチと思われるそのマークがあることだけは確認しておいたが、魔力を流して実際に開くことはしなかった。

 左のマークに魔力を流せば第六層への階段が現れ、右のマークに魔力を流せば制御室への扉が開くはずだ。


 続いて第二小隊の六名も後ろから入ってくる。

 第二小隊のメンバーは魔法の腕輪をしている者としていない者が半々のようなので、おそらく三人は石碑の文字は見えていないはずだ。

 魔力の文字が見えない者は、字が書かれていないその石碑を不思議そうに眺めたり、この部屋の中を見回していた。

 

「では、大佐。制御室への扉を開きます」

「頼む」 

私が言って、大佐が応えた。


 しかしその時、第二小隊のアランが石碑の文字を読んでいる姿が目に入った。


 彼はあの文字が読めるのかしら。

 彼は腕輪をしていないけど、魔法適性者だったのね?


 ところが、その石碑の文字が時間が経って消えたのを、彼は手を触れて再び文字を浮かび上がらせて続きを読んでいた。

 

 待って。彼は魔法能力者なの? まさか……。

 

 私は制御室への扉を開ける前に、美月から借りていた真実の鏡をカバンからそっと出した。


 これを念の為に持って来てよかったわ。


 そして、私はその鏡をそっと覗いて、そこにいる皆を確かめた。

 

 やっぱり。

 あの文字を光らせることができるのは魔法能力者じゃないとダメなんて知らなかったんでしょうけど、うかつだったわね。

 でも、なんでよりによってアランなの。

 スージーが悲しみそうだわ。ゴメンねスージー。

 

 私はそのままローザのところに歩いていき、ローザに耳打ちする。

「アラン」

と、一言。   

 

 ローザはうなずくと、私から離れアランの後方へと歩いていく。

 

「大佐、もう少しお待ちください」 

 

 私はそう言って、石碑を読んでいたアランに近づき、真実の鏡を彼に向けて魔力を流した。

 

 すると、アランの顔がらめき鬼の様な顔が現れる。


「ん? 今の光は?」

アランはまだ、自分の変身が解けたのに気がついていないようだ。 

 

 真実の鏡が見つかってからまだ全隊員への説明はしていないし、彼は仲間だったジャネットとの連絡が途絶えて、薄々彼女がやられたことは気がついているかも知れないが、どうやって見破られたかまでは知らないのだろう。

 

 しかし、周りにいた皆が驚いてアランから遠ざかった。

 ジャックと雄一は武器や盾を構えて戦闘体制に移る。

 私は身体強化をして、魔法剣を手に持った。


「あ、アラン・アドコック軍曹か? その顔は……?」

状況がよくわかっていない第二小隊の隊長が恐る恐る聞いた。


「ロング少尉、後ろに下がれ。彼は異星人だ」

大佐が第二小隊の隊長に言った。


 すると、元アランはハッとして周りを見回し、次に自分の顔を触った。

「解けたのか。そうか、ジャネットはこのせいでバレたのか」


 やっとわかった様だ。

 

 元アランからは、シュウキほどの強い魔力の気配は伝わってこないわ。

 おそらく、あのシュウキよりだいぶ弱いはず。

 だからもし、私たちを闇魔法で縛ってきたとしても、身体強化した私ならなんとかなる。

 まずは降伏をうながそう。まあ、ダメだとは思うけど。 

 

 私が魔法剣を突き出して、元アランの喉元に突きつける。

「観念して」

 

 するとアランが何かの魔法を小さく詠唱したようだ。

 次の瞬間、アランの姿が消えてしまった。

 

 え? 何この魔法? やばい。

 

 私は魔法剣を構えて、攻撃に備える。

 しかし、少し待っても私に襲いかかって来る気配がない。


 元アランは逃げるの? それとも、ここにいる他の誰かを攻撃するの?

 見えないって厄介ね。これも闇魔法かしら。

 

 ん?

 

 その時私は、なにか空間の一部が揺らめいているのを感じた。


 これは魔力のゆらぎ? ……もしかして元アランがそこにいるのかも。

 

 そのゆらぎは、大佐に向かっているようだ。


 そうか、彼はアサシンタイプなのね?

 対象にそっと近づいてサッと殺し、再び隠れる。

 そして、重要人物から先に狙っているんだわ。


 私は素早く魔法剣を構えて、そのゆらぎに向かう。

 

「そこね!?」

私は魔法剣を突き出した。


 手にちょっと感触が伝わってきたので、少しはダメージを与えられたかも知れない。

 でも、再びどこかに逃げたようだ。

 見失ってしまった。

 

 私は大佐の前に立ってかばいながら、再び感覚を研ぎ澄ませて元アランを探す。

 

 どこ? 逃げたの?

 

 すると、ローザに預けていたリュックからポチが飛び出して、私から見て石碑の裏側に向かって吠えた。

「ワンワン」

 

 え? そこにいるの?

 私から直接見えないところに逃げたのね?


「ポチ。やって!」

「ワン」


 私が命令するとポチは大きなフェンリルに変身し、元アランに噛み付いたようだ。

 

「ギャー!」

と、いう元アランの声。


 すると、闇魔法が解けたのだろう、元アランの姿が見えるようになったのだが、ポチが元アランを口にくわえていた。

 ポチは元アランの頭に噛みつき、牙がアランの首に刺さっている。そして彼の体は力が抜けたようにダラッとしていた。

 ポチが今にも食べてしまいそうだ。

 

「あっ、ポチ。食べちゃダメよ。まずいわよ」


 すると、ポチはくわえていた元アランを放した。

 元アランはそのまま床にドサッと倒れるが、首から血を流していて動かない。


 もしかして死んじゃった? でも、降伏勧告はしたし、しょうがないわよね?

 姿を消す魔法には焦ったけど、ジャネットよりもだいぶ弱かったみたいで助かったわ。


 ポチは元のスピッツに戻って私の方にやってくる。


「えらいわ。ポチ」

私はそう言ってポチを抱き上げた。


「ワン」

 

 大佐が私の横に来る。

「助かった。しかし、彼も異星人だったとは」


 雄一が元アランに近づいて生死を確認する。

「かろうじて生きているようです」


「では、第二小隊はこの異星人を地上に運び、一応手当をして営倉へ入れておくように」


「はい」

ロング少尉が応えた。


「あっ。意識が戻ると自殺する可能性があります。彼らは捕虜になるのを嫌がるようで、シュウキの時もそうでした。あとは魔法を詠唱出来ないように、猿ぐつわのようなものが必要です」

私が言った。


「では、そのように」

大佐がそう言って、第二小隊のメンバーたちが元アランを担いで連れて行った。

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