第24話 休暇の過ごし方

 私たち第一小隊は、翌日に特別休暇をもらった。

 やはり、今まで上官や仲間と思って一緒に戦っていたジャネットが死んで、しかも彼女が敵の工作員だとわかって、皆が少なからずショックを受けているだろうとカーチス大佐が一日の休暇をくれたのだ。

 

 しかし、急に休暇を貰っても、特にやることもない。

 

 私はベッドに座り、横に来たポチの頭を撫でる。

 

「そういえばポチはどうやってこの部屋に戻ったの?」

「ワフ?」 


 どうやったかは分からないが、昨夜戻ってくるとポチは部屋に帰っていた。

 おそらくローザが先に帰ってきてポチを返しておいてくれたのだろうが、ドアにはロックがかかっていたはずだ。


「ダンジョンでもそう。いつの間にかポチとローザはいなくなっていたわね?」 

「ワン」

「まあいっか。そのうちローザが教えてくれるかな?」 

「ワン」

 

 ところで、みんなはどうしてるのかな?

 おそらくジャックは今日も筋トレよね?

 牧師のブラッドはまさか礼拝堂で祈っているとか? それはないか。

 オタクのジョンは武器の手入れでもしてるのかしら。

 グレイグと雄一は……そういえば、趣味とか聞いてなかったわね。

 

 私はどうしよう。……訓練場に行って、自主訓練でもするか。

 

「ポチ。ちょっと訓練に行ってくるから、一人で待っていてね」

「ワン」 

 

  

 私がいつものように野戦服に着替えて訓練場に行くと、なぜか第一小隊の皆も自主訓練をしていた。

 

「あれ? みんな?」


「お?」「お嬢」「アケミ」「来たな?」「明美も来たんだな?」


「気分転換には、やっぱり体を動かすのが一番よね?」


「その通り!」 

と、マッチョのジャックが腕の筋肉を見せつける。


「ふふ」

「「あはは」」

皆が笑った。


 みんな、いつも通りだわ。

 よかった。

 

 すると雄一が練習用の刀を持ってきて、私に手渡してくる。

「明美、一緒に素振りでもやろうぜ」


「いいわ」


「じゃあ、まず千回な」

「千回? わかった」


 私たちは、少し横に移動して素振りを始める。

 

 

 素振りが四百回を超えたところで、素振りをしながら雄一が聞いてきた。

「なあ、俺達って戦友だよな?」


「そうね。戦友だわ」

「戦友ってのは生死を共にするから、そこらのダチよりも深い関係だよな」


 え?

 そこらのダチより深い……。

 

 私はなんか、顔が赤くなるのを感じた。

 

 雄一はべつにそういう意図で言ったわけじゃあないでしょうけど、でもこれじゃあ、まるで私が雄一のことを……。

 

 私は雄一の方を向いて刀を向ける。

「勝負よ!」


「なんだよいきなり」


「てや!」 

私は雄一に練習用の刃を潰した刀で切りかかった。


「あっ!」

雄一はそれを刀で受け止める。

「太刀筋がぶれているぞ」


「それなら、これでどう? エイ」

「おっ」


 

 いきなり刀を交わしあった二人を見て、ジャックが隣りにいたグレイグに聞いた。

「あの二人は何やってるんだ?」


「あれが二人のデートなんだろ?」

「そういうのもあるのか。俺も一緒に筋トレしてくれる相手を見つけるか」



 

 私たちは昼食を皆で取ってから一旦各自の部屋に戻っていたが、その後全員で会議室に呼ばれた。

 昨日、グレイグが副長として大佐に第五層で見つかった「真実の鏡」を渡しながら事の顛末を報告していたようだが、ことが事だけに大佐も皆からもっと詳しい話を聞いてみたくなったのだろう。


 今はカーティス大佐を前にチームの六名が会議室のテーブルについている。


「異星人が化けていたとはな。今でも信じられん。しかし、あの顔は作り物ではなかった」

と、大佐。


 大佐もシュウキの遺体を見分してきたみたいだ。


「質問してもよろしいですか?」

グレイグが聞いた。


「許可する。他の皆も随時質問してかまわない」

「では。彼女が異星人だと、確定したのですか?」


 異星人とかガルシュナ星間帝国なんていうのは、あのシュウキと名乗った者が言っただけで、本当かどうかはわからないからだ。

 あの二本の角が生えた鬼のような姿は、例えば人間の突然変異とか、あるいは昔から世界各地で鬼や悪魔の伝説があることから、どこかで人目を盗んでそういう種族がひっそりと暮らしていた可能性だってわずかだがあるかもしれない。

 それに、いきなり異星人とか言われても、まだ実感がいていないということもあるだろう。


「あの遺体は、今は研究所の方で詳しい分析や解剖を行っていて、最終的な報告はまだ上がってきてはいないが、途中報告では異星人であるのはほぼ間違いないそうだ。地球上に存在する生物とは違うDNA配列が見つかったそうだ」


 やはり、異星人なのね。

 人間が猿から進化したと言われているけど、あの異星人はよくゲームなんかで出てくる角が生えたゴリラ、オーガから進化したとか?

