第8話 スカウト

 私は補給部に戻ってきた。

 

「どうしたの?」


 私がしょげた顔をしていたのだろう、スージーが心配そうに聞いてきた。 


「私、やらかしちゃったかも。前の仕事もやらかして首になったのに、もしかしたらここも……」

「いったい、何やったの?」

「実は……」


 私がスージーに話そうとしていると、そこに上司がやってきた。

 

 確か会議中なのに。まさか、もう腕輪を壊した話が伝わちゃったのかしら。

 

「さっきダンジョンに行ったのは、アケミ君で間違いないよね?」

「はい。すいません。やっぱりクレームがきましたか?」

「何かやったのか?」

「たぶん」

「とにかく、会議をしていたら、君を軍部の第三会議室に連れてきて欲しいと連絡があってね」

「わかりました。お手数かけます」


 呼ばれたということは、やはり無理な使い方をして壊しちゃったのね?

 そうでなければいいと思っていたのだけど。

 

 私は上司に連れられて、軍の司令部がある建物に歩いていく。

 

 なんとか、弁償ですめばいいけど。

 私の給料で払えるわよね?

 もし高いものだったらどうしよう。

 

 あーあ。ここは居心地がいい職場だったのにな。

 定期的ににシャトル便が飛んでいるみたいだから、次の便で帰されるのかな。


 

 第三会議室の前に着くと、上司がインターホンで話す。

 

「補給部のクライブ・レイトン中尉であります。アケミ・オオタとともに出頭いたしました」

「入ってくれ」


 会議室に入ると、五人ほどが席について私達を待っていた。

 先程のジョージ・デイル軍曹も末席に座っている。

 

「掛けてくれ」

大佐の階級章を付けている人が言ってきた。


 私たちは、彼らの正面に座る。

 

「ダンジョン攻略部隊の責任者、カーティスだ」

と、大佐が自己紹介した。


 ダンジョンって言ったわよね?

 部隊名に隠語なんて使わないだろうし、やはりあれは本当のダンジョンなのね?


 でも、向こうが首と言う前に、こちらから弁償を申し出よう。


「補給部のアケミ・オオタです。腕輪を壊してしまったようで申し訳ありません。弁償しますから首には……」

私はそう言って、前の机に手をついて頭を下げる。


 ここには欧米人ばかりで、こうやって頭を下げる習慣が無いのだろう。

「おお。これが土下座か」

というつぶやきも聞こえてきた。


 いえ。本当の土下座は床の上でやるものです。

 でも、そこまでやったほうがいいかしら。 


「君は、何を謝っているのかね?」


 私は頭を上げて大佐を見る。

「ですから、腕輪を壊したことを……」


「腕輪は壊れていないと思われるが」

「え?」

「まず、君にここに来てもらったのは、事実を確認するためもある。報告によるとダンジョンから出てきた狼の変異種を、君が討伐したということで間違いないかね?」

「あ。たぶん、そういうことだと思います」


 隣では上司が驚いた顔をしていた。

 

「しかも、魔石を使わずに魔法を使ったと、ジョージ・デイル軍曹の報告にはあるが」

「それについては、よくわかりません」

「ふむ」


 すると、大佐の隣りに座っていた女性の中佐が発言する。

「魔石を必要とするかしないかは、ここで試してもらいましょう」


「任せる」


「私はジャネット・デニス。攻略部隊の中隊長をまかされています」

と、その女性の中佐が私に自己紹介してきた。


 彼女は白人で、髪は茶色に近い赤毛だ。

 年齢は三十才ぐらいで、凛(りん)とした風をしている。


「はい」

「それでは論より証拠。この場で魔法を使ってみてください」

「え? でも、腕輪が」

「なるほど。その説明からですね? 実はこの腕輪だけでは普通は魔法は使えないのです……」


 説明によると、普通はこの腕輪に魔石を組み合わせて使うことによって魔法が使えるということ。

 ただしそれでも適性があるらしく、それで魔法が発動できるのは五人に一人ぐらいらしい。


 ところが、ごくたまに魔石がなくても魔法が使える人間がいること。

 今の所推測の域を出ないが、この月の内部に充満する魔力自体を使う能力があるのではないか、ということだった。

 

