第20話 第四層
翌朝。
部屋を出ようとして廊下へのドアを開けると、ポチが私の野戦服を噛んで引っ張った。
「どうしたの?」
「ワンワン」
私はしゃがんでポチの頭を撫でる。
「おとなしく部屋で待っていてね」
「ワンワン」
今日はどうしたのかなー。
部屋に戻ってくれないわ。
すると、そこにローザが通りかかった。
「ワンちゃんの鳴き声が聞こえたと思ったら」
ローザもこれから研究所の方に出勤するところみたいだ。
「あっ。ローザ」
「もしかしてこのワンちゃんは、アケミが魔力で作ったっていう?」
「知ってるの?」
「ミズキから聞いたわ」
「そっか」
「ワンワン」
「なんか言いたげね?」
そう言ってローザがポチの頭を軽く手で挟む。
「……なんか、この子はアケミに行ってほしくないみたいだわ」
「わかるの!?」
「ちょっとだけどね」
「でもどうしよう、今日は休むわけにもいかないし。いつもなら言うことを聞いてくれるのに」
「じゃあ、私が預かってあげる」
「え? そう? ポチはそれでいい?」
「クーン。ワン」
なんか渋々だけど、良さそうね。
「じゃあローザ。お願いしていい?」
「大丈夫よ。私も動物は好きだから」
私とポチを抱えたローザは宿舎の出口まで一緒に行き、そこで分かれる。
「ポチ。それじゃあね。おとなしくしているのよ」
「クーン」
私は野外の訓練場に向かい、ローザは研究棟へ向かった。
その後私は訓練場で小隊の仲間と合流し、車に乗ってダンジョンへ向かう。
そして、私たちの小隊は再びダンジョンに前にやってきた。
「では、今日は第五層まで行くわよ」
と、ジャネット。
「第五層まで行くとなると、時間がかかりそうね」
私が言った。
「第三層までは、他のチームが露払いしてくれるから」
「そうなの?」
「そうしないと、時間もかかるし、途中で弾薬が足りなくなり、時間がかかれば食料も必要になるでしょ?」
「他のチームが露払いしてくれるってことは……もしかしたら、このチームって精鋭チーム?」
「そうよ。今頃わかったの? 各軍からの優秀な人材を集めたトップチームよ」
そう言ってジャネットはニコリとする。
他のメンバーもニヤニヤしているようだ。
はは。
「でも、私がそんな所にいていいのかしら」
「十分戦力になってるわ。さて、露払いのチームが一時間前に潜っているから、うちもそろそろ入るわよ」
ジャネットは私にそう言ったあと、皆の方に向き直る。
「みんな、準備はいいな? では入るぞ!」
「「イエス、マム!」」
と、皆。
私たちは七人でダンジョンに入っていく。
他のチームが露払いしてくれたおかげで、第四層の階段前までは一匹の魔物に会うことなく進むことが出来た。
そして、第四層への階段を降りたところで、一旦止まる。
「ここから先は変異種が出て以来まだどのチームも入ってないから、魔物の数が増えているはず。まずはここでおびき寄せて、数を減らしてから先に進む」
と、ジャネット。
つまり、前回のように階段を背にして戦い、ある程度数を減らしてから進むわけだ。
するとジャックが笛を吹いた。
ピー!
