第26話 真実の鏡
私はローザの部屋を出ると、美月の手伝いをするために彼女の研究室にやってきた。
小隊の皆には、魔導具の研究者に捕まって、夕方からの自主訓練には参加出来ないことをメールで伝えておいた。
「ポチ。おいでー」
私がリュックを開けてポチが顔を出すと、美月がすぐに奪った。
ポチも美月のことを嫌いではないようだ。されるがままになっている。
「それで? 今日は何をやればいいの?」
私が聞いた。
「そんな構えないで。今日はいいものあげるから」
ちょっと警戒しているのが、表情にも現れていたようだ。
「何?」
「じゃーん」
そう言って美月は、研究室の冷蔵庫からフルーツが乗ったショートケーキを二つ出してきた。
「ケーキ!? どうしたの、これ!? あっそうか、レストランからテイクアウトしたのね?」
「あのレストランではこれは作ってないわ。これは、私が作ったのよ」
「え? 美月が?」
そういえばあのレストランのメニューには、チーズケーキとかパイ系、アイス系のデザートしか無かったかも知れないわ。
この基地にはパティシエがいないらしいから、デザートはシャトルで運んでも崩れない物だけなのかも。
「そう。食べてみて」
私は保存してあった冷蔵庫をチラッと見る。
冷蔵庫は研究品の保存用に見えるけど、これ、食べても大丈夫なのかしら。
もしかしたら、これは見た目はケーキだけど本当は魔導具とか?
もしケーキだったとしても、ひどい味だったりして。
私は美月が自分の分を一口食べるのを見てから、フォークを使って恐る恐る口にする。
え?
「美味しい」
「意外?」
「別に意外ってわけじゃ……でも、お菓子も作れるのね?」
「料理も得意よ」
「へー?」
「さあ、食べたからにはもう逃げられないわよ」
「うっ。食べるんじゃなかった」
「冗談だから。今日は、そんな大したことじゃないし。まずは食べちゃって」
なんか、嬉しさが半減ね。
私はそう思いながらも、ケーキをあっという間に食べてしまった。
「ごちそうさま。それで今日は何をするの?」
美月は皿をさげると、今度はキャビネットからダンジョンで見つかった『真実の鏡』を取り出して持ってくる。
「この機能を複製するよう上から言われて、なんとか部品を複製してみたんだけど……」
そう言って美月は本物と複製品の二つをテーブルの上に並べて置いた。
「だけど?」
私は魔法剣の時のようにどんどん作ればいいんじゃないかと思ったが、美月の顔を見ると、そうは簡単にいかないらしい。
「うまく動かないみたいなのよ。それに、試そうにも試す対象もないし」
そうか。魔法で姿を変えている人間なんていないわよね。ちゃんと機能するのかも試せないわけだ。
「単純に魔法剣みたいに部品を真似ただけではダメそうなのね?」
「魔法の腕輪や魔法剣は、取り付けた魔石の属性魔力をそのまま出力しているから、結構単純な仕組みだったのよ」
「つまり真実の鏡はもっと複雑なの?」
「複雑だけならまだいいんだけど、仕組みが全く違うみたいでね。真似して作ってはみたけど、正常に動いているのかもわからない」
「ああ、たしかに。火が出たりするわけじゃないからね」
「なんとなく作ってみたけど、たぶんこれで大丈夫なんていうレベルじゃ提出できないし」
「確かに」
「それで、あなたは実際にこれを使ったんでしょ? 使った時に何か感じた?」
「あのときはー……そうだった。私の魔力が流れたのか鏡が光って、それでジャネットの変身が解けたのよ」
「ちょっとやってみせて」
美月はダンジョンで見つかった真実の鏡を渡してきた。
「じゃあ流すわよ」
私は真実の鏡を手に持ち、とりあえず鏡面を自分の方に向けて魔力を意識的に流してみる。
すると、鏡が光ったが鏡に写っている私には何も変化が無い。
まあ、当たり前よね。
私は変身しているわけじゃあないし。
「今ちょっと光った?」
「ちょっと? そうか、鏡面がこっちを向いていたからね」
「じゃあ、こっちの複製した方を試してみて」
私は同じように複製した鏡に魔力を流してみたが、こちらは光らない。
「流したけど、光らないわ」
美月は少し考え込む。
「何が違うんだろう……。ねえもう一度、本物の方に魔力を流してみて?」
「いいけど」
今度は鏡面を美月の方に向けて流すことにする。
これなら美月も光をもっと感じることが出来るだろうから。
魔力も、もう少し多めに流してみるか。
ところが、私が鏡に魔力をもう一回流すと、音がした。
ピキ!
ん? 何の音?
