第10話 顔合わせ

 私はジャネットが指揮する小隊に配属された。

 

 そして翌日から、ダンジョン攻略チームの訓練に参加することになり、今はジャネットに案内されて屋外の訓練場に来ている。

 訓練場は二つに分かれていて、片側には陸上トラックがあって体を鍛える為の施設になっている。もう片側には射撃場やマットが敷かれている所があり、戦う技を訓練する施設のようだ。

 ジャネットはその射撃場などがある方へ私を案内していく。

 

「それじゃあ、これからメンバーに紹介するけど、うちのチームでは敬語とかはいらないから」

ジャネットが歩きながら説明した。


「わかったわ」  


 施設内に入ると、五チームほどが訓練していた。

 剣の訓練をしているチームもあるし、射撃の訓練をしているチームもある。私も含めてここにいる皆は、グレーっぽい野戦服を着ている。

 

「全部で五チームなの?」

私が聞いた。

 

「攻略チームは全部で八チームあるけど、ダンジョンに入るのも休日を取るのも交代で行っているのよ」 

「なるほど」 


 それはそうか。

 休日も必要よね。

 

 私たちは、他のチームが訓練をしているのを横目に、奥へと歩いていく。

 

「今のところだけど、魔法は基本的に発動や射出速度が遅いから、普段は拳銃や剣を使い、魔物との距離が十分ある場合や銃弾が効きにくい魔物に魔法を使うことにしているわ。だから皆は、ここでは銃や剣を中心に練習をしているわね」

「でも昨日の変異種は、銃が効かなかったみたいだけど」

「私はあの場にはいなかったけど、報告によるとたしかに通常の銃弾は効かなかったそうね。そうなると、威力の高い徹甲弾などを使うことになるわ。でも、普段は鍵の掛かったケースに保管されているから、すぐには出せなかったのよ。まあでも、攻略が進んでいる五階層までに出てくる普通の魔物には、通常の弾丸でも通用するから大丈夫」 

「そうだったのね?」  


 話しているうちに、ジャネットのチームが訓練しているところに着いたようだ。 


「みんな!」


 ジャネットが呼ぶと、五人が集まってくる。


「私も含めこの六名が我が第一小隊のメンバーよ。私は中隊長を任されているけど、この小隊の指揮も兼務しているわ。そして、今日からはアケミを入れて七名になる。じゃあ紹介するわ。まずは、筋肉ムキムキのがジャック。盾を持つ前衛で、通称は『マッチョ』」

ジャネット中佐が私に皆を紹介していく。


「よろしくな」

ジャックがそう言いながら、腕を曲げて力こぶを作り、筋肉を誇示する。


 ジャックはマッチョという通称の通り、体ががっしりしていて顔も四角に近い。

 他の五人と同様に髪は短めにしていて、金髪の白人だ。二十代後半ぐらいに見える。

 階級章を見ると曹長らしい。

 

「通称があるの?」

私がジャネットに聞いた。


「そう。こういう特殊部隊などではよく使われているわ。例えば暗闇で誰かが近づいてきたけど、相手が味方か敵かわからない時。名前を聞いても、殺して奪った認識票に書いてある名前を敵が使って騙そうとしてくるかもしれない。でも、通称を確認すれば仲間内でしか知らないから識別できるわけ」


 一種の合言葉的な感じか。

 

