第14話 レベル測定

 私は宿舎に戻ってシャワーを浴びてから服を着替える。

 

 さっきの声、私以外誰も聞こえなかったみたいだけど、どういうことかしら。

 でも、二回とも石碑に触った時に聞こえたから、石碑に関係あるわよね。

 誰か相談出来る人は……やはりジャネットに相談してみる?

 でも、いつも忙しそうだし。

 そうだわ。石碑ならローザが詳しいに違いないわ。

 

 えーっと、部屋にいるのかしら。

 そうか、さっきダンジョンで新しい部屋と石碑が見つかったから、ローザは今頃、私達が撮った写真で石碑の解読をしているところよね?

 じゃあ、メールを送っておこう。

 

 配布された腕時計型の携帯端末はメールのやり取りもできるが、画面の小さいタッチキーで入力するのは面倒なので、音声を文字に変換してくれる機能を使う。


 ローザのアドレスをタップして、送る内容を音声で入力した。

「明美だけど、ダンジョンの石碑のことで相談があるの。遅くてもいいから会えない?」


 送信すると、少したってローザから返事がきた。

【二時間後ぐらいでよければ、私の研究室に来てくれる?】


 私はその間に夕食を取るなどして時間をつぶした。



 二時間後、私はローザの研究室に向かった。

 ローザの研究室は宿舎の建物の隣りの研究棟の中にある。

 ところが、研究棟の入口は私が行っても自動的には開かなかった。

 

 そうだわ。ここは部外者は入れないんだった。

 どうしよう。

 インターホンか何かで呼び出すのかしら。

 

 見ると入口の横に開閉操作のパネルがあったので、私はそこに試しに腕輪型の携帯端末を近づけてみる。

 するとドアが開いた。


 ローザが、私を来客予定者として登録しておいてくれたんだわ。

  

 中に入ると、今度はその腕時計型の携帯端末が、ローザの研究室までナビケーションをしてくれる。


「次の角を右に曲がってください」


「突き当りを左に曲がってください」


「到着しました」


 ドアの横にはローザの名前が書いてあり、私はその下にあるブザーを鳴らす。

 すると、ドアが開いてローザが出迎えてくれた。

 

「さあ、どうぞ」


 ローザの研究室は和風に言えば二十畳ぐらいの広さだ。

 部屋の中央には作業机があり、壁際にいくつかのキャビネットやコンピュータの端末があるだけで広々としている。


「忙しかっただろうに。ごめんね」

「いいのよ。石碑のことなんでしょ? 仕事に関係あるかもしれないし。さあ、座って」


 私は勧められた椅子に座ると、ダンジョンの中で体験したことを話すことにした。

「実は今日、ダンジョンの一層と三層で隠し部屋に入ったんだけど」


「ええ。アケミたちのチームだって聞いたわ。新しい部屋と石碑を見つけてくれてありがとう」

「お礼なんて」 


「それで相談って? 何か体験したの?」 

ローザはそう言って、期待のこもった目で見てきた。


「え?」


 この期待の目は何?


「いいから、続けて?」

「実はね。その石碑に触ったら、バチッと静電気みたいのが走って、おまけに……こんなこと言ったら怪しまれるかも知れないんだけど」

「何?」

「同時に声が聞こえたの」

「声? それはどんな内容だったの?」

「第一層の石碑では、『成長覚醒』って言った気がする」


 ローザはその意味を少しの間考えていたようだ。

「……その声を聞いたのは、アケミだけ?」


「近くにいた雄一にも確認したけど、彼は聞こえなかったって。それにそのあと彼も石碑に触ったんだけど、何も起きなかったみたい」


 ローザは席を立つと、資料ファイルをキャビネットから出してきた。

 そのファイルを広げると、あの石碑の写真がある。

 

「この石碑の下の方に書いてあるわ。『資格がある者は触れよ。されば力を与えん』って。今まで何のことかわからなかったけど」

「資格?」

「そう。おそらく、受け取る資格ということじゃないかしら。どういう基準なのか、まではわからないけどね」


「つまり、私にはその資格があると?」

「実は第一層の石碑には私も触れたことがあるの。でも、何も起きなかったわ。だからアケミにはその資格があるんじゃないかしら」

「資格って言っても……魔法が使えることかしら」

「魔法が使えるというだけじゃないかも知れないわ。例えば、勇気とか」

「え?」

「もし私が新しい力を貰ってたとしても、おそらく戦いは避けると思うのよ。そんな人に、力を与えてもしょうがないでしょ?」

「まあ、そういうものなのかな」


「それで、その『成長覚醒』は、なにか実感できるようなことはあった?」

「その後の第二層の一角うさぎの討伐のときには何もなかったんだけど、第三層の狼を一気に八匹倒した後、一瞬だけど目眩めまいのようなものを感じて、そのあと力が漲(みなぎ)るような感覚があったわ。もしかして、レベルアップ? なんちゃって」


