第28話 報告

 私たちは石碑の内容をメモすると、一旦ダンジョンを出て報告に戻ってきた。

 実は今後の方針に関わる重要な内容が書いてあったからだ。

 

 私が基地に帰ってその内容の概略を大佐に報告すると、大佐は基地の幹部らを会議室に集めた。

 そして、ローザがその会議で石碑の内容を発表することになり、私も一緒に出席して手伝うことになった。 

 

 今は会議室に基地の責任者であるコーネル将軍や、軍や研究所の幹部が集まっている。

 私はコーネル将軍に初めて会ったが、彼は五十代で肩幅が広いがっちりとした白人男性だ。


 将軍はアメリカ軍出身で、確か私より少し前にこの基地に赴任ふにんしてきたと誰かが言っていたわね。

 ダンジョンや魔法のことについては、まだそれほど詳しくないかも知れないから、わかりやすく説明しないと。

 

 まずはローザが説明していく。 

「皆様のお手元に配布した文章は、今回第一小隊とともに発見した新たなる部屋にあった石碑の文章を翻訳したものです。この部屋の発見にはアケミ・オオタ少尉の貢献が非常に大きく、研究者として感謝をしたいと思います」


 わー。私のことなんて言わなくていいのに。


 ローザが私を見て、ニコリとしてから続ける。 

「それでは文章の説明に入りたいと思います。その一番初めに書かれているのは侵略者、つまりシュウキの言っていたガルシュナ星間帝国の侵略の方法になります」


【彼らはまず侵略先の星の地中に密かにダンジョンコアを埋め込み、ある時多数のダンジョンが一斉に現れて、そこから魔素と魔物があふれ出す】


 その文章だけでは分からない人が多そうなので、前もって私とローザがその文章から考察した内容を私が説明する。

 

「今まで魔法が架空のものとされてきた地球では、たとえ魔法の素質がある者がいたとしても、その魔素をすぐに活用して異星人や魔物の撃退に利用することは出来ないでしょう。ところが、シュウキのように侵略者は魔法に慣れ、魔法が使える状態でやってくるわけです」


 ローザが補足する。

「しかも、ダンジョンから魔物があふれ出して、その対処に翻弄ほんろうされて混乱している最中です。ですから大した抵抗ができないうちに、侵略を許してしまうと思われます」


「我々の兵器では、魔法による侵略に太刀打ちできないということかね?」

将軍が聞いた。


 これはカーティス大佐の方が詳しいかな?


 私が大佐の方を見ると、逆に大佐が私に目配せしてくる。

 

 これも私が答えるのね?

 えーっと、どう説明すればいいかな……あっ、そうだ。

 

「私はシュウキが使った中級ともいうべき火属性魔法を体験しました。それは発射するのではなく、離れた場所を一瞬で攻撃するものでした。極端な例を言えば、千キロ先の相手を攻撃する場合、我々のミサイルなら到達するまでに数分は掛かるでしょう、それを魔法なら千キロ先の相手を一瞬で攻撃できるわけです」


「それはたしかに、不意打ちされたら厳しいな。それで根本的な疑問だが、現在の地球には魔素はまったくないということかね?」


 その質問には研究所のエルマンが答える。

「昔から魔法使いの伝承があることをみても、多少はあるということでしょう」


「ということは、ダンジョンコアを地中に埋め込むのを阻止できたとしても、相手は魔法で攻撃してくるのか」

「しかし魔素が薄い状態であれば、相手も大規模な魔法は使えない可能性があります」


「そうなると、侵略者が地中にコアを埋め込むのを阻止することができれば、ある程度戦いは楽になるか」

そう言って将軍は、腕を組んで思案している。


 たしかにダンジョンが出来ずに魔物も溢れ出てこなければ、宇宙船か何かでやってくる侵略者だけを相手にすればいいから、少しは楽になるか。

 問題はすでにコアを埋め込んであるのか、これからなのか。

 シュウキが自害してしまって、情報を聞き出せなかったのは痛いわね。

 まあ、考えてもしょうがないか。そのとき、できることをやるしかないわよね。


「では、あのシュウキのような工作員が地球に紛れ込んでいないかを探すのと同時に、できれば魔法能力者を探して訓練しておきたいですね」

と、カーティス大佐。


 魔法能力者を探して、ここのダンジョンで練習してもらうのね?

 でも、どうやって探すかよね?