「なるほど」 

「でもまあ、ここでは言葉が通じない魔物が相手だから、そこまでする必要は無いんだけどね。それじゃあ次ね、その隣が同じく盾で前衛を務めるブラッド。通称は『牧師」」


「やぁ」


 そう挨拶してきたブラッドは、牧師と言われるだけあって優しそうな顔をしている。

 体格は軍人としては標準的で、二十代前半。髪はブラウンだ。階級は軍曹。


 そしてこの二人は大き目な盾を持ち片手剣を腰に差している。

 その盾と片手剣は備品倉庫で見たものだ。


 ジャネットが紹介を続ける。

「インテリ風のがグレイグ。彼はイギリス出身で医療の心得もあるわ。通称は『先生』」


「よろしく」


 グレイグは先生と呼ばれるだけあって、メガネを掛けて知的な印象だ。年齢は三十ぐらい。

 髪は濃いブラウンで黒に近い。階級章を見ると少尉らしい。

 このチームではジャネットに次ぐ階級なので、おそらく副長なのだろう。


「その隣は、いわゆる武器マニアのジョン。通称は『オタク』。この二人は後衛ね」


 ジョンは何も言わずに、私に手だけで挨拶してきた。

 彼はちょっと痩せていて、顔立ちはラテン系っぽい。

 階級は軍曹で、年齢は二十代初めぐらい。雄一と同じぐらいかも知れない。 


 そしてこの二人は、サブマシンガンを肩に掛け、大型のナイフを腰に差している。


「ユウイチはいいわね?」


 ジャネットがそう言うと、雄一が自分で通称を言ってきた。


「ここでは『おまわり』って呼ばれているんだ」


 雄一も警察から出向という形で来たから、攻略部隊では一番下の軍曹からのようだ。


「そして、私とユウイチは遊撃担当。グレイグとユウイチ以外は、私も含めてアメリカ出身よ」


 ジャネットの武器は片手剣とバックラーの様な小型の盾だ。

 雄一は盾は持っていなかった。

 皆はそれぞれの武器以外にも、拳銃とナイフも携えているようだった。


 みんな、それぞれ得意な戦い方があるようだわ。


「日本から来た明美よ。皆さんよろしく」

私は自己紹介した。


「なんて呼んだらいい?」

マッチョのジャックが聞いてきた。


「アケミ……ということじゃなくて、通称よね? 何がいいかしら」


 何か可愛い名前がないかな……。


「それなら『お嬢』にするか?」


 なんかちょっと微妙だけど、まあいいか。


「それでもいいわ」

「じゃあ、『お嬢』な」


 私って本当に子供に見られているみたいね。

 たしかに、東洋人って若く見られがちだけど。


 次にジャネットが、横のテーブルに置いてある剣と拳銃を指し示した。

「じゃあ、これがアケミの剣と銃よ。今日はこの使い方に慣れようか」


「あれ? 日本刀?」

「アケミは、こっちがいいんじゃないかと思ってね」


 雄一の方を見ると、彼も日本刀を持っている。


「剣道をやってるって言ったら、わざわざ刀を用意してくれたんだ」

と、雄一。


「という事は私も遊撃ね?」

私がジャネットに聞いた。


「今のところそのつもり。だけど、通常は後衛のサブマシンガンで済んでしまう事がほとんどね。もし魔物が突進してきたら前衛が盾で防ぎながら攻撃し、それでもし前衛が抜かれたり不測の事態になったら、その時は私やユウイチ、そしてこれからはアケミも加えた三人で対処することになるわ」


 通常は魔物がまだ離れているうちに、サブマシンガンや拳銃で攻撃するのね?

 でも私の場合は、慣れていない拳銃を持っていてもしょうがない気もするわ。

 ちょっと聞いてみよう。 


「やはり、私も拳銃を持っていたほうがいいの?」

「今はまだ現れていないけど、空中を飛ぶ魔物が現れたら剣だけでは対応できないから」

「空飛ぶ魔物かー」

 

 確かに空飛ぶ魔物にあのファイヤー・ボールを当てるのは難しそうだわ。

 自由にコントロールできるような魔法でもあればいいんだけど。なんかあるのかな?

 ジャネットが魔法はまだわかっていないことが多いとか言ってたから、そういうこともこれからいっしょに研究するのかな?

 とりあえず、そういう魔法が使えるようになるまでは、拳銃も練習して使えるようになっておいた方がよさそうね。


 私はその銃を手に取ってみたが、思ったより軽いようだ。


 すると、オタクのジョンが説明してくれる。

「VP9と呼ばれる自動拳銃で、重さは七五三グラム。装弾数は十五発。有効射程は五十メートルだ」


「アケミは拳銃を使ったことはある?」

ジャネットが聞いた。


「無いわ。これから練習するにしても、まだ空飛ぶ魔物も出てきていないんだったら、慣れるまでは魔法でもいいでしょ?」

「先程もちらっと言ったけど、魔法は威力はあるけど基本的に発動速度や射出速度が遅いから、今のところは拳銃のほうが有利な事が多いわ」

「そっかー」


「ところで、あなたはどの魔法属性を使えるかわかっている?」

「自分でも試したら、火だけだったわ」


「私も火しか使えないわ。それ以外の属性魔法を使うときは、この腕輪に使いたい属性の魔石のカートリッジを付けて使うのよ。アケミの分は申請を出しているから、ダンジョンに入る日までには間に合うはず」

