第176話 約束を果たす時

 清洲城で行われた幕府の開府宣言。

 そして豊臣完子との婚姻の報告。

 それらが行われていた時、いやその前からずっと岐阜城である男の帰りを待っていた人がいた。

 

「……」

 

 ただ一人。

 第二次本能寺の変で三郎が死んだという話を聞き、涙を流すこと無く、必ず帰るという三郎の言葉を頼りに耐えていた。

 

「三郎殿……」

 

 外を見ながら福は呟く。

 しかしその言葉が何の意味も持たない訳では無いことを知っていた。

 

「一体何処に居るのですか……」

 

 織田家の一門。

 それも三郎に近しい者には三郎の生存は知らされていた。

 そして福も織田家の一門となっている。

 勿論、三郎の生存は知っていた。

 三郎が死んだという報告で涙を流さなかった福は、生存しているという報告を聞き、涙を流した、

 福は、ひたすらに三郎を待っていたのだった。

 

「っ……」

 

 すると、部屋に突如としてそよ風が吹く。

 戸は閉めており、風など入らない筈なのにである。

 

「……?」

 

 戸を見ると、空いていた。

 確かに閉めたはずなのに開いていた。

 誰にも出入りを許していないというのに開いていた戸を見て、福は不思議に感じた。

 不思議に思いつつも立ち上がり、戸を閉めようとした。

 その時。

 

「っ!?」

 

 気配を感じ、振り向いた。

 そこには、見覚えのある男が立っていた。

 

「……あー……久しぶり?」

 

 

 

(……よし、最高の演出だ)

 

 三郎は福に会うため、色々と準備をしていた。

 まず、秀信の開府宣言に合わせて、あらかじめ岐阜城、福の居室にて天井裏に忍び入る。

 開府宣言で邪魔が入らない時を選んだのだった。

 そして、頃合いを見て虎助達の本能寺衆が密かに戸を開け、見えないように、全力で仰いで風を起こさせる。

 

(……想像したらちょっと笑えるな)

  

 戸から福までの距離は遠い。

 それを気付かれず、ありとあらゆるものを使って風を起こして注意を引く。

 虎助達は必死だろうとその姿を想像し、三郎は笑いを堪えていた。

 それらに福が気を取られている間に天井裏から降りて福の目の前に姿を現す。

 福は感動し、涙を流すだろうと予測していた。

 

「さぁ、福! 遠慮せず……ん?」

 

 遠慮せず泣いていいんだぞ。

 そう言おうとした矢先、

 福はこちらを見ながら薄っすら涙を浮かべていた。

 しかしそれは感動の涙では無く何処か恐怖に満ちていた。

 それはお化け屋敷でびっくりした時の表情に似ていた。

 その証拠に、小刀を鞘から抜こうとしていた。

 

「……く」

「……え?」

「……曲者ぉ!」

 

 

 

「誠に申し訳ありませんでした!」

 

 事は落ち着き、その場には土下座した三郎とそれを見下す福がいた。

 その近くには本能寺衆がいた。

 

「……おふざけが過ぎますよ」

「……はい」

 

 福が三郎を曲者と認識して襲いかかったが、間一髪虎助が刀を押さえた。

 そして福が怒っている事を理解した三郎は土下座して謝罪しているのだった。

 

「……三郎殿。私が何故怒っているかわかりますか?」

「……たった今、驚かせてしまったからです……」


 しかし、福は答えない。

 その答えが違うことを理解した三郎は答えを探す。

 その中でとある事に気が付く。

 

「……福は俺が生きているという事を知っていたのか?」

「……はい。織田家の一門、特に三郎殿に近かった者には知らされております」

「何だと!? そんな話は聞いてないそ! 虎助、どういうことだ!?」

 

 すると、虎助は目をそらしつつ答える。

 

「……三郎にそれを知らせてはここに来なかっただろう?」

「虎助! 裏切ったな!?」

 

 すると、福はその二人のやり取りを見てとある疑問を抱く。

 

「……何故そのように親しげなのですか?」

「あー……それはな」

 

 三郎は虎助に友としてあるように頼んだ事を説明した。

 

「成る程……」

 

 すると、福は暫く考え、口を開く。

 

「ならば、私も」

「……え?」

 

 すると福は軽く咳払いをしてから口を開く。

 しかし、その口調は先程とは全く違った。

 

「三郎。何故、私が怒っているか分かる?」

「え……」

 

 福は突如として親しげな話し方に変えた。

 それが『私も』の意味なのだと理解する。

 そして、福の質問に答える。

 

「……俺が本能寺で死ぬという策を使い、お前との約束を果たせなくなりそうだった事。そして、生き残ったというのに姿を現さなかった事……違うか?」

「……わかっているならよろしい」

 

 福は頷く。

 

「今後、三郎はどうするつもり?」

「……今の天下に俺の存在は必要ない。旅をしたいと考えている」

「……旅? どういう事ですか?」

 

 福は疑問浮かべる。

 それを予測していた三郎は続ける。

 

「あぁ。旅だ。それも日の本では無い。船で海を渡り、世界中を観て回る! この時代の世界を観て回りたいんだ」

「……それは、あなた達だけで?」

 

 その福の返答に、三郎の動きは止まる。

 

「……良いか、海の外は危険が多い。原住民に殺されるかも知れないし奴隷として売り飛ばされるかもしれない。そんな危険な所にお前を連れて……」

 

 三郎はそう言いながら恐る恐る福の顔を見る。

 

「……」

 

 福は笑顔であった。

 しかし、その笑顔から良い気配は感じない。

 むしろ恐怖を感じた。

 

「連れて行きたいと思ってます! どのような危険もこの織田三郎と本能寺衆で薙ぎ払い、共に世界を見て回りましょう!」

「……ふふっ」

 

 すると、今度は本当に福が笑う。

 

「ええ。勿論です。どのような危険からもしっかりと守ってくださいよ? そして、どんな危険も切り抜けて私の下に戻ってきて下さね」

「……当たり前だ。悪かった。決してもう一人にはしないと約束する。今度は、約束を守ると誓う」

 

 かくして、三郎は約束を果たした。

 元々はまた福を置いて行こうとしていたが、三郎は福の圧に負けた。

 今度は必ず約束を果たすと三郎は固く決意したのであった。

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