「あーー!」
美月が鏡を指して叫んだ。
私は鏡をひっくり返して見て、美月が指した所を見てみる。
すると、鏡に亀裂が入っていた。
「えっ?」
私は急いで魔力を止めたが遅かった。
パリン。
鏡の部分が割れてしまった。
「ど、どうしてくれるのよーー!」
「そんな事言ったって!」
「これしか無いのよ!」
「古いから劣化していたのよ、きっと」
「くー! この
「ちょっと何よ。脳筋女って」
「魔力を流しすぎたんじゃないの? 筋肉バカだと思っていたら、魔力バカだったのね!?」
「そんな言い方ひどいじゃない!」
「でも、どうしよう……」
美月が泣きそうな顔になったので、私も冷静になって謝ることにする。
確かにちょっと魔力を流しすぎたかも。
「ごめん」
私はそう言いながら、鏡を見てみる。
こんなに脆(もろ)かったとは。
ん?
「これは何?」
私は割れた鏡の間に何か模様があるのを見つけた。
「なによ?」
「ほらこれ」
「これって……まさか、魔法陣?」
「魔法陣って、アニメなんかでよく見るやつ?」
「これだわ!」
「え?」
「謎が解けた。こんなところに魔法陣が描いてあったなんて気が付かなかった」
そうか。鏡のガラスの裏に貼り付けてあったから、わからなかったのね?
私はニタッとする。
「私のおかげ?」
「うっ……さっきの魔力バカと言ったことは謝るわ。とにかく。この魔法陣を反射板に複写して、この水晶ガラスの後ろに貼り付けてみる」
それから私は、ポチと遊びながら二十分ほど待った。
「出来たと思う」
美月が言ってきた。
先程の複製した鏡に魔法陣を組み込んだようだ。
「じゃあ、やってみる?」
「やってみて」
私は複製した方の鏡に魔力を流した。念の為ちょっとだけだ。
すると、本物の真実の鏡のように光る。
「光った」
「光ったわ。やった! これで第一段階はクリアね。あとは、変身したものを解除できるかどうか試せればいいんだけど」
「変身ねぇ……」
「あなた、変身は出来ないの?」
「ジャネットは闇魔法も使えたから、変身できたのは闇魔法なのかも知れないけど、私には適性がないし……ん?」
「なに?」
「ジャネットと戦った時に、ポチがフェンリルになったのは聞いた? あれって変身なのかしら、それとも変異?」
「試してみる価値はありそうね」
私はポチを抱き上げて聞いてみる。
「ねえポチ。あなた変身できない? なんでもいいから」
「ワフ?」
「といっても、あまり大きいのに変身しないでね。部屋の中がめちゃくちゃになるから」
と、美月が横から。
ポチは目を閉じて集中しているようだ。
「ウウウー、キャン」
すると、ポチの見た目がヨークシャーテリアになった。
「なんだ。あなた、できるんじゃない! すごいわ」
私が褒めた。
「キャン」
でも、ヨークシャーテリアなんてよく知ってたわね。
もしかして、私が大佐の前で魔力で作ったのを察知したのかしらね。
ローザに言わせると、心の底で繋がっているらしいし。
もしかして、気にしてる?
「別に、スピッツよりヨークシャーテリアの方が好きというわけじゃないから、気にしなくてもいいからね」
「キャン」
でも、変身出来るのはなぜかしら。
闇魔法ぽかったけど……あっ。もしかして、ポチに入れた黒い魔石のおかげ?
あれ? でもポチがフェンリルになるには、フェンリルを知っていないと無理よね?
どういうことかしら。
あの時は大きくなっただけ?
それならやっぱり、スピッツって大きくなるとフェンリルになるのかも。
「ポチ。そのままの姿で待っていてね?」
美月がそう言って今の鏡を持って角度を調節し、ヨークシャーテリアになったポチを写してみる。
すると、鏡にはスピッツの姿が写っていた。
「やった、成功よ!」
美月がはしゃいいで、私の手を握ってくる。
そして、晴れやかな表情で言ってきた。
「じゃあ次は変身を解けるかどうかね?」
「わ、わかったから。じゃあ、やってみる」
私は美月から鏡を受取り、ポチに鏡を向けてから魔力を流してみる。
すると、鏡が光ってポチが元のスピッツの姿に戻った。
「やったわ!」
美月はまたもや大喜びだ。
「これで完成よね?」
「そうだと思うわ! この鏡は変身を解くのね!?」
しかしそれを聞いて、私はふと先程読んだ石碑の言葉が気になりだした。
【真実の鏡は隠れているものを露わにする】
という部分だ。
変身? 隠れているもの? これって、もしかして本来の使い方じゃないのかも……。
「ねえ、これ借りてもいい?」
「うーん。いいわ。今のままじゃどうせ明美にしか使えないから。提出用には無属性の魔石カートリッジを装着して、誰にでも使えるようにしたものにしないとね」
「無属性の魔石カートリッジもあるの?」
「あるわよ。スライムが透明な魔石を時々落とすでしょ?」
「そういえば、あれがそうなのね?」
「でも、他の魔石に比べて数が少ないし、今までは使いみちがなかったから出していなかったんだけど」
私は複製した真実の鏡を借りて帰った。
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