「うむ」

将軍が大佐に応え、さらにエルマンに聞いた。

「ダンジョンで見つかった『真実の鏡』の生産はどうなっている?」


「持ち運びできる鏡タイプと、監視カメラに組み込むタイプの二種類を急いで作っています。この基地内で使う分は明後日には数が揃うはずです」


 きっと美月が作ってるんだわ。



 質問が他に無いのを見て、ローザが石碑の説明を続ける。

「では、次の石碑の文章は、この月にあるダンジョンについてです」


 石碑には、こう書いてあった。

 

【もし侵略者と戦うことを選ぶなら、最低でも第一層から五層までを難なく攻略がでるようにしておく必要がある】


 私が解説する。

「わざわざこう書いてあるということは、おそらく侵略者の手により地球にダンジョンが現れると、中から第一層から五層までに出てきたような魔物が大量に出てくるのでしょう。もちろん、それより強い魔物も出てくるでしょうが、数としては少ないのではないでしょうか」


「我々の攻略部隊の実力はどうなんだ?」

将軍が大佐に聞いた。


「変異種を除けば、第一小隊は第五層までを難なく攻略できていますが、現時点では他の小隊ならギリギリというところです」

「ギリギリか。それで、第一小隊も変異種には苦戦を強いられたということかね?」


 大佐の視線を受けて、それには私が答える。

「初めての相手だったの多少苦戦はしましたが、もしもう一度戦うことがあるなら、次はそれほど苦戦はしないと思われます」


「それは頼もしいな。それで、第一小隊が選抜された者たちで構成されているのは知っている。ということは、地球においてダンジョンから出てきた魔物を迎え撃つのは、一般の兵士では難しいということか?」

将軍が大佐に聞いた。


「五層までの普通の魔物は軍の標準装備で撃退が可能ですので、条件によっては一般の兵士でも対応可能です」

「条件?」

「例えば、見通しがいい場所で遠距離攻撃が可能なら比較的楽に対処できると思われますが、地下街や建物内などの狭い場所で白兵戦になるような状況では難しいでしょう。さらに知恵がある魔物もいますので、それまでに魔物の情報を周知させるか、少なくとも指揮官は魔物の特徴を知っておく必要があるでしょう」


「となると、現在のダンジョン攻略部隊は各国の軍から選抜されているから、その面々が母国に帰って指導をする必要がありそうだな」

「はい。あとは、特殊な強い魔物の対策としては、別途威力の高い兵器を用意する必要があるでしょう」

「ふむ」


 これは難しそうね。

 もしダンジョンが現れた町を廃墟にしても良ければミサイルなどで戦うこともできるかも知れないけど、そんなことをしていたら地球がすべて廃墟になってしまって、侵略者の思うつぼだわ。

 そうなると、第一小隊みたいに狭いところで戦いなれた部隊が必要になる。

 シュウキが私たちを排除しようと思ったってことは、いざ侵略が始まったら、そういう戦いが多くなるということかも知れないわね。

 

 

 質問が他に無いのを見て、ローザが石碑の説明を続ける。 

「最後の文章は、この石碑のあった部屋の奥の壁に扉の開閉スイッチのようなものがあり、次のどちらかに進むことが出来ると書いてあります。一つは侵略者と戦うことを選ぶなら左の第六層へ。もう一つは、人類がこの月に乗って避難するのであれば右の制御室へ」


「第六層と制御室が見つかったのか!」

将軍が身を乗り出して聞いてきた。

 他の幹部たちもざわつく。


 制御室を見つけるのが今回のプロジェクトの目的の一つらしいから、そりゃあ色めき立つわよね。


「まだ入ってはいませんから、確認は出来ていません。私たちは、例えば誰かが制御室入るとダンジョンが消えてしまう可能性を考えたものですから」

私が応えた。


 私としては制御室なんかどうでもいいから、第六層に行ってみたかったんだけどね。

 

「それは良い判断だった」 

と、カーチス大佐。


「ダンジョンが消える可能性があるのかね?」

将軍が私に聞いた。


「この月に乗って逃げるのであれば、魔物と戦う練習をこれ以上する必要がなくなりますから、ここのダンジョンが侵略者などと戦うための訓練施設だと仮定した場合、その存在意義がなくなります。一方制御室があるのであれば、もしダンジョンが消えたとしても再びダンジョンを復活させるような仕組みがあるかも知れません。しかしこれは単なる憶測ですので、私たちは判断を仰ぐ必要性を感じて一旦出てきました」


「ふむ。研究者としての意見はどうだね?」

将軍がローザに聞いた。

 

「ダンジョンが消える可能性はあります。しかし、どちらかのドアしか開けておくことは出来ないという意味にもとれます」


「なるほど……皆も知っている通り地球の首脳たちの間では、研究者の予想通りもし月が移民船であるなら、侵略の際にはそれに乗って逃げたほうが良いという意見も多い。よって、まずは制御室を調べ、可能であれば第六層への攻略を進めるという優先順位で行きたい」


「わかりました。それでは明日、まずは制御室の調査を行いましょう」


 カーティス大佐が将軍にそう言ったあと、私を見る。

 

「明日の調査では研究者をつれてダンジョンに入ることになるだろう。第一小隊にはもちろん先導して欲しい。さらに、明日は私も一緒に制御室に向かおう」


「了解しました」

私は敬礼して応えた。


 大佐は今度はエルマンに向かう。

「エルマンには同行する研究員の人選をしておいて欲しい」


「わかりました」




 次の日。

 今日はダンジョンの制御室に入る予定だが、私はその前に大佐のオフィスに呼び出された。

 

