第167話 絆

「秀信殿! 早くお逃げを!」

「いいや! 俺は逃げん! ここで逃げては皆の心が離れてしまう! 逃げるわけには行かんのだ!」

 

 勘助の忠言も聞かず、秀信は逃げない。

 自らも刀を抜き、敵兵を切り倒していく。

 

「くっ……数が違い過ぎる! 真田殿は何をしているのだ!?」

 

 真田の主力は直江兼続により、抑えられていた。

 信之も直江兼続の繰り出す兵を抑えるので手一杯であった。

 肝心の信繁も一度戦線を離れたことにより、雑兵を相手にしており、秀信は孤立していた。

 

「ちぃっ! 勘助! どうにか出来ぬか!?」


 秀信が勘助へ視線をやる。

 景勝ら上杉勢から視線を外した。

 その僅かに生まれた隙を、景勝は見逃さない。


「今だ! 織田秀信! 覚悟!」

 

 護衛の雑兵を蹴散らしながら景勝が秀信へ迫る。

 

「っ! しまった!」

 

 秀信が敵に好機を与えてしまった事を理解する。

 しかし、その時には既に遅く、景勝の刃が秀信の喉元に迫る。

 

(……すまぬ……三郎)

 

 秀信は死を覚悟し、目を閉じる。

 最後に三郎へ、謝罪の念を込めた。

 ここまで持ってきてくれた三郎に申し訳無い。

 そう思い、最後に謝罪の言葉を思い浮かべたのだった。

 

「……?」

 

 しかし、痛みはなく、意識もはっきりとしていた。

 秀信は、まだ死んではいない。

 

「……全く、面倒がかかる孫だな」

 

 その聞き覚えのある声に、秀信は目を開ける。

 しかし後ろ姿でその男の様相は見えない。

 

「き……貴様は……」

「俺の事などどうでも良い」

 

 その男は景勝の刃を受け止めていた。

 それを跳ね除け、切っ先を景勝へ向ける。

 

「さて……惜しかったな、上杉景勝。俺が来なければ秀信を討ち取れていたのにな」

「……まだ終わった訳では無い」

 

 周りの織田兵を制圧し、手の空いた者が秀信の下へ集まる。

 秀信とその男二人で相手取らなければならなく、窮地である事に変わりはなかった。

 

「ここで終わらせる! かかれ!」

 

 上杉兵が襲いかかる。

 男は次々とそれらを斬り伏せて行く。

 秀信は状況について行けず、ただ唖然としていた。

 

「秀信!」

 

 そこで、男の怒号が飛ぶ。

 

「何をしている! 第六天魔王の孫はその程度か! 信長の孫であるという意地を見せてみよ!」

「……っ! くそ!」

 

 秀信は刀を握りしめ、男の背後に居た敵を斬り伏せる。

 

「……必ず、お前の事は問いただす。だから死ぬなよ。その代わり、俺も死なん」

「……面白い!」

 

 次は男が秀信を押しのけて秀信の背後の敵を斬る。

 男は面頬で顔を隠しており表情が読み取れなかったが、秀信は男の事を信頼していた。

 二人の連携は凄まじく、次々と敵を斬り伏せていく。

 

「あの男……もしや……」

 

 勘助は敵と戦いながら男の正体に勘づいていた。

 

「しかし……何故……」

「……くっ、喰らえ!」

 

 すると、秀信に斬り伏せられ、死んだと思われていた雑兵の一人が、落ちていた弓を拾い、矢をつがえ秀信を狙う。

 

「っ!」

「まずい!」

 

 男は秀信の前に立ち、盾となる。

 その次の瞬間、矢が放たれる。

 ことは無かった。

 

「……間に合いましたな」

「っ! 信繁……」

 

 上杉景勝は突如として現れた男の名を口にした。

 真田信繁が秀信達に合流する。

 弓を拾った敵をすんでの所で斬り伏せていた。

 

「上杉景勝! 弟だけでは無いぞ!」

「……真田信之もか……兼続はだめであったか……」

 

 真田の主力が秀信を救いに入る。

 景勝は、勝ち目がないことを悟る。

 

「……もはやこれまでか」

 

 景勝は刀を捨てる。

 

「降伏だ。皆も武器を捨てよ。命を無駄に散らすでない」

 

 景勝の言葉で兵達は涙を流すものもいた。

 そして、皆が渋々武器を捨てた。

 

「儂の命は良い。しかし、兵の命だけは救ってくれ」

「……分かった。上杉景勝殿。見事な戦ぶりであった」

 

 かくして、秀信の窮地は救われる。

 だが、未だに政宗は生きていた。

 戦況は織田方の圧倒的有利、いや、圧勝と言っても良い状況であった。

 政宗の最期が、近づいていた。

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