第12話 私だけレベルアップ?

 第二層に降りる階段のところで、先生・グレイグが背負っていたカバンから小さな機器を取り出して壁に貼り付けた。

 

 ジャネットが説明してくれる。

「ダンジョンの奥には、そのままでは電波が届かないからね。電波を中継するための装置よ」 


 なぜ電波が届かないのかしら。

 そうか、地下鉄に乗っていると携帯の電波が届かないことがあるのと同じか。


「そういうことね?」


「ただし、ダンジョンは床や壁に触れている物を吸収してしまうらしく、帰るときには外して持って帰らないと、二、三日で消えてしまうんだ」

グレイグが言った。


「ふーん。そこもゲームみたい」


 

 さて。第二層の魔物は一角うさぎだ。

 脚力を活かしてジャンプし、頭に生えた角で刺してくる。

 

 私たちが第二層に降りると、早速複数の一角うさぎと遭遇した。まだ三十メートルほど先だ。

 一匹ぐらいなら問題ないが、複数同時に出てくるとちょと厄介かもしれない。

 

「五匹だ」

と、前衛の牧師・ブラッド。


「ダンジョンはゲームと同じ様に、時間が経つと魔物が復活するんだ。変異種が出てきてからこの層には誰も入ってないから、増えているんだろう」

横にいた雄一が私に説明してくれた。

 

 しかし私は、その外見を見て思わず言葉がもれた。

「かわいいー」 


「見た目に騙されちゃ駄目だ」

「そうね。あの角で刺されたら怪我は確実だわ」

「と言っても、あのうさぎの大きさだから大したことはないが。たしか、体重と飛びかかってくるスピードで威力が変わるんだったか」


「正確には、運動エネルギー = 1/2 ✕ 質量 ✕ 速度の2乗ってやつだな」

と、先生・グレイグ。


「ということは……同じうさぎでも二倍の速度で突進してきたら、角の貫通力は四倍に跳ね上がるってことだな?」


「わー。なんか学校で習ったような気もするけど、頭が痛くなりそう」

私が刀を構えながら。 

 

「くるぞ!」

前衛のマッチョ・ジャックが言ってきた。


 私たちは練習通りに配置につく。

 魔物がまだ離れているうちに、まずは後衛のグレイグとジョンが少し前に出てサブマシンガンでうさぎの群れを撃った。

 それですべて片付けばいいが、相手はすばしっこいのでそれを避ける個体もいる。

 五匹のうち三匹が消え、後衛の二人は役割を終えるとすぐに後ろに下がった。魔物が近くに迫ったら、あとは前衛と遊撃の仕事だ。

 後衛の二人は後ろに下がるとサブマシンガンを背中に回し、ナイフを抜いていざという時のために備え、同時に背後への警戒も行う。

 

 それで生き残った二匹が飛びかかって攻撃してくが、今度はそれを前衛の二人が盾で防御する。

 盾に当たって魔物の体勢が崩れたところを、前衛が剣を突き出した。一匹は剣で突かれて息絶えたが、残りの一匹が前衛を抜けてくる。

 それを、うさぎの正面にいた雄一が素早く刀で切って倒した。


「まだ二層目だけど、難易度が上がったわね」

私が言った。

 

「まだまだ、これからだ」

と、雄一。


 しばらく進むと、再び魔物の群れに遭遇した。

 まだ遠いうちに魔物を発見できた場合には、後衛の二人もサブマシンガンの代わりに魔法も使ってみる。

 ちなみに、この小隊は全員魔法適性者以上だ。みな、腕輪があれば魔法が使える。

 

 私も練習がてら、拳銃やファイヤー・ボールを数回撃たせてもらった。

 でもやはり、すばしっこい相手は銃弾や魔法を避けてしまう。

 それで撃ち漏らした魔物は、これまで通りサブマシンガンなどで片付け、それをかわして接近してきたら剣で倒していく。


 そうやって第二層を踏破すると、次はいよいよ狼の変異種が出て来たと思われる第三層だ。



「第三層の魔物は狼だが、今日は、先日出てきた狼の変異種は一匹だけなのか、どこから出てきたのか、発生に何か条件があるのか、などを調査するんだ」

先生・グレイグが私に説明してきた。

  

 第三層への階段を降りると、早速狼の遠吠えが聞こえてくる。

 もう匂いで私たちが来たのを察知したのかも知れない。

 

「数が増えていそうだから、まずはこの場で減らしてからだな」

と、ジャネット。 

 

「もう匂いを嗅ぎつけられているのなら、待っていれば向こうからやってくるのね?」

私が聞いた。


「そういうこと」

 

 私たちは階段を背にしていざというときの退路を確保して、狼の魔物が向こうからやってくるのを待った。

 