「あなたは魔石を使わずに魔法を発動させた。実は、私もそれができる一人なのです。いいですか、見ていてください」

ジャネットがそういいながら手のひらを上に向ける。

「ファイヤー」


 すると、彼女の手の上に炎が現れた。

 彼女は腕輪はしていない。

  

「本当に魔法が!?」

「そうです。あなたもやってみてください」


「え?」

「大丈夫。火をイメージして、ファイヤーと」

「あ、はい」


 私も手のひらを上にして言ってみる。

「ファイヤー」


 するとジャネット中佐よりも大きな炎が現れた。

 

「おお」「魔法だ」

と、そこに居合わせた人々の声。 


「はい。結構です。火を消すイメージをしてください」


 私がイメージすると火は消えた。

 

「大佐。ご覧の通りです」

と、ジャネット。


「なるほど。これではっきりした。魔法適性者は五人に一人ぐらいはいるが、君は数万人に一人と推測される魔法能力者のようだ」

大佐が言った。


 魔法能力者? つまり魔法使い?


「そういうことなんですか?」

と、私。


「統計的に推測しているだけだから、数万人に一人だと思われるが、もしかすると全人類の中で君たち二人しかいない可能性もある」


「そこで、あなたにもダンジョン攻略部隊に加わっていただきたいのです」

ジャネット中佐が私に言ってきた。


「もちろん、魔物を見てわかる通り危険が伴う仕事だから、給料に危険手当も上乗せする」

大佐が付け足した。


 え? 給料も上がるの?

 あ、でも、私が抜けるとスージーがまた一人になっちゃうわね。

 

 私は隣に座っている上司をチラッと見る。

 

「補給部の方は気にしなくていいよ」

上司が言ってきた。

 

 どうしよう。私も体育会系だし、剣道やボクシングもやってきたから戦うことは全然嫌じゃないけど……。

 あっそうだ。決める前に聞いてみよう。

 

「ダンジョンって、やはりあのダンジョンなんですか?」


 私の質問にはジャネットが答える。

「そうです。現在は第五階層までが攻略されていて、なぜかゲームのように階層ごとに出てくる魔物が違います。そして、テリトリーがあるのか、通常はその階層の魔物は他の階層には行きませんが、あなたが先程倒したような変異種だけは例外です」


「変異種というのは、頻繁に出てくるんですか?」

「変異種が発生する条件などは、まだ分かっていないことが多いですね。ダンジョンが発見されてから変異種が出てきたのは、今回で二回目になります。変異種の場合、階層に関係なくあのように外に出てくることがあるので、ダンジョンのまわりは高い塀で囲っています。まだわかっていないことが多いので、もしかすると、変異種でなくても各層の個体数が極端に増えた場合には、ダンジョンの外に出てくる可能性もあります。その個体数が増えすぎないように間引くのも、我々の仕事です」 


 ダンジョンの周りの塀は、やはりそういう事だったのね?

 

「一般人である私がお役にたてるんですか?」

「一般人と言っても、履歴書によるとあなたは剣道やボクシングをやっていたようですね。十分役に立てると思いますよ。いまのところダンジョンの各階層にいる魔物も、先程あなたが倒した変異種よりも弱い魔物ばかりです。しかし下の階層に行くほど魔物が強くなる傾向がありますが、ダンジョン内ではあまり破壊力がある兵器を使用できません。そこで今後は、魔法がより重要になっていく可能性が高いわけです」

 