「可能性は大いにあるわね」

「え?」

「それであなたは、レベルという概念や仕組みがあるのなら知りたいわけよね? 実はいいものがあるのよ」


 ローザはそう言って、キャビネットから何かを持ってきた。


「これは?」

「いわゆる、レベルや魔法属性をチェックする魔導具ね」

「え!? こんなのがあるの!?」


 機能を試すための試作品なのだろう。カバーはなく中身が見えている。

 真ん中に水晶球みたいなものがいくつかあり、その周りに金属の棒やダンジョンで見つかった全属性の魔石が配置されていて、細い管のようなものでつなげてあるみたいだ。

 さらに電子部品が組み込まれていて、小さな液晶パネルも付いている。


「この研究所の魔導具研究者が試作品で作ったのを借りているの」

「研究所は横の風通しがいいのね?」

「彼女とは個人的に親しくしているし、私も少し魔法が使えるのを知っているから試してくれって」

「やはり、魔法が使えるの?」

「親しい人にしか言っていないけど、そうなの」


 そうか。あの時は雄一もいたから言わなかったのね?


「ということは、人には言ってはいけないのね?」

「黙っていてくれると助かるわ」

「わかった。それでこれはどうやって使うの?」

「見てて?」


 ローザはそう言うとその魔道具の中心付近にある水晶球に手を乗せる。

 すると、白い魔石が光を発した。

 

「白が光ったわ」

「そう。私の魔法は癒やしよ」

「そうか。自分が持っている属性の魔石が光るんだ? それにしても、白い魔石は初めて見たわ」

「なぜか白いスライムはほとんど出てこないからね。それでこれを作った彼女の説明によると、水晶球は魔力に感応しやすい素材で、それがアンテナ代わりになって触った人の魔力が各属性の魔石に送られるらしいわ。魔石の方はもともと違う属性の魔力は受け付けないし、同じ属性の魔力が来るとまずは魔石内に貯めようとするんだけど、その容量をオーバーすると外に放出するらしいのよ。その時魔石が光るという性質を利用しているらしいわ」


「ふーん? それでこの16って数字は、もしかして」


 先程の小さな液晶パネルには、数字が表示されている。


「そう。これはレベル。彼女の説明によると、魔力や筋力とか体力なんかを総合して判断して表示しているみたい」

「筋力なんかは体脂肪みたいに電気でわかりそうな気もするけど、魔力も分かるの?」

「なんか水晶球によって魔力の通りが違うから、その差を測ってるみたいなんだけど、詳しいことは私にもわからないわ」


「でも、本当にレベルがわかるってことなのね?」

「なんかそうみたいね」

「へー? じゃあ、私がやってみればいいのね?」

「ええ」


 私が水晶に手を触れると、赤と緑色の魔石が強い光を放った。

 数字は26だ。

 

「ということは、私はレベル26で、火と風の魔法が使えると」

「え? 風?」

「あっ。実は第三層の隠し部屋の石碑にさわったら『風属性覚醒』って聞こえたから、たぶんそれで」

「なるほど。そういうことね」


「これは画期的だわ」

「でも、レベルは彼女が決めた基準で計算して表示しているだけだから、他の人との比較はできるけど、絶対的なものではないわ」

「ああそうか。もし他の人が似たようなレベルを測定する魔導具を作ったら、違うレベルが表示されるかもしれないのね」

「そういうこと」 

「でも、自分が成長しているかというのは確認できそうね。あれ? 身体強化した状態で測ったらどうなるのかな。やってみていい?」

「大丈夫だと思うわよ」


 すると、数字は52になった。


 このぐらい身体強化すると、だいたいレベルが二倍相当になるってことか。


「52はすごいわ。普通の人では絶対勝てないわね」

「といことは、何人かで試したの?」

「そう。この研究所の中でも何人かで試したけど、鍛えていない女性のレベルはだいたい十代。なにかしらスポーツをやって鍛えていた女性は二十前後だから、レベル26のあなたは身体強化していない状態でもかなり高いほうね」