 やがて通路の先に、狼の魔物が三匹、七匹、十数匹と増えていく。

 先日出てきた変異種は三メートルを超える巨体だったが、今回出てきた狼の魔物は半分以下の一メートルちょっとぐらいの体長だ。

 地球にいる普通の狼とほとんど同じだった。

 狼たちは用心深いのかすぐには襲ってこなかったが、数がある程度揃うとジリジリと詰め寄ってくる。

 

 ダンジョンではテリトリーがあるのか、普通の魔物は他の層に行く階段を通らないので、私たちは後ろを気にせずに階段を背にして横に並んだ。

 そこから前衛の二人だけは少しだけ前に出て盾を構え、他の五人はサブマシンガンや魔法の腕輪、拳銃を構える。 


 さっきは避けられてしまったから、今度は避けられないぐらい大きいのをお見舞いしてやるわ。


「撃て!」


 ジャネットの合図で皆が一斉に攻撃を開始した。

 

 私も少し慣れてきたので、今度は大き目なファイヤー・ボールを放つことにする。

「ファイヤー・ボール!」 

  

 すると、直径二メートルほどの火球が私の前に現れた。


 他のメンバーがそれを見てギョっとしたようだ。

「おっ」「えっ?」「おい」


 私がファイヤー・ボールを魔物に向かって放つと、その一発で火球の通り道にいた八匹の狼が消滅した。

 今度は火球が大きすぎて密集していた狼たちは避けきれなかったようだ。

 残りは四匹。

 

 その時私は、一瞬だが目眩めまいのようなものを感じた。

 そしてそのあと、今度は力がみなぎるような感覚も。


 え?

 これってまさか、レベルアップみたいなもの?

 でも、ゲームじゃあるまいし。

 

 その間にも他の皆が残りをサブマシンガンや拳銃、魔法などで攻撃して、あっという間に討伐完了となった。

 

「なんだ、今のファイヤー・ボールの大きさは」

「おいおい、アケミ一人いれば俺たちはいらないんじゃねえか?」

と、グレイグとジョン。


 そんな声に私が返す。

「そんなことはないわよ。皆がいるから安心して魔法を放てたんだから」


「みんな、そういうことだ。チームで戦うことは重要だ。大砲が一門増えたと思えばいい」

と、ジャネット。


 私は大砲か。

 

「でもこれで、下の層の探索も楽になるな」

「あてにしているぞ」

と、前衛のジャックとブラッド。 


「頼りにしてるぜ」

雄一も言ってきた。


「まかせて」 


 そう返事した私に、皆が笑った。


  

 ある程度数を間引きすると、今度はオタク・ジョンがカバンから小型ドローンを出す。 


「厄介な魔物がいる層は、こうやって偵察をするのよ」

ジャネットが説明してくれた。


 ジョンは七インチほどの画面が付いた、ハンディタイプのゲーム機のようなリモコンでドローンの操作をしている。

 同時にその画面でドローンのカメラからの映像が見れるようになっているようだ。

 

「でも、時々ドローンに攻撃してくるやつがいるから、一箇所に留まっているとやばいんだ」

ジョンがモニターを見ながら言ってきた。


 それを待つ間に私は後ろの方に行き、そこにいた雄一に聞いてみる。

「ねえ、魔物を倒した時に、なんかこう力がみなぎるみたいに感じることはある?」


「いや。俺はないな」 

「そういうのは聞いたことがある?」 

「いや。まったく。どうしたんだ?」

「ゲームみたいに、レベルアップしないのかなって」

「さすがに、それはないだろう」 

 

 雄一はそういうのを感じたことがないか。

 まって。まさかさっきの「成長覚醒」って聞こえたのはこの事?

 それなら、私しかこれが起きないのもうなずける。

 もしかして、私だけレベルアップ? なーんちゃって。

 

 あの第一層の隠し部屋を出て以来、スライムや一角うさぎを何匹か倒して、この層では狼の魔物を八匹倒した。

 あれがレベルアップだとしたら、やはりゲームみたいにレベルが上がるほど上がりにくくなるのかしら。 

 そうなると次にアップするとしたら、この階層の魔物だと数十匹ぐらい倒す必要があるのかしらね。

 何かレベルを測る方法があればいいのに。

 

 でもまずは、今後も起きるかどうかね。

 

 

 三分ほどでジョンの確認が終わったようだ。


「どうだ?」

ジャネットが聞いた。

 

「この先の突き当りまでを確認したが、魔物は近くにはいなかった」 


 もちろんこの第三層をすべて確認するには時間がかかるから、とりあえず私たちがこれから通るルートの近くに魔物が隠れていないかだけを確認したわけだ。

 でも、これで不意打ちを食らう可能性はだいぶ下がるはずだ。


「では、奥に進むぞ」

ジャネットがそう言って、皆で第三層の奥へと入っていった。

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