第7話 魔法
私は上司が手配してくれた電動車の後部座席に乗り込み、先程腕輪を出庫していった軍人のジョージ・デイルを追った。
車は月の空洞内の草原に出来た轍(わだち)の上を走っていく。
そういえばこの草原はどうやって出来たのかしら。
ここからは見えないけど、木もあるのかしらね。
人類がこの空洞を見つけて基地を作り始めたのが七年前とか言っていたから、その時に種がまかれたのかしら。
しばらく走ると、前方に高い塀に囲まれた施設が見えてきた。
塀は円形のようだが何箇所かに見張り塔もあって、まるで刑務所のような造りだ。
その門は守衛が守っていたが、私の上司から連絡が来ていたらしくすぐに通してくれた。
門は二重になっているし、いやに厳重だ。
なんだろう。
見張り塔の兵士は内側を見ているし、中から外に逃げ出さないようにしているみたい。
本当に刑務所みたいだわ。
門を通り抜けると、塀の内側は直径は三百メートルぐらいの円状になっていて、テントやプレハブのような建物がいくつか並んでいる。
そのテントのあたりで何人かが物を運んだり作業をしているようだが、皆が着ているのは基地の建物内で着る制服ではなく野戦服のようなものを着ている。
運転手はその建物の手前で車を止めた。
「ここで待っています」
「わかりました。すぐに戻れると思います」
私はそう言って車を降り、先程のジョージを探しながら奥へ歩いていく。
近くで作業をしていた人に聞いてみる。
「すいません。ジョージ・デイルさんを見かけませんでしたか?」
「あ。アケミだっけ?」
「アランさん?」
「こんなところに?」
「そうなんです。実は届け物があって」
「そうか。ジョージだっけ。あいつなら、多分向こうだ」
私はその言葉に従って、さらに奥に歩いていった。
すると、この敷地の中心付近に何か石で出来た遺跡のようなものがある。
それは、横幅が十五メートルぐらいで、高さは五メートルぐらい。
そして、その前面には三メートル四方ぐらいの入口があるのだが、その奥に何か光っているものが見えた。
その光はよく見ると、水面のように波うっているように見える。
え? あれって何?
しかしすぐに、その遺跡の手前に集まっている人の中に先程のジョージ・デイルを見つけたので、私の意識はそちらに向かった。
まだ少し離れているが、私は声を掛ける。
「デイルさん!」
私の言葉に何人かが振り向いた。
この場に女性が少ないのか、目立ったようだ。
「ああ、連絡があって待っていたよ。交換品を届けてくれたんだろ?」
ジョージ・デイルがそう言って、こちらに歩いて来ようとする。
「はい」
その時だ。
その遺跡の中の光の中から、血だらけになった一人の軍人がよろけながら出てきた。
「助けてくれ! 変異種だ!」
その軍人の声に辺りがにわかに騒がしくなり、そこにいた軍人たちが殺気立った。
「おい! ダンジョンから変異種が出てくるぞ!」
「銃を構えろ!」
するとサイレンが鳴り響き、この敷地内にいたほぼ全員が集まってきて、その光に向かって武器を構える。
ジョージ・デイルも腰につけていた拳銃を抜いて、その遺跡の方に意識を集中した。
え? ダンジョン? 変異種?
今出てきた血だらけの彼は、近くの人が肩を貸して、その遺跡からすぐに離された。
横にやって来た兵士が私に声を掛けた。
「お嬢ちゃん。後ろに下がって」
お、お嬢ちゃん?
まあ、若く見られるならいいけど。
でも、あの光から人が出てきたということは、SF映画に出てくるようなゲートか何かなの?
すると次の瞬間、その光の中から巨大な狼のようなものが出てきた。
毛の色はグレーで、体の大きさは三メートルちょっと。尻尾まで入れれば四メートル以上ありそうだ。
近くにいた他の兵士から、
「狼の変異種か!?」
という驚愕した声。
私は思わず数歩後ずさり、置いてあった荷物に足が触れて、そこで止まった。
その狼は、出口で待ち受けていた人間たちを見回すと、威嚇の咆哮した。
「グァオーッ!」
狼というより、まるでライオンの様な咆哮だ。
「撃て!」
誰かが命令し、銃撃が始まったが、その狼には大して効いていない様だ。
まさか、銃が効かないの? いったい、なんなの?