「ということは、これって、鍛えると基本のレベルが上がるのね?」

「でも、普通にやっても一年に一つ上がればいい方みたいだわ。私もほとんど毎晩走ったりしているけど、まだ上がっていないから」

「筋肉量が増えたわけではなさそうなんだけど、どういうしくみなのかしらね」

「もしかしたら魔力が影響しているのかも知れないけど」

「魔力が?」

「たとえば、私たちみたいに魔法能力者は、ここにいると自然と魔力を補助に使っているみたいなのよ。魔力適性がある人も、レベルが少しプラスされるようだわ」

「私も地球にいる時に比べたら、身体強化しなくても力が増した感じがするわ」

「もしかしたら、そういったことがレベルアップで起きているのかも知れない。例えば筋肉に魔力が浸透して、同じ筋肉量でも力が出るとか。まあでも、わかっていないことが多いからこれは勝手な憶測だけどね」


「なるほどね。それじゃあ、今度魔物を倒してレベルアップ酔みたいな症状が現れたら、また測りに来ていい?」

「いつでも歓迎よ」


「そうだ。ちなみに男性のレベルってどれぐらい?」

「鍛えていない男性は十代から二十ぐらい。鍛えていると二十代から三十ぐらいね。魔力適性がある人は、それに十パーセントぐらいプラスされるみたいね」

「鍛えてる男性は、普段の私より少し高いのか。そりゃそうか。筋肉量が違うものね」


「えっと、あなたの今いるチームの人に、前にこの魔道具を試してもらったらしく、数字が出ているわよ。えーっと」

ローザはそう言って、別のファイルを探してくる。

「あったわ。ジャックが33、グレイグが30、ユウイチが28、ブラッドが28、ジョンは27ね」


「一番下のジョンでも一つ上かー。なんかくやしいわ」

「でも、アケミはすごいと思うわよ。彼らは元々軍人で鍛えているのよ。その彼らと大して変わらないんだから」

「やっぱり、彼らと戦うときは身体強化をしないとダメね」

「戦う気満々ね。アケミらしいわ」

「あれ? そういえば、ジャネットは?」

「うーん。彼女はなんか協力してくれなかったみたい」


 なぜかしらね。

 他のメンバーと比較されたくない?

 それとも、何か魔法属性を隠している?

 まあ、ローザもそうだったからね。


「そういえば、ローザは癒やしの魔法が使えるってさっき言ったわよね?」

「ええ」

「それって、聖女様ってこと!?」

「聖女様なんてやめてよ。ちがうちがう。実は私の先祖は『白い魔女』と言われていたの。中世の魔女狩りの時代には、森の奥に隠れていたらしいわ。それで私は歴史に興味をもって、それが私が考古学に進んだ理由の一つよ」

「へー。でもやっぱり、魔法は遺伝なのね?」

「そうだと思うわ。アケミの場合は今後は簡単にレベルアップする可能性があるし、もし新たな石碑が見つかれば能力が増える可能性がある。すごいことだわ」


「でも、風魔法って何があったっけ。ゲームでもあまり出てこないのよね」

「ほら、例えば『ウインド・カッター』とか?」

「あー、真空刃みたいな感じね。ちょっと、やってみるわね」

「だめだめ! この部屋の中の物を壊さないで」

「そうだった。それで私は、部屋の椅子を壊したばかりだったわ。あとで外で試してみる」

「そうして」


「でも、ゲームのステータス画面みたいにもっと詳しい内容がわかればもっと便利なのにね」

「それはこれからの研究次第ね」

「そっか」


「でも、覚醒のことは他の人に言わないほうがいいかもしれないわよ」

「そうなの?」

「人間は感情の動物だから、嫉妬とか」

「あー……なるほど」


 そういえば、狼を素手で殴ったときのジャネットの顔。

 一瞬だけど、きつかったわ。

 きっと心の中では穏やかじゃ無かったのね?


「私も、石碑に触れてアケミが覚醒したことは、人には言わないでおくわ」

「いいの?」

「私は考古学者だから、解読までが私の仕事だからね。でもまあ、あの石碑の記述に関してアドバイスを求められたら、アケミのことは出さずに一般論としては言うかもしれないわ。上に報告するかどうかはアケミ自身が決めればいい」 

「わかった」

 

 私はローザの研究室を出ると、外で風魔法の練習をした。 

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