第166話 上杉の意地

「秀信殿。あまり前に出られてはなりませぬぞ」

 

 昌幸が秀信の代わりに本陣にいる間、秀信は真田の陣にいた。

 勘助に諌められ、前線には立っていない。

 

「分かっている。流石にそこまではせん」

「こちらには真田信繁殿と、信之殿がおられます。危険な事はそうそうないでしょう」

 

 昌幸が織田の将をそのまま配置することで敵の目を欺いたように、秀信もそのまま真田の兵を指揮していた。

 そのおかげか、総大将である秀信がいるにも関わらず、敵の攻勢はそこまで激しくは無かった。

 敵は気付いていないという事であった。

 

「さて……そろそろ本陣での決着もついた頃でしょうか……」

「……そうだな」

 

 すると、前線から信繁が戻ってくる。

 

「秀信様! お味方優勢。上杉勢も攻めきれておらぬ様子。このまま一気に攻めましょうぞ!」

「あぁ。信繁殿。先鋒はお任せ致します。必ずや、敵を打ち破って下され」

 

 信繁は頷き、また戦線へ戻る。

 すると、辺りが騒がしくなってきている事に気がつく。

 

「……何だ?」

「申し上げます!」

 

 すると、伝令が駆け込んでくる。

 

「上杉勢! 攻勢を強めてまいりました!」

「何だと?」

「中央では伊達勢が敗れ、最上勢も兵を引き始めました。されど、上杉勢は兵を引かず、逆に我等に攻勢を強めてまいりました!」

 

 すると、剣戟の音が近づいてくる。

 敵がすぐそこまで迫っていた。

 

「っ! 秀信殿! お逃げを!」

 

 勘助が危機を察知し、秀信に逃げるように諭す。

 しかし、時が遅かった。

 

「真田昌幸! 覚悟!」

「っ!」

 

 味方の兵を振り切って手勢を引き連れ、上杉景勝が姿を現す。

 

「これが儂の最後の戦だ! しかと目に焼き付けよ! 真田昌幸!」

 

 そこで、景勝は昌幸を捉える。

 そして昌幸ではなく、秀信である事に気がついた。

 

「……成る程……」

 

 景勝は笑う。

 

「……真田の策に嵌められたか……しかし、詳しくは分からぬが、これは最後の好機! 天は我に味方した! 織田秀信を討ち取れ!」

「くっ! 秀信殿! お逃げを!」


 秀信に最大に危機が訪れる。

 

 

 

「……殿。戦況は我が方が圧倒的に劣勢にございまする」

 

 景勝が秀信を捉える少し前。

 兼続から戦況報告を聞いていた。

 

「……うむ」

「政宗殿は秀信の本陣に迫るも敗れ、最上殿も福島勢を抑えきれておりませぬ。我らの役目は敵を抑え、政宗殿の道を作ること。政宗殿が敗れた今、もはや勝ち目はありませぬ」

「……という事は、慶次も死んだか……」

 

 景勝は目を閉じ、考える。

 

(……最早勝ち目はない。それは明白だ……ならば……)

 

 不利な戦況。

 しかし、景勝は只で死ぬつもりは無かった。


(謙信公の……上杉の名を、轟かせて見せようぞ)


 そして、目を開け、立ち上がる。

 

「兼続。最後までついてきてくれるか?」

「……無論にございまする」

 

 景勝は意を決し、激を飛ばす。

 

「皆の者! これより我等は目の前の真田勢を打ち破る!」

 

 兵達は景勝の言葉に耳を傾ける。

 

「もはやこの戦は負け戦。されど、諸君等の活躍は歴史に残るであろう! だがそれは敗北者としての記録だ!」

 

 景勝は続ける。

 

「儂はそれを良しとはせん! ここに集ったお主等を、敗北者ではなく、日ノ本一の兵として、勇気ある者達として名を残させたい」

 

 景勝は刀を抜き、その切っ先を真田勢へ向ける。

 

「これより我等は真田勢へ突撃する! 名を残したい者は、我に続け!」

 

 景勝の、上杉の意地が最後の好機を生み出す。

 偶然にも、信繁が秀信への報告へ戦線を離れたその時、上杉勢が攻勢を仕掛けた。

 その偶然生まれた隙を、景勝は偶然にも突いたのであった。

 越後の龍の後継者の刃が、秀信へ迫る。

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