第4話 月へ

 地球を発って二日後。

 私たちを乗せたシャトルは何事もなく月に接近し、これから月の裏側へと侵入していくところだ。

 

 シャトルの中は安全なので、皆はヘルメットを外してくつろいでいる。

 中には簡易宇宙服も脱いで、ジャージのようなラフな格好をしている人もいるようだ。

 

 皆、初めのうちは無重力の状態を遊泳などをして楽しんだり、窓から見える無数の星々を見て楽しんでいたが、それも次第に飽きてきたのか、今はほとんどの人が椅子に座るか、あるいは椅子を倒してベッド状にして寝転び、それぞれが持ってきたメモリーで音楽を聞いたり読書をしている。

 

 私は席に座って窓の外をぼーっと眺めていた。


「そういえば月って、なぜいつも同じ面を地球に向けているのかしら」

私はふと思った疑問を口にした。


 地球からはいつも、月のウサギが餅をついているような模様が見えている。


 それを聞いたローザが隣の席から応える。

「それは、この後答えがわかるはずよ」


「え?」

「ヒントは、昔から月はその大きさに対して軽すぎるではないかと言われてきた、ということ」

「なんか聞いたことあるかも」

「そして、地球と月が重力で引きあっているから、月の重い面が地球に向いたままになっているの」

「ということは、月の裏側の方が軽い? もしかして、月って本当は半球だとか?」

「さすがにそれは無いわね。ほら、窓から月の裏側が見え始めているけど、一応丸いでしょ?」

「たしかに。えっーと。それじゃあ月の裏側の方が軽いということは……裏側の地面の下には大きな空洞があるという事?」

「おそらくそういうことね。私も実際に月に行くのは初めてだから、楽しみね」


 私は一般職だからあまり詳しいことは聞いていないけど、ローザは仕事上おおよそのことは予め説明されているのね?


 シャトルは月の裏側に入り込み、後方を映すカメラの映像には、月の地平線に沈む青い地球が映っていた。



 シャトルはしばらく月面に沿って飛行していたが、機長のアナウンスが入る。

「あと一時間後に着陸態勢に入ります。席に戻ってヘルメットを着用し、椅子を起こしてベルトで体を固定してください」


 地球を飛行する旅客機もそうだが、事故は離陸と着陸の時が一番起こりやすいそうだ。

 そのために、離着陸時にはヘルメットを着用することになっていた。


 その後シャトルは徐々に高度と速度を下げていった。

 事前の説明では、着陸船などは使わず、シャトルでそのまま月に降りるそうだ。

 しかし、地球と違って空気がないので、翼で滑空という方法はとれない。

 つまり、後ろ向きになってロケット噴射で落下速度を制御しながら降りるわけだ。


 そうなると、降りるときと再び離陸するときには燃料が必要になるわけだけど、今では月面基地に燃料の補給施設が作られているそうで、もし帰りの燃料が足りなくなっても、十分な燃料の補給を受けられるとか言っていた。


 やがて、シャトルは月に対して垂直の姿勢になり、後ろ向きに降りていく。

 メインエンジンのロケット噴射で降下のスピードを調整し、若干の衝撃とともに月面に建設された発着場に着陸した。


 シャトルが着陸すると、シャトルと同じ高さの可動式支持搭に固定されてシャトルの姿勢が垂直から水平に変えられる。

 可動式支持搭がそのまま巨大な搬送装置となり、シャトルが月面基地の建物の方へ運ばれて、建物に横付けするような形で停止した。

 

 しかし、窓から見える建物は、思ったより小さい。

  

 ここに千人もいるにしては、小さいわね。ということは主要な施設は地下にあるのかしら。

 

 窓から見ていると、今度は建物からシャトルのハッチの部分に、断面が長方形のチューブが接続される。

 アメリカの基地で乗ったときと同じ様に人間はその中を通って、シャトルから宇宙空間に出ることなく、そのまま月面基地に入れるようになっていた。


 パイロットが操縦室から出てきて、中から操作をしてハッチが開くと、乗客たちが椅子から立ち上がってハッチに向かう。

 

 月の重力が小さいため、体重は地球にいるときの六分の一になっている。

 私も宇宙服の分も含めて体重は十キロ程度の重さになり、軽々と歩いて向かうのだった。


 チューブ状の通路を歩いて、さらにエアロックをいくつか通り抜けると待合室のような部屋に出る。

 

 すると、月面基地の職員が出迎えてくれる。 

「みなさんお疲れ様でした。こちらへお集まりください」

 

 皆はその職員に従って、その部屋にある大きめな扉の前に案内された。


 扉の上に表示パネルがあるので、これはエレベータよね?

 やはり基地の主要施設は地下にあるのね?

 

 いくつかエレベータはあるようだが、一番大きなエレベータに全員で乗った。

 

 扉が締まりエレベーターは下降していくが、下に着くまでずいぶんと時間がかかっている。


 もう一分ぐらい経ってるわよね?

 まだ下に着かないの?

 故障っってわけでも無さそうだし、そんなにゆっくり降りているのかしら。

 

 でも、降りていくほどに体重が増えていく気がする……。

 私の体重が増えていくわけではないわよね。

 これって、重力が大きくなっているってこと?

 いったい、どういうこと?


 周りを見回すと、皆も驚いているようだ。

「これは重力か?」「エレベーターが昇っているわけじゃないよな?」


「これって、月の地下は重力があるの?」

私は隣にいた雄一に聞いた。


「俺にもわからん」


「重力を制御するような装置でも発明されたのか?」

と、他の誰か。


 でも、いったいどこまで降りるのよ。  

 驚いていない人は、前にも来たことがあるか、あるいはあらかじめ説明を受けていたのかもしれないわね。

 軍人ではない私たちには、機密事項は事前にはほとんど知らされていないから。


 いったい何階分降りているんだろうと不安になりかけたころにエレベータは止まり、扉が開いた。

 私は一回深呼吸してみる。

 空気はちゃんとあるわよね。 


 ところが私は、その部屋の空中に何かが漂っている気がした。

「この煙というか靄みたいのは何?」


「煙? 俺には見えないが」

と、雄一。


「え?」


 私はそう言われて改めて見回してみると、煙のようなものは見えなくなっている。


 さっきのは、なんだったのかしら。

 まさか、幻覚? 宇宙病か何か?

 

「大丈夫か?」

「え? うん。たぶん」 


 エレベータを降りると、そこも待合室になっていた。

 しかし、重力は地球の重力とほぼ同じだ。

 この二日間無重力状態だったために、体がすごく重く感じる。

 

「では、男女別に更衣室に入り、簡易宇宙服から基地内で着ていただく制服に着替えてください。制服は予め皆さんのサイズに合わせたものが用意されています」

基地の職員が言ってきた。


 私達は男女別に更衣室に入って、簡易宇宙服から制服に着替える。


 制服のデザインは近未来的で、その基本的な形は皆一緒だが、部署ごとに色が違うらしい。

 私のように一般職はクリーム色みたいだ。

 一緒に更衣室に入ったローザは白い制服だから、学者や研究者は白なんだろう。

 そして軍人は青で、制服の肩に階級章が付いている。

  

 さて。ここでは失敗しないように。とにかく問題を起こさないように頑張ろう。

 

 私は気合を入れるのだった。

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