 それはないか。


「それで、アメリカのジャネット中佐の家は捜索したのでありますか?」

ジャックが聞いた。


「地下室から遺体がみつかったそうだ」


 あのシュウキはウソは言っていなかったみたいね。

 とすると、銀河の中心にはガルシュナ星間帝国も存在するのだろうし、数年後に地球に侵攻してくる可能性もあるわけか。


「それでは、ジャネットの正体を見破った詳しい経緯を教えてくれ」

大佐が私に言ってきた。


「はい。私が中佐を見ると、彼女は新しい魔導具を厳しい表情で見つめていました。それで私は何かと思い台座の反対側から近寄ると、その魔導具の鏡に写ったジャネット中佐の顔が鬼の様な顔だったので、彼女を問いただしたわけです」


「ふむ。それで、彼女の変身が解けたのは?」

「私がその『真実の鏡』を掴んで彼女に向けると、おそらく私の魔力が流れたのでしょう、魔導具の機能が発動して彼女の変身が解けました」

「真実の鏡?」

「はい。彼女がそう言っていました。そして、こんなところにあるとは思っていなかった、とも」


「ということは、あの魔導具があれば、他にも異星人が紛れ込んでいた場合、変身を見破ることが出来るわけか」

そう言って大佐は、顎の辺りをさわった。


 そうか。異星人はあのシュウキだけとは限らないわね。

 彼女は、ガルシュナ星間帝国の先遣部隊の一員と言っていたし、もし侵攻の障害となりそうな物や人間がいたら密かに排除しておくのが仕事だと言っていた。

 一人で地球上のすべてをカバーできるわけないから、異星人は地球に、いやもしかしたらこの基地にも複数人いると考えたほうがいいのか。

 

 あれ? 私ってこんなに頭が回ったっけ?

 もしかして、これもレベルアップのおかげ?

 

 やったわ。もう弟たちに脳筋なんて言わせないんだから。 

 

「それで、彼女……シュウキと言ったか? シュウキの腕に牙の跡のようなものがあったそうだが、心当たりは?」

続けて大佐が聞いてきた。


 あっ。グレイグは、ローザはもちろんポチのことも報告していないのね?

 

 グレイグを見ると、グレイグは私に目で合図してきた。

 

 ポチのことは私に任せるってことね?

 ポチのことは言ってもいいか。

 

「あれは、わたしが魔力で作った従魔が噛み付いたのです」

「何? 魔力でそんなことが?」

「実演してみます」


 私は魔力を手元に集めていく。

 もうだいぶ慣れたので、初めの頃のように手でかき集めるような動作はいらなかった。

 

 あれをやると、変な目で見られるしね。

 

 私は手元でヨークシャーテリアを作ってみせた。

 

「おお!」


 チームの皆も驚いている。

 昨日あの場でローザが言っていたのは聞いていたが、やはり目の前で実際に見ると違うのだろう。

 

「おそらく、ダンジョンの魔物と同じ原理だと思います」 

私が大佐にに言った。


「でも、動かないようだが」

「それはまだ研究中です。その従魔が動いたのは、たまたま体内に魔石を入れたからかも知れませんし、あるいは研究者が言うように霊が宿ったのかもしれません」

「そういえば、研究者もそのようなことを言っていたな」

「今後なにかわかったら、お知らせします」

「わかった」


 ローザが連れてきたことまで言わなくて済んでよかった。


 大佐は、ひと呼吸置いて続ける。

「それで、ジャネットがいなくなった今、今後のこの第一小隊の指揮についてだが」


 やはりグレイグよね?


 そのグレイグが発言する。

「それは昨日の報告時に推挙しましたように、我々はアケミ・オオタが適任だと思っています」


「げほ」

私は今作ったヨークシャーテリアを魔力に戻している最中だったが、グレイグがそんなことを言ったものだから、思わず変な声を出してしまった。

「なんで私が!?」


「もしアケミがあそこで適切な判断をしていなかったら、遅かれ早かれ我々は全員が殺され、もしかすると地球も危機に陥っていたかも知れない。それに我々では、シュウキに指一本触れることは出来なかった。今後のことを考えると、この第一小隊はアケミが指揮を取ったほうがいいと思う」

 

 地球が危機に?

 そうか。もしあそこで私がシュウキに聞かなかったら、ガルシュナ星間帝国が攻めて来るまで、その存在にも気が付かなかったか。

 でもそれは時間稼ぎで聞いたから、偶然なんだけどな。

 

 そして、あのシュウキは私たち全員をいずれ排除しようと思っていたとも言っていた。つまり、このダンジョン攻略部隊、特にこの第一小隊が将来の侵攻の障害になると思っていたわけだ。

 そう考えると、いざガルシュナ星間帝国が攻めて来たら、私たち、いや私が最前線に立って彼らと戦うことになる、ということね?

 うーん。まあいいけど。


 でもそうなると、それまでにもっと手数を増やしておきたいわね。もし、あのときローザとポチが来てくれなかったら危なかった。

 さらなるレベルアップも必要ね。

 

「皆も異存はないか?」

大佐が聞いた。


「はい」「ありません」「この小隊にアケミに勝てる者はいません」

皆が口々に。


 それって腕相撲の結果じゃない?

 もう。


「アケミはシュウキと対峙した時に『みんなは私が守る』って言ったよな。あれには感動したぜ」

雄一が私に言ってきた。


「あっ」

 

「よろしい。では、アケミ・オオタを少尉に任じ、この小隊の指揮を任せる。ただし軍隊経験が浅いから、グレイグ・レスター少尉がフォローしてやってほしい」

大佐が言った。


「はっ」

グレイグが大佐に敬礼をした。


 私もそれを横目で見ながら、同じように敬礼する。


 報告が終わって解散になると、私は事務局に行き先程大佐からもらった辞令を見せ、制服の階級章を新しい少尉の階級章に付け替えた。


 でも、いきなり第一小隊を任せられるなんて、えらいことになったわ。

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