武器を持っていない私は、とりあえず後ろにあった荷物の陰に隠れる。
すると、先程上司がうっかり漏らした「魔物」という言葉が頭をよぎった。
もしかしたら、あれが魔物なの? 隠語じゃなかったの?
ということは、ダンジョンも魔法も本当に存在するの?
それで、あの光がダンジョンの入口ということ?
私は好奇心が勝り、荷物の間から頭を出してのぞいてみた。
すると、狼と目が合ってしまった。
わっ、やばい。
なんか武器。武器。
私はあたりを見回す。
私も剣道やボクシングをやってきたから武器さえあれば戦うことは嫌じゃないけど。
せめて、刀でもあれば。
いや。銃でも大して効いてないみたいだから、刀なんかじゃ歯がたたないか。
するとどこからか、
「ファイヤー・ボール!」
という声。
え?
思わずその声の方を見ると、右前の方にいた一人の軍人が、あの腕輪をした腕を狼に向かって伸ばしている。
すると、本当に火球が現れて狼に向かっていく。二十センチ程の大きさの火球だ。
それが狼に当たると、狼は苦しそうな声をあげた。
あの腕輪があれば本当に魔法が使えるの?
でも、あの狼には銃より効きそうね。
あの腕輪。ここにもあるけど。
もし狼がこっちに来そうなら、私もやってみる?
私はカバンから腕輪を出すと、先程の軍人の様に右腕にはめた。
新品じゃなくなっちゃうけど、緊急事態だからしょうがないわよね。
スイッチみたいのは無いし、さっきの人みたいに言えば魔法が使えるのかしら。
そしてもう一度頭を出して狼の方を見る。
すると狼は、先程のファイヤー・ボールを撃った軍人の近くまでジャンプして大きな口を開け、その軍人に噛みつこうとしていた。
どうやら怒らせてしまったようだ。
「ヒッ、ヒー!」
その軍人が情けない声を上げた。
危ない!
他に持っている人がいないなら、私がやらないと。
私は思わず立ち上がり、右腕を出す。
見様見真似だ。
どうせなら、とびきり大きいのを。
「ファイヤー・ボール!」
すると、先程の軍人が出した火球より大きい火球が現れて狼に向かっていく。八十センチ程の大きさだ。
火球のスピードが速かったこともあるが、狼はその軍人に集中していたので、すぐに避けられなかったようだ。
私が撃った火球は狼に命中すると、狼は吹き飛ばされて横倒しになり炎上し、そのまま動かなくなった。
やったの?
やっぱり銃より効果があるのね?
すると、そこかしこから、
「やったのか」「あのお嬢ちゃんが?」
という声。
また、お嬢ちゃん?
これでも私、もうすぐ十九才なんだけど。
でも、今はそれより……。
私は荷物の後ろから出て、まだその狼が生きていた時に備えて、腕輪をはめた腕を前に伸ばしながらゆっくりと近寄ってみる。
すると、その狼の体が煙になって消えてしまった。
後には、こぶし大の緑色の石のようなものが残っている。
これってゲームみたい……。
「あんたがやったのか! すごいぞ!」
ジョージ・デイルがそう言って近づいてくる。
「あっ、すいません。届けに来たのに、勝手に使ってしまって」
私は腕から腕輪を外すと彼に渡した。
「それは別にいいんだが、ずいぶん威力のあるファイヤー・ボールだったな。さぞかし大きな魔石カートリッジでも出来たのか……おや?」
「何か?」
「さっき君はファイヤー・ボールを撃ったよな? 火の魔石が着いてないようだが……」
魔石って、たぶん今の狼が消えると残っていた物よね?
「火の魔石? そんなものは、始めから着いていませんでしたが」
「え?」
「え?」
ジョージの顔が驚きの表情になる。
もしかして私、なんかやっちゃったの?
無理な使い方をしちゃったとか?
壊れてなければいいけど。
「も、もし壊してしまったなら弁償しますので。すいません!」
私はペコリとお辞儀をすると、そそくさとその場を離れた。
「あっ。君……」
後ろでは、ジョージがその腕輪をはめて「ファイヤー・ボール」と詠唱し試していたようだったが、何も起こらなかったようだ。
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