第168話 野望を抱いた者達の末路

「……はぁっ……はぁっ……」

 

 政宗は命からがら大阪城へと逃げ延びた。

 混乱が広がる戦場をただ一人、大阪城へ向かって走り続け、何とかたどり着いたのであった。

 

「政宗様! ご無事で!」

 

 成実が出迎える。

 城内に戻ると、そこには政宗と同じかそれよりもひどい状態の兵達が辺りを埋め尽くしていた。

 

「こ……これは……」

「南側で戦を繰り広げていた浪人衆にございまする……皆、命からがら逃げて来たようで」

 

 すると、政宗のもとに天海が歩み寄る。

 

「初めこそ相手の意表をついて優勢に立っていたものの、やはり数的不利は覆せず、この有り様にございまする」

「なんと……」

 

 政宗はもはや使える兵はいない事を瞬時に理解した。

 政宗は最後の望みを絶たれたのだった。

 

「……これでは、慶次殿に申し訳無いな……」

「……政宗殿」

 

 すると、天海が口を開く。

 

「もはや逃げ道はありませぬ。大阪城は囲まれ、我等の劣勢を目の当たりにした敵は一気に攻め寄せてくるでしょうな。如何がするつもりで?」

「……」

「政宗殿!」

 

 すると、南部利直が現れる。

 

「我等の兵はこのような状況と言えど、我等は諦めておりませぬぞ! さぁ、指示を下され! 我等がこの有り様とて、上杉殿や前田殿が居られれば何とでもなりましょうぞ! 我等浪人衆にも活躍の場はあると申されましたな? 我等もまだまだやれますぞ。今がその時にございましょう!」

 

 利直は先程戻ってきたようで、戦況全てを理解しているようではなかった。

 

「さぁ、伊達殿! 指示を下され!」

「……うるさい!」

 

 政宗は立ち上がり、声を荒げる。

 

「貴様らのような弱兵に用など無い! 貴様らがいくら頑張ろうと、もはやこの戦は負けだ! しばらく一人にしろ! 誰も通すでないぞ!」

 

 政宗はそう言い放つと、大阪城の奥へと消えて行った。

 

「……何なのだあの態度は!」

「……利直殿、落ち着いて下され」

 

 政宗の横暴な態度に利直は怒りの感情を露わにする。

 そして、この状況が最も危険だと感じた天海は利直を諌める。

 

「今仲間割れを起こしては敵の思う壺。敵も様子見で攻めてこぬ以上、守りを固めるのが最善にございまする。我等の統率が乱れれば乱れる程、勝ちの目は無くなりますぞ」

「……しかし、あの男の態度には最初から腹が立っておった! 自分が最も偉いとでも思っているようで、腹が立つ! 我等がいなければそもそも戦えなかったというのにな!」

 

 利直の言う通り、浪人衆が多く集まったからこそ、この戦が起こったのである。

 集まらなければ伊達政宗は成すすべ無く負けていた。

 それは事実であった。

 

「……とにかく、今は落ち着いて下され」

「……」

 

 利直は答えず、その場を後にする。

 一人残された天海は頭を抱える。

 

「さて……どうした物か……」

 

 

 

「殿! 起きて下され!」

「成実か……景綱もいるのか」

 

 その日の深夜。

 政宗の部屋を二人が訪れる。

 

「暫く一人にせよと言った筈だが……」

「それどころではありませぬ! 利直殿が……」

 

 その成実の言葉を聞き、政宗は顔色を変える。

 異変を察した。

 

「何があった!?」

「は……敵の守りが手薄な北と西へ兵を引き連れ夜討ちをかけました……」

「……結果は?」

 

 成実は暫く間を空け、答える。

 

「夜の内に敵は兵を増やし守りを固めていたようで……返り討ちに遭い、利直殿は討ち死に……大谷殿や石田勢も皆討ち死にしました……兵は散り散りに逃げ、戦える者はもう……」

「な……」

 

 政宗は驚愕する。

 この少なく、疲弊しきった兵でも堅牢な大阪城に籠っていればまだ暫くは戦える。

 その間に纏まりきっていない織田政権が崩壊するのを期待していた。

 その期待は、裏切られる。

 

「政宗殿」

 

 すると、二人の後ろから天海が現れる。

 

「敵が攻勢に出ましたぞ。北と西……敵は徳川、前田、加藤、龍造寺に鍋島……既に城門は突破されておりまする……」

「な……一体何をしておったのだ!? 何故お主は何もしなかった!?」

 

 その政宗の言葉に、天海は答えない。

 それどころか、笑っていた。

 その様子に、政宗は不信感を覚えた。

 

「……貴様……」

「殿! 逃げる手筈を……」

 

 景綱も不穏な気配を察する。

 景綱の言葉を聞き、政宗は頷く。

 

「……どうにか、逃げるぞ。本国に戻ればまだ……」

「残念ながら、それは出来ませぬぞ」

 

 天海がそう言うと、その場に兵がなだれ込んでくる。

 あっという間に政宗達を囲むと、更に男達が入って来る。

 

「伊達政宗。秀頼公と淀殿の仇を、取らせてもらう」

「加藤清正……何故ここにおる!? っ! 天海! 貴様か!」

 

 入って来た男たちは加藤清正、前田利長、徳川信康に龍造寺政家と鍋島直茂であった。

 天海は笑う。

 

「政宗殿の首を手土産に、私は命は助けて頂く。あの男が居なくなった以上、殺されることは無いだろう……さらばだ。伊達政宗よ」

「お主は何を言っている?」

 

 すると、加藤清正が天海を背後から貫く。

 

「がっ……な、何故……」

「秀信様から必ずや天海は討ち取れと、何があっても生かすなと言われている。お主の事は利用させてもらっただけよ」

「加藤殿の言う通り。これまで散々我が徳川家を利用し、裏で操っていたお主を生かすわけには行かん。ここで潔く死ぬが良い」

 

 加藤清正は刀を天海から引き抜く。

 天海は音もなくその場に倒れる。

 

「さて……政宗。自害するか、たった三人で我等に立ち向かうか、考えよ。腹を切れば、そこの二人は助けてやろう」

「……」

「殿! なりませぬぞ!」

「我等の事は気にしないで下され! 殿と共に死ぬことこそ我等の本望にございまする!」

 

 成実と景綱は必死に説得する。

 そして、政宗は頷く。

 

「……二人共……この儂には勿体無い家臣だ……恵まれているな……」

 

 政宗は刀を抜く。

 

「殿!」

 

 成実と景綱は政宗の覚悟を察し、共に刀を抜く。

 そして、加藤清正達へ向かう。

 

「我等は最後まで殿と共に……」

「……違うようだぞ?」

「くっ……」

 

 すると、二人の背後から苦しむ音が聞こえる。

 二人は咄嗟に振り返る。

 そこには、首に刀を当て、血を吹き出し倒れる政宗がいた。

 

「殿!」

「な、何故……」

 

 政宗は最後の力を振り絞り、笑う。

 

「す……すまぬ……な。儂が……愚かなばかりに……もう少し……上手く……やれれば……」

 

 政宗はそう言い残すと、力が抜け、目を閉じた。

 

「殿……」

「……これで、決着がついたな」

 

 加藤清正は刀をしまう。

 大阪城は、天海の策謀によって落城した。

 その天海も裏切られ、死ぬ。

 政宗も家臣の為に自ら命を絶った。

 天下を手にしたのは、織田秀信であった。

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