「今日のダンジョンの調査には、第二小隊も加わることになった」

と、大佐が私に。


「第二小隊が?」

「第二小隊から希望があったのだが、今後の部隊の底上げのために第一小隊の戦い方を学ばさせるいい機会なので許可をした。第二小隊に研究員の護衛を任せ、第一小隊が先導する形でいいだろう」

「わかりました」 

 

「それで、この度の貴官らの働きについて将軍はお喜びだ。もし本日制御室を発見し掌握できた暁には、第一小隊は全員が一階級昇進になるだろう」


 あっ。みんなが喜びそうだわ。

 

「ありがとうございます。皆が喜びます」 

「もちろん貴官もだ」


「はい?」

私は何かの間違いかと思って、疑問形で応えてしまった。

 

「中尉では不満かね?」

「あ、いえ、滅相もない。しかし、私は少尉になったばかりですので、早すぎるのではと思ったものですから」

「今回のプロジェクトの目的の一つを達成できたのだからな。実は将軍は、貴官をもっと昇進させたいようなのだが、あまり一気に昇進すると他の隊員の感情的な問題もあるから、今回は一階級昇進で我慢してくれ」


 ああそれで、皆がいないところで私に先に言ってきたのね?

 別に二階級なんて望んでいないし、私としては昇進なんてどちらでもいいのに。


「我慢もなにも、栄誉なことです。しかし、コーネル将軍が?」

「貴官がダンジョンを最下層まで攻略できた暁には、さらに何か考えておられるようだ」

「はあ」


 なにかしら。

 まさか私に惚れちゃった、なんてことは……あるわけないか。

 理由が思い当たらないわ。



 私は、今回ダンジョンに入るメンバーの集合場所である訓練場前の駐車場にやってきた。


 ほとんど揃っている様で、研究チームは三人ほどが少し離れたところで何かを打ち合わせしている。

 研究チームのメンバーはエルマン、ローザ、美月の三人のようだ。

 それと、大佐が言っていた通り、第二小隊も集まっていた。

  

 ローザは、頼んだリュックを持っているわね。

 

 ローザが私に気がつくと軽く手を振ってきたので、私もローザに振り返す。

 私はそのまま、第一小隊が集まっている一角に向かった。

 


 すると、ジャックが聞いてきた。

「お嬢。大佐の話は何だった?」


「第二小隊が同行する話と……これは言っていいのかな? 今日無事に制御室を掌握できたら、第一小隊は全員が昇進だって」


「「おお」」

皆が声を上げた。


「もちろん、お嬢もだろ?」

ジャックが言ってきた。


「そうなのよ。私は少尉になったばかりなのに、ちょっと早すぎるわよね?」


「そんことは無いと思うぞ」

「そうだ。お嬢の働きは素晴らしいものだ」

「お嬢はここに来てからまだ一ヶ月ぐらいだろうが、ダンジョン攻略部隊の中には二年ぐらい地球に戻っていないやつもいる。そういうやつも、今日制御室が見つかれば一旦地球に戻れるだろう。みんなから感謝されると思うぞ」

ブラッド、ジョン、グレイグの順だ。


「なるほど、そうなのね? でも将軍が私をもっと昇進させたがっているらしいんだけど、なぜかしら。なんか不自然よね?」


 グレイグが首をかしげる。

「もしかするとだが……」 


「何?」

「お嬢を宣伝に使いたいんじゃないだろうか」

「宣伝?」

「そう。つまり、軍のマスコット的存在と言うか」

「それって、私が可愛ってこと?」


「くっ」「ぷっ」

誰かが吹き出す声が聞こえた。

 

 なによ。今笑ったのはだれ!?

 

「ま、まあ、そういうこともあるかもしれないが、例えばジャンヌ・ダルクみたいな」

グレイグが続けた。


 ジャンヌ・ダルクって、中世にフランス軍を率いてイギリス軍と戦った女性だっけ。

 たしか、劣勢だったフランス軍の気持ちをまとめ上げて勝利に導いた……。


「えーっと、それはつまりー、異星人との戦争が始まった時に兵士の士気を上げたり、民衆を戦争に駆り立てるための宣伝塔みたいなもの?」

「そういうことだ」

「でも、ジャンヌ・ダルクは最後には敵に捕まって火炙ひあぶりになったのよね?」

「ジャンヌ・ダルクがいやなら、フランス革命の絵画で有名な『自由の女神』でもいい」


 あの、民衆を率いて戦いを扇動している、あの絵ね?


「はぁー」

私は大きくため息をついた。


「まあいいじゃないか」

と、ジャックが私の背中を軽く叩いた。


「そうさ。結局誰かがやらなきゃいけないだろ? それがアケミになるだけだ」

ジョンが言ってきた。


「もしそれで異星人との戦争に勝ったら、英雄になれるさ」

と、ブラッド。


「英雄ねー。でも負けたら?」

私が聞いた。


「ボロクソ言われるかもな」


「はぁー」

私は再び大きなため息をついた。


「まあ、俺達も協力するからさ」

と、雄一。


「まあいっか」


 私がそう言うと、皆の声が揃った。


「「いいのかよ!」」


「だって、異星人に侵略されてしまうよりは、ましでしょ?」

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