第18話 隣人
歓迎会が終わって部屋に戻ってくると、部屋の前に隣の部屋の野沢美月がウロウロしていた。
「あれ? 美月、どうしたの?」
「まだ名前で呼ぶのを許していないわよ」
「あ、ごめーん」
「もう。あ、あなた酒くさいわ」
「今、歓迎会があったから」
「そうだ。そんなことより、あなた犬を密航させて地球から連れてきたの?」
「え?」
「部屋の中から鳴き声が聞こえたわよ」
「鳴き声? まさか……」
私は急いで自分の部屋のドアを開けて部屋の中を見る。
「あ、待ってよ」
美月がついてきた。
私が部屋の入口付近から部屋の中を見回すと、ベッドの上に先程魔力で作った白いスピッツが乗っていて、尻尾を振ってきた。
「ワン」
動いた……。
「やっぱり!」
と、美月。
「動いたわ! 動いたのよ!」
私はそう言って、横に来ていた美月の手を取ってブンブン振った。
「ちょ、ちょっと。何するのよ」
するとスピッツがベッドから降り、私の足元にトコトコと歩いて来て、後ろ足で立ち上がり前足を私の足に掛けてきた。
「わー、かわいー」
私はスピッツを抱き上げる。
すると、スピッツは私の顔をペロペロなめてきた。
「うふふ」
「可愛いのは認めるけどさー。勝手に連れてきちゃダメじゃない」
と、美月。
「連れてきたわけじゃないのよ。私が魔力で作ったの」
「またー」
「ねー」
と、私がそのスピッツに。
「ワン」
「でも、不可能じゃないか……」
美月がそういって少し考え込む。
「え?」
「私は研究所で魔導具やダンジョンの研究をしているの」
私が青い軍人用の制服を着ているので、ダンジョンのことを言っても大丈夫だと判断したのだろう。
そういえば、あの仮説はここの研究員が唱えていると言っていたわよね?
「それなら、魔物が魔力で出来ているらしいって仮説があるって……」
「それは私が出した仮説よ。でも、あなたがそれを出来るって言うの?」
なんだ。この人なんだ。
案外優秀な研究員なのかも。
「実際にこうやって作ったから」
「じゃあ、ここでやってみせて」
「いいわ」
私はスピッツを一旦下ろすと、空中の魔力を集め始める。
すると、美月がしゃがんで犬を呼ぶ。
「ポチ、おいでー」
私は中断した。
「ちょっと。勝手に名前を付けないで」
「じゃあ、この子の名前は?」
「まだ付けてないけど……シロとか」
「センスないわね。じゃあ、ポチでいいじゃない。ねえ、ポチ」
「ワン」
「もー」
私は再び魔力を集め始める。
手でかき集めるような動作がおかしかったのか、美月が不審者を見るような目を向けてきた。
「何やってるの?」
「こうやって、魔力を集めているの」
「魔力ってこうやって集めるんだ?」
「見てて」
私は集まってきた魔力を濃縮して犬の形にしてく。
もうここまできたら、美月にも見えるだろう。
「うそ!」
美月が驚いている。
そして同じ種類で色違いの犬をもう一匹作った。
「ね?」
「あなたは、魔力を自由に操れるの?」
「そうみたい」
美月は今作った茶色のスピッツに、恐る恐る手を伸ばす。
「触った感じは本物の犬と一緒だわ」
「私のイメージ力がいいからね」
「でも、動かないのは?」
「それがよくわからなかったのよ。それで、この子の場合は魔石を体の中に埋め込んでみたんだけど、それが原因かしらね」
「魔石……?」
私はしゃがんでポチの頭をなでながら、聞いてみる。
「ポチは、どうして動けるの?」
「ワフ?」
すると、美月がニヤニヤする。
「名前はポチにしたのね?」
「あっ……」
しまった。
「でもこれは、じっくり研究したいわね」
「え?」
「さっきも言ったけど、私はダンジョンの研究をしているの。ねえ、研究に協力してよ」
「えー?」
私はいやそうに。
「そうすれば、椅子を叩き切ったのも黙っていてあげるから」
「え? なんで知ってるの?」
「ほら、丸見えよ」
見ると、バスルームの扉が開いていて、二つに切った椅子が見えていた。
「うっ」
しまった。
「ポチー。おいでー」
美月がしゃがんでポチを呼んだ。
ポチは尻尾を振って美月の方に行く。
美月がポチを撫で回すと、ポチはゴロンと横になって気持ち良さそうにしていた。
あっ。作った私よりなついているんじゃない?
もー。
しばらくすると、美月は満足そうに立ち上がった。
「あー、久しぶりにモフモフしたわ。それで、次の休みはいつ?」
「明日だけど……」
「じゃあ明日、私の研究室に来て頂戴。ポチも忘れずに連れてきてよ」
あまり行きたくないけど、椅子を壊したのを黙っていてもらうにはしょうがないか。
美月が出ていくと、私はベッドの上に座る。
するとポチが横に来て私の足に前足を載せてきたので、私はポチをなでてあげる。
「美月は、私にいったい何をさせようというのかしら。ねえ?」
ピン。
そこにメールが届いたようだ。腕の携帯端末から小さな音が鳴った。
えーっと。文章のメールね?
あっ。珍しいじゃない。弟からだわ。
画面が小さいからテレビの方に映して読むか。
私は部屋にあるテレビと携帯端末をリンクさせて、メールを大きな画面に表示させて読み始める。
えーっと……。
【姉ちゃん元気か? まあ、姉ちゃんのことだから元気に決まっているだろうけど】
相変わらず失礼なやつね。
【ところで、急に仕送りの金額が増えたけど大丈夫なのか?】
あっ。今度から給料が上がるから、余っているお金をほとんど送っちゃったからか。
どうせここにいたら、使いみちがないからね。
あら? もしかしたら、私のことを心配してくれているの?
ちょっと、感動したわ。
でも、配属が軍に変わったことは言っていいのかしら。
極秘なのは月の事とダンジョンよね?
じゃあ、心配しないように軍に正式採用されたことはメールしておくか。
国連軍ということも言わない方が良さそうね。
【姉ちゃん脳筋だから、だれかに騙されて変なことに手を出してないだろうな?】
くっ。
感動して損した。
帰ったら殴ってやろう。
【もうそこしか雇ってくれないだろうから、ちゃんと仕事をまじめにやれよ】
まったく。
でも、本当のことだから、言い返せないわ。
【俺達は姉ちゃんがいなくてもうまくやってるから、心配しなくていいからな。出発する時に、少なくとも半年は戻れないって言ってたけど、もっと長くても大丈夫だから】
本当にだいじょうぶかな。
でも、二人は私よりしっかりしてるからな。
【それにさ、姉ちゃんはいつかは彼氏作って嫁に行くんだろ? そのときに、俺たちのことが心配で婚期逃さないよう、今から慣らしておかないとな】
ませてるわね。まったく。
まあでも、心配はいらないみたいね。
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