第175話 清須幕府 開府
清洲城。
かつて清須会議が行われたこの場で新たな歴史が刻まれようとしていた。
「皆、面を上げよ」
征夷大将軍、織田秀信のその一言で諸大名は顔を上げる。
まだ新たな所領の分配も定まっていない中ではあるが、そこに集った者達は皆名の知れた大名達であった。
「この度、征夷大将軍と相成った、織田秀信である。今後はこの清洲城を幕府の本拠地とする。皆の衆には、良く支えてもらいたい」
「ははっ!」
秀信のその態度に皆が頭を下げる。
かの織田信長の孫であり、秀吉亡き後の天下を争った男が、『頼んだ』のである。
征夷大将軍が、皆に支えてくれと頼む。
本来であれば征夷大将軍としての信頼を失いかねない言動だが、自ら所領を切り取って天下人に成り上がったのではなく、皆と協力し、支え合って築いた天下であったが故、皆の信頼は厚かった。
「さて、これよりは織田の天下となる訳だが、納得せぬ者もおられるかと思う。そこでだ」
秀信は小姓に目配せをする。
すると、戸が開けられ、奥から北政所が現れる。
その隣にはまだ幼い少女が手を引かれていた。
「皆様。こちらは豊臣家の一門。豊臣秀勝様の御息女、豊臣完子様であらせられます」
北政所がそう口を開いた。
豊臣完子。
生まれは1592年。
この時の齢は八歳である。
一説によれば織田秀信の妻であったとされるが時期が合わない等の理由で否定的な意見も多い。
事実、秀信の妻では無かった。
「北政所様の申し出により、これよりは、豊臣家一門である豊臣完子様を、この秀信の正室とする」
それは、秀信が秀吉の後継であるという事をアピールする為であった。
それにより、秀信は豊臣の天下の簒奪者ではなく、豊臣の天下を受け継ぎし者となったのである。
しかしそれは何とか掴み取った織田家の天下を豊臣の天下とするということを意味していた。
集まった大名達の中には秀信が自ら天下を欲していた訳ではなく、天下泰平の世を作りたいと願っていたのだと納得する者が現れることとなる。
「豊臣の天下は、この織田秀信が受け継ぐ。異議のある者はあるか?」
ひれ伏した大名達は誰も何も言わない。
ここまでされては、加藤清正等の豊臣温故の不満のあった大名も文句は言えなかった。
「……では、これよりは亡き太閤殿下の意思を受け継ぎ、泰平の世を築いて行く事を約束する。皆の尽力に期待いたしまする」
最後に、秀信は頭を下げた。
すると、静かなその場に北政所の咳払いが響く。
そこで、秀信は気付く。
「……あ」
秀信がポツリと呟く。
そして、暫くの沈黙の後、秀信は大きな声で笑った。
「……やはり慣れませぬな! 皆様方、これまで通りよろしくお願いいたしまする。某はまだまだ未熟の身。皆様方から学べるものは学んで行きたいと思いまする!」
「……では、まずは上に立つ者としての振る舞いからですな!」
島津豊久がそう言うと、その場に微かに笑い声が響いた。
「左様ですな。皆様方、これからも、何卒よろしくお願いいたしまする」
結局、秀信は頭を下げた。
この秀信の姿勢は皆から好印象を受け、その事は下々の者にも知れ渡る事となる。
それにより、日の本中で秀信の評価は上がったのであった。
織田の天下は盤石なものとなりつつあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます