第23話 助っ人

 ローザが自分の研究室で資料を読んでいると、急にポチが吠えだした。

「ワンワン、ワン」


「急にどうしたの?」

ローザはポチの頭に手を添える。

「……アケミが危ない? そうか、あなたはアケミが魔力で作ったから、心がつながっているのね? でも、どうしよう」


「ワン」

「え? あなたが助ける? 力がある? そうなのね? ……それなら、わかった。私も力を使うわ」

「ワフ?」

「そう。私には、まだ誰にも言っていない力がもう一つあるの」



 △▽△▽△▽△▽△▽



 私はジャネットに化けていた異星人のシュウキに体を操られて、無理やり刀を振りかぶらされていた。

 

「どこまで、持つかな?」

と、シュウキ。

 

 私はなんとか抗っているが、両腕が傷ついているので、身体強化をしていても本来の力の半分ほどしか出せていない。

 動けないでいる雄一に向かって、刀が少しずつ振り下ろされていく。

 そしてとうとう、刀が彼の肩に食い込み始めた。血が滲(にじ)んでくる。


「雄一!」

  

「くっ」

雄一は痛みをこらえているようだ。 

 

 そこに、誰かが部屋の入口から入っきた。


 私は振り下ろそうとする力に抗いながら、目だけを入口の方へ向ける。

 すると、やってきたのはローザだ。

 腕にポチを抱いている。

 

 え?

 

 ローザはシュウキの鬼のような顔を見て一瞬固まったが、すぐに我に返る。

 すると、ポチがローザの腕から飛び降りたかと思うと、シュウキの前に飛び出した。 

 

 シュウキも気を取られたようで、私の刀を振り下ろさせる力が止まった。

「なんだ、この動物は」 

 

 ところがそこで、ポチの体がどんどん大きくなっていく。

 そして、大きな狼のような姿になった。

 しかし、狼とはちがう。体長が三メートルを超える白いフェンリルだ。

 それは一瞬の出来事で、シュウキがそれに驚いている間に、ポチはシュウキに襲いかかる。

 ポチは、シュウキがガードしようと前に出した腕に噛み付いた。

 

 すると、シュウキが私を操っていた力が完全に消えた。

 他の皆も解放されたようで、雄一はそのまま床に崩れ落ちる。


 シュウキはポチに腕を噛まれているが、彼女はもともと体が頑丈なのかもしれない、それほど大きなダメージはうけていないようだ。

 しかし、そのおかげで私たちのことから気がそれている。


 私はその間に、怪我をさせてしまった雄一の容態をみようとするが、ローザが言ってきた。

「二人は私が診るから、アケミはあいつを!」


 そうだった、ローザは白の魔法使いだ。

 皆のことは任せて、私はあのシュウキをなんとかしないと。

 

 私は、ポチに噛まれて身動きが出来ないシュウキに近づいていく。

 それに気づいたシュウキは後ろに下がろうとするが、ポチに腕を噛まれていて動けない。

 すると、シュウキは大きな火球を出して、ポチを攻撃しようとした。

 

「危ない、下がって」

 

 私がポチにそう言うと、ポチは噛み付いていた腕を一旦放して後ろに下がる。

 

 同時に私は、以前に部屋の中でやったように、腕に余分に纏(まと)わりついている魔力の塊をシュウキにぶつけた。

 前に椅子を壊してしまったあれだ。

 このほうが魔法を発動するよりずっと速い。 

 すると、シュウキは魔力の塊に吹き飛ばされて、後ろに吹っ飛んで壁にぶつかる。放とうとしていた火球も消えた。


「こ、この」 

シュウキはよろよろと立ち上がる。

 

 シュウキは身体強化はしていないようだが、私が身体強化している状態とほぼ変わらない強さが伝わってくる。


 あいつは、もしかしたらレベルがかなり高いんだわ。だから、今のも大して効いていないわ。

 そうなると、おそらく普通の銃弾や刀で切りかかってもも効かないかもしれない。

 詠唱する時間を与えるとまた闇魔法で縛ってくる。どうやったらいい?

 

 私はとりあえず、シュウキに闇魔法を使わせないように、再び魔力を集めては飛ばして攻撃を続けた。

 しかし、先程は不意打ちだったし結構大きな塊だったので効いたようだが、この短時間で小さい塊を連発する攻撃では、シュウキはたやすく手で弾いてしまう。

 その間にもポチが噛みつきに行くが、それも今度は防御されてしまう。

 でも、彼女に魔法を詠唱させないようにするのは成功しているようだ。


 すると、シュウキは私が左手に持っていた刀を、先程の目に見えない力で取り上げ、自分の方に引き寄せた。

 

 あっ。

 そうか、彼女はこういう手も持っていたんだわ。

 

 そしてシュウキは、ニヤリとする。

 

「さあ、どうするアケミ。もう、手はなさそうね? 返り血を浴びるから、アケミに全員を殺させようとしたけどしょうがない。私がこの刀で全員を殺す。最初は誰がいい?」 

 

 どうしよう。何か奥の手でもあればいいんだけど。何かない?