「最後に。日本から一緒に来たユウイチ・カジワラさんもこの部隊なのですか?」

「ええ。私の部下です。そうですね、はじめは知り合いがいた方が心強いでしょうから、加わって頂けるならアケミさんも同じ小隊にしましょうか」 


 やっぱりそうだったのね。

 でも、倉庫の受付より断然面白そうだわ。


「わかりました。それでは、お願いします」

「まだ魔法については分かっていないことも多いので、一緒に研究していきましょう」  


「では、この後ガイダンスを受けてくれ」

大佐がそう言って、先に席を立つ。


 新しい上司になるジャネット中佐とガイダンスをしてくれる担当者が残って、私はそのまま会議室でガイダンスを受けることになった。

 どうやら、はじめてこの基地に来た時に受けたガイダンスよりも、詳しい内容を教えてくれるようだ。


「では、今回のプロジェクトの詳細を説明します……」

 

 初めにアルテミス計画によって月の裏側で発見された遺跡には、古代の地球で使われていた文字が彫られていたそうだ。

 意味がわからない単語もあるので、全てが解読されているわけではないが、ほぼ次の内容だったらしい。

 

 古代にこの銀河系の中心付近で侵略戦争があり、一部の人々が平和を求めてこの星系に逃れてきた。

 そして、もし追手がここまでやってきた時に備えて、この船は残しておくことなどが書かれていたそうだ。

 

 その内容と、その後の月の内部に発見された空洞などの調査で判明した結果などを元に、研究者たちが出した仮説は次のようなものだ。

 

 この月自体が移民船であろう事。

 この月の内部に魔素が充満していることから、逃れてきた人々は魔法が使えたであろう事。

 ちなみに、魔素は普通の人には存在は感じられないが、ジャネット中佐と研究者たちが協力して実験し、それがあることが証明できたらしい。

 

 さらに仮説は続く。 

 地球に残っている古代文字が使われていたことから、おそらく逃れてきた人々は地球に移り住んだであろう事。

 そうであれば、魔法が使えたであろう事や技術力の差などを見れば、その人々はおそらく地球に元からいた人々から神として崇められたであろう事。

 その人々は地球に元から住んでいた人々と混血した可能性が高く、それで人類の中にも、ときどき魔法に適性がある者がいるのではないかという事。

 

 今の所、ダンジョンがなぜ存在するのかはまだわからないが、これも研究者たちの仮説として次のような意見があるらしい。

 

 最奥に重要なものがあるのではないか。

 魔素を作り出す装置なのではないか。

  

 という説明だった。

 

 ということは、魔法が使える私のご先祖様は異星人なの!?


 ガイダンスが続く。

「そしてこれらの事は世間一般には知らされず、各国の上層部や軍の一部にしか知らされていません。さらに、これを聞いた各国の首脳の中には、可能性としていつか地球にも侵略の手が伸びるのではないかという心配を始める人も出てきました。そしてもし、この星系に侵略者がやってきた時に人類は戦うのか、それとも月に乗り込みどこかに逃げるのかは、各国の首脳たちの間で意見が割れています。もし月を移民船として使うにしても、操縦するための機構や動力源などはまだ見つかっていません。それらを見つけるのも、ダンジョン攻略部隊の目的になります」

 

 そうか。それでルナ・アークという名称なわけね?

 アーク、つまり方舟はこぶね

 旧約聖書のノアの方舟が、大洪水から逃れるために使われたことにちなんで方舟とつけたのかしら。

 でも、やっとわかったわ。

 

 

 私はこうして、軍のダンジョン攻略部隊に配属替えになった。

 ダンジョン攻略部隊は国連軍の特殊部隊という扱いで、一般の兵士に命令することがあることから階級は皆軍曹以上だそうだ。

 ということで、私もいきなり国連軍特殊部隊の軍曹ということになった。


 そして派遣から直接の雇用に切り替えられ基本給が上がり、さらに危険手当や遠隔地赴任手当などが加算されて、給料は前の四倍になるみたいだ。 

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