第161話 本能寺の顛末
「殿、こちらです」
燃え盛る本能寺。
虎助に案内された先は、本能寺の最も最奥であった。
そこには、虎助と十数名の大垣衆がいるのみであった。
「虎助……介錯を頼むぞ」
「……」
しかし、虎助は答えない。
「……どうした」
「……お断り致しまする」
虎助は続ける。
「殿。最後に、某の願いを聞いてはいただけませぬか」
「……何をせよと?」
「……生きてくだされ」
三郎はその言葉に少し驚いていた。
しかし、虎助は三郎の返答を待たずして続ける。
「殿、生きてくだされ! これが殿の意に沿わぬ事は充分に理解しておりまする。されど、恩を返させてくだされ!」
「恩……だと」
三郎の返す言葉に虎助は頷く。
「は。ここまで我らの面倒を見てくださったこと、皆、心より感謝しておりまする! されど、その御恩をまだ返せておりませぬ!」
「……それで、生きろと」
「……左様にございまする。ここでお命をお救いすることこそが我らの恩返しにございまする」
三郎は暫く考え、答える。
「しかしここからどう生きろと言うのだ。逃げ場は無いぞお主等だけで切り抜けるのか?」
「……そこは、既に用意してありまする」
虎助は近くの大垣衆に合図をする。
すると、大垣衆達は畳をめくった。
すると、そこには穴が掘られていた。
「この抜け穴は本能寺の外まで続いておりまする。これを使えば、無事に逃げられまする」
「……何故このような物を……」
虎助はためらい、暫く考えた後、周りを見た。
他の大垣衆の面々の顔を見て、その者たちの意志を確認してから口を開いた。
「我等は殿の側に仕えていた者。殆どの大垣衆の者は、殿が織田信長公の生まれ変わりだと理解しておりまする」
「……そうか」
三郎は頭を抱える。
「詳しい事情までは知りませぬが、もし、殿が自ら最期を迎えようとするならばここ、本能寺になるであろうと推測し、勝手に作らせていただきました」
虎助の答えに、三郎は一瞬辛そうな顔をした。
しかし、すぐに普通の顔に戻る。
「……マジか……」
「……マジ?」
「……ん? ……そうか、もう……」
すると、三郎の雰囲気が少し変わった事に虎助は気が付く。
しかし指摘せず、三郎の言葉を待った。
「……お前たちはどうするんだ?」
「……は。殿がここを通ったことを確認した後、敵に気づかれぬように埋め戻しまする。そして、一兵ても多く敵を討ち取りまする」
その言葉を聞き、三郎は声を荒げる。
「駄目だ!」
「っ!」
「……お前たちの言う通りに、お前たちが俺に恩を返せるように、この抜け穴を使って生き延びてやろう。しかし、俺からもここまで仕えてくれたお前たちに恩を返させてくれ」
三郎からの思いもよらぬ言葉に虎助は困惑する。
「い、一体何を……」
「生きろ!」
三郎は虎助の肩を掴み、語りかける。
「死んでは駄目だ! 簡単に死のうとするんじゃない!」
「……しかし、先程は殿が死のうと……」
「いいから! 俺にも恩を返させろ! ここまで仕えてくれたお前達に、死んでほしくは無い! ……と言ってもこれでは恩返しにならんな」
虎助側からすれば死なざるを得ない状況で三郎の命を救う事で、恩を返す事が出来るが、三郎側からすると、虎助達が助かる状況で死ぬことを望んでいる時に生きろというのは恩返しにならない。
三郎のわがままになるのである。
「……じゃあ、友となろう」
「……友?」
「そうだ。別に穴は内側から埋め戻せば良い。そして、その後生き残ったら互いに対等な立場で友として過ごそう。それが……ここまで仕えてくれた褒美、恩返しだ」
その三郎の言葉を聞き、その場にいた大垣衆が笑いながら頷く。
「畏まりました。その申し出お受けいたしまする」
「あぁ。ありがとう。しかし、ここを脱したとしてもまだまだやるべきことは残ってる筈だ。全てが終わったら、改めて友となろう」
「は!」
そこで、三郎はとある事を思い出す。
「あ、そうだった」
三郎は棚から文を取り出し懐に入れる。
「それは?」
「今後の策について事細かく記された物だ。運良く燃え残っては台無しだからな。元々燃やしておくつもりが、忘れるところだった」
そして、三郎は抜け穴へと入っていく。
「……そうだ。褒美を先に一部支払おう」
「先に? 一体何を……」
「今日、この場にいるこの本能寺を生き残ったお前達は大垣衆改め、大垣衆の精鋭で構成された、本能寺衆だ! この後もまだまだ活躍する場は残ってるぞ。虎助!」
「……は! 本能寺衆棟梁、大垣虎助、励みまする!」
かくして、三郎達は本能寺を脱出する。
本能寺衆は各所で暗躍し、秀信達を支えるのであった。
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