「え? 笛?」
「狼ほど匂いに敏感ではない魔物は、笛とか大きい音を出さないと寄ってこないんだ」
ジャックが笛をポケットにしまいながら。
しばらくそのまま待っていると、ヒタヒタ、ペタペタという足音が近づいてくる。
複数の人間が素足で小走りで走っているような音だ。
やがて通路の奥に小さな
身長は一メートル半ぐらい。半裸で皮膚は緑色っぽく、頭には角が一本生えている。
手には武器を持っているようだ。
その数はだんだん増えていき、三十数匹ぐらいになった。
「本当にゴブリンだわ。でも、なぜ剣を持ってるの? 腰布みたいのも着ているし」
と、私。
「たぶん、あれも魔力ってやつだろうな」
隣の雄一が答えた。
「ああそうか。やっぱりそれしかないわよね」
「ゴブリンが自分の意思で作ったわけじゃないだろうけど」
ジャネットが付け足した。
「くるぞ」
と、前衛のブラッド。
ゴブリンたちが、剣を振り上げて向かってくる。
「まずはアケミ、一発大きいのを頼むわ」
ジャネットが言ってきた。
「了解」
第三層の狼の時は、そばにいた他の皆が熱かったと言っていたから少し前に出よう。
私は数歩前に出ると、大きなファイヤー・ボールを発動した。
「ファイヤー・ボール!」
今回は直径三メートルほどだ。
そして、前方のゴブリンの群れに向かって火球を放つ。
「それ!」
ゴブリンたちは生存本能みたいのがあるのか火球に驚いて立ち止まり、それを避けようとするが、数が多いのが災いして避けることが難しいようだ。
私の放った火球により、ほとんどのゴブリンが消えて魔石が残った。
残りは、壁際にいてなんとか火球をやり過ごした六匹ほど。
私は自分の役目を終えると後ろに戻った。
次は後衛の二人の出番だ。
その二人が、今度は残りのゴブリンめがけてサブマシンガンを使った。
狼に比べて俊敏性が低いのか、残りの六匹はサブマシンガンですべて倒すことが出来た。
「皆よくやった。では、進もう」
ジャネットがそう言って、私たちは第四層を奥へと進んで行く。
今の戦いでこの付近にいるゴブリンはほとんど倒せたはずだから、しばらくは遭遇しないわよね。
あとは隠し部屋さえなければ、第五層に降りるだけ。
「隠し部屋があったのは第一層と第三層よね?」
歩きながら私が聞いた。
「そう」
と、ジャネット。
「ということは、次は第五層にあるということかしら」
「まだ二例しかないから、法則性があるのかもわからないわね。もしかしたら第四層にもあるかもしれないし、あるいは、一、三、六かもしれないし」
「そっか」
第四層の中ほどまで歩いてくると、前方から再びゴブリンが現れたので、私たちはいつもどおりに対処する。
今回は五匹だ。
ところが、今回は奥にいた一匹が何かを叫んだ。
すると、横の通路から別の三匹が現れる。
明らかに連携しているように見えた。
「アケミとユウイチ、私の三人で横のやつに対処する。残りは前のやつを」
ジャネットが指示して、私たちは剣を構えて横から来た三匹に対峙する。
どうやらゴブリンの方もこちらの三人に対しそれぞれ別れて襲ってくるようだ。
私は身体強化で素早くゴブリンに迫り、すれ違い際に胴を切った。
ジャネットは左手に持っていた小さい盾でゴブリンの振り下ろした剣を受けると、右手でファイヤー・ボールを放って仕留める。
雄一は刀でゴブリンが振り下ろしてきた剣を横に弾き、それでゴブリンがバランスを崩した所に切り込んだ。
三人が三匹の討伐を終えて他の四人の所に戻ると、彼らもちょうど五匹を倒し終えたところだ。
「さっき、後ろのゴブリンが他のゴブリンに指示していたように見えたけど」
私が聞いた。
「そうなんだよな。人の形をした魔物は、多少知恵もあるみたいだ」
と、雄一。
「魔力で出来ているのに、知恵とか意思をもてるのは本当に不思議よね」
「それは、研究者たちの意見も別れているわね」
ジャネットが答えた。
「例えば昆虫が本能で動くように、予め与えられた本能でああいう動作をしているのではないかと言っている研究者がいる」
と、グレイグ。
その本能はどうやって与えられているのかしら。
「霊が宿っているのではないか、という研究者もいるな」
ブラッドが言ってきた。
ああ、そうか。そういえば美月もぶつぶつと言っていたわね。
「でもそうなると、何の霊が宿っているんだろう」
「霊か。霊が宿っているとしたら、ゴキブリの霊とか?」
ジャックが言った。
「うそ!?」
私は思わず嫌そうな顔をしたようだ。
「はっは。お嬢はゴキブリが嫌いか?」
ジャックが笑った。
「もう」
そうこうしているうちに、第五層への階段が見えてきた。
何がキーになって隠し部屋の扉が開くのかはまだ不明だが、もし第四層に隠し部屋があったとしても、まだ入口は開いてはいないようだ。
ここまで歩いてきて、新たな部屋や入口を見つけることはできなかった。
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