ジャネットはそう言いながら右腕を上げ、魔石が装着された腕輪を見せた。


 それには緑色の魔石が付いているようだが、あの変異種の狼を倒した後に残った魔石は自然の石っぽい形だったのに、今腕輪に付いているのは綺麗な半球形をしている。

 

「それが魔石カートリッジ?」

「そう。魔物が残した魔石を研究所の方で加工して、形や大きさを合わせているのよ」


 あーなるほど。

 魔物が残す魔石は大きさや形が揃っていないから、それを一定の大きさに加工してカートリッジ化しているのね? 


「魔石はどんな種類があるの?」

「まず、赤い魔石は火属性ね。そして火以外に今分かっているのは、青が水、緑は風、黄色の土ね。さて、他の皆もアケミの実力を知っておいたほうが良いから、ここで魔法を撃ってみてくれる?」

「うん」


 私は腕輪はまだしていないが、射撃用の的に向かう。

「ファイヤー・ボール」


 変異種を倒したときの要領で発動した。

 すると、六十センチほどの火球が勢い良く飛んで、三十メートル先の的を焼いた。

 

 あの時よりちょっと小さかったわね。

 

「すげーな」

と、周りから。 


「でも、もうちょっと練習して威力とかを調整できるようにしたいわ」


「そうね。でも、今日は拳銃の使い方を覚えておいてね」

ジャネットが言った。


「わかったわ」

「あと、剣を打ち合って練習するときは、向こうの刃を潰した剣を使うから」


 あれ? 人と打ち合って練習?

 動物型の魔物相手なら、こういう練習は必要ないわよね?


「もしかして、ダンジョンには武器を持っている人型の魔物もいるってことなの?」

「不思議なんだけど。下の階に行くほど、そういうのが出てくるわね」

「まさか、ゴブリンやオークとか」

「名称はともかく、思っているのと近いのが出てくるわよ」

「へー?」

「なかなかファンタジーでしょ」

「わくわくするわ」


「頼もしいわ。初めはみんな気味悪がるんだけどね」

ジャネットは私にそう言ってから、皆に号令する。

「では、みんな。訓練に戻れ。ユウイチは使う武器が同じだから、アケミの面倒を見てやってくれるか?」


 どうやらジャネットは、私にはやさしい言葉遣いを使っていて、普段男たちに命令するときは強い口調になるようだ。

 私が女性だからか、あるいは元々民間人だからからかもしれない。


 まさか、私が子供だと思っているってことはないわよね? 

 いろんな人から「お嬢ちゃん」って言われたってことは、その可能性もあるかー。


「オーケー。じゃあ、俺たちは向こうで」


 雄一は空いている場所に私を連れて行く。


「ねえ、ジャネットは通称はないの?」

私は歩きながら雄一に聞いた。


「単に『ジャネット』か『マム』と呼ばれているな」


 そういば女性の上官には、「イエッサー」の代りに「イエス、マム」とか言っているのを聞いたことがあるわね。


「そうなのね?」



「この場所でいいか。まずは、本物の刀を使うのは初めてだろ?」

雄一が聞いた。


「前に、藁(わら)の束を切った事はあるけど」

「なら大丈夫かも知れないが、とりあえず今日はこの刀に慣れるのと、一応魔法の腕輪の使い方も説明しておくよ。そのあと拳銃の扱い方だな。すぐにじゃなくても、拳銃の分解掃除もできるようになった方がいい」


 覚えることがいっぱいだわ。

 でも、しょうがない。


「わかった」

「じゃあ、まず素振りを一緒にやろうか」 


 私と雄一は刀で一緒に素振りを始める。


 素振りが一通り終わると、練習用の刃を潰した刀を打ち合って練習を始めた。


 激しい打ち合う音に、他のメンバーたちが周りに集まってきた。


「おー、互角なのか?」

「いや、お嬢の方が押してるな」


 私は魔力を少しまとっているからね。ちょっとズルかしら。

 でもまあ、男性相手だからハンデということで。

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