 

 私はベルトにつけていたカバンに手を入れると、先程入れた鏡とは別に、何かが指にあたった。

 これって……。


 するとシュウキは右を見て、やっと起き上がったジョンを殺そうとそちらに向かおうとした。

 私はとっさに手に掴んだそれを出して、風属性の魔力を流して起動する。

 昨日美月に作らされた魔法剣だ。

 

 シュウキがそれに気がついて私の方を向き、とっさに自分の体を庇うように刀を前に立てたが、風属性の魔力を帯びた私の魔法剣はその刀を半分にし、さらにそのままシュウキの体を切った。

 

「グワっ!」

シュウキが切られたところを手で抑え、床に膝をつく。


 これだけの傷を負えば、もう大した抵抗は出来ないはず。


 私は魔法剣をシュウキの喉元のどもとに近づけた。

「どう? 負けを認めて捕虜になる?」


「やっぱりお前は強いな。しかしガルシュナ人は……捕虜になるぐらいなら……」


 シュウキはしゃべるのもつらそうな状態だったが、最後の力を振り絞って手に持っていた半分になった刀で自分の胸を突き刺してしまった。

  

「あっ。ダメ!」


 私は、こちらに反撃してくることは想定していたが、まさか自殺をするとは思っていなかった。


「……死を選ぶ」

シュウキは最後にそう言って、そのまま床に崩れ落ちた。

 

「何も、死ななくても……」

私は地面に膝を着いて、シュウキに触れた。 

  

 戦いが終わると、皆が私とシュウキの遺体の周りに集まってくる。

 みんなも闇魔法で縛られていて、それに抵抗しようとしていたのだろう、かなり疲労困憊気味だ。

 

「短い間だったけど、彼女は私に良くしてくれたのに」

と、私。


「でも、彼女は言っていただろ? アケミは生かしておくには危険だって。そして殺そうとしてきた」

雄一が言ってきた。 


「そうね……」

  

「でも、やっぱりジャネットじゃあないんだな?」

と、グレイグ。


 顔はあの鬼のような顔のままだ。


「そうだな……」

ジョンが応えた。


「俺のことを筋肉バカって。彼女はずっとそう思っていたということか」

ジャックがちょっと寂しげに言った。


 火傷はローザに魔法で治してもらったようだ。

 

 私は立ち上がる。


「元気を出してよジャック。また腕相撲をしましょ?」

と、私。


「あ、ああ」


 割り切ろう。


 あっそうだ。雄一の傷は……。


 私は雄一の方を向き、先程私が操られて刀で切ってしまった肩の部分を見る。

 すでにローザによって傷は治っているが、服が切れて血の跡が残っていた。


「雄一、傷は大丈夫? さっきは操られていたとはいえ、ごめん」

「大丈夫だ。ローザのおかげで傷もふさがった」


「でも、ローザはどうして?」


「この子があなたの危機を察知したのよ。たぶん、あなたが魔力で作ったから、心の底でつながっているのね」

そう言ったローザの腕にはポチがいる。

 いつの間にかスピッツの姿に戻っていた。

 

 しかし、皆がそれを聞いて驚いている。

「魔力で作った?」「そんなことができるのか」 


「ありがとう、ポチ」

私はそう言って、ポチの頭を撫でようとした。

「いっ」


 先程は無我夢中で痛みも忘れていたが、腕を伸ばそうとするとシュウキに風魔法で切られたところが痛んだ。


「あっ、あなたも怪我をしているのね? 今、治すわ」


 ローザがポチを降ろし、白魔法で私の腕を治してくれる。


「ありがとう。でも、スピッツって成長するとフェンリルになるのね?」


 私の言葉に皆が反応した。


「え?」「いや。それは違うと思う」「な、わけないだろ」「お嬢らしい」

ローザ、雄一、グレイグ、ジョンの順だ。


 私は頬をふくらませる。

 

 すると私はジャックの挙動がおかしいのに気がついた。

「あっ。ジャックは目が泳いでいるわ。実は、ジャックもそう思ったんでしょ?」


「お、俺はだな……」


 ブラッドがジャックの肩に手を乗せる。

「わかってるって」


「ふふ」「ぷっ」「「わはは」」

皆で笑った。


 皆もシュウキにもう少しで殺されるところだったわけだから、一気に緊張がほぐれたようだ。



 さて。


「えっと、このあとはどうしたらいい?」

私が皆に聞いた。


「では、俺が無線で伝えて指示を仰ぐ」

グレイグがそう言って、無線機を取り出す。


「ねえ、私の力のことは黙っていてくれない?」

ローザが皆に言った。


「ダンジョン攻略部隊にスカウトされるのが嫌なのね?」

私が聞いた。


「戦いは、得意じゃないわ」


「いいぜ。あんたは命の恩人だ。恩人の頼みなら断れない」

と、ジャック。


 皆もうなずいている。

  

「わかった。ローザのことは言わないでおく。まずは、上に報告してこのシュウキの遺体を回収してもおらおう」


 グレイグがそう言って、経緯いきさつを無線で地上の司令部に報告していた。

 

「でも、ローザ? あれ? ローザは? ポチも」

私が先程ローザがいた所を見ると、いつの間にかローザとポチがいなくなっている。


「おや?」「いや、知らない」

と、ジャックや雄一。



 やがて、他の攻略部隊の小隊が担架を持って到着したが、彼らは床に転がっているシュウキの鬼のような顔を見て